第14話

 美紀の知る大希は、真面目で誠実でいつも優しく、紳士的だった。それでも例外があって、男女の営みの際はまた別の話しだ。優しいばかりではなく、時には激しく美紀を貪る。その絶妙な匙加減で、美紀の欲求は満たされた。

 自分だけにしか見せない大希のその表情を見た時に、大希は自分だけのもので、自分は愛されている、と実感するのだ。

 しかし先程の表情は、そのどれとも違うものだった。ましてや公衆の面前で、堂々とあんなことをするような、出来るような人では決してないはずなのだ。そんな大希でさえも豹変させてしまうくらい、瑠璃子は魅力的なのだろう。雌として。


 変化を嫌う性格である美紀は、刺激的な恋愛よりも、熟年夫婦のような穏やかな恋愛を好んでいた。結婚向きなタイプとは、おそらく美紀のような人間のことをいうのだろう。そして、大希もそれを望んでいると美紀は思っていた。

 しかし、結果浮気されてしまったのだから……大希の方は刺激を求めていたのかもしれない。若しくは、やはり魔が差したのか。


 不思議なことに、涙は出なかった。

 美紀は、浮気された悲しみ以上に、敵わないであろう瑠璃子の魅力への嫉妬と悔しさを感じていた。

 瑠璃子が悪い訳ではない。彼女は恐らく本当に何も知らないのだろう。

 純粋に、上司である大希に恋心を抱いているのだ。

いつの日かの美紀のように。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る