第一章 旅立ち

1. 告白

「とうとう明日が出発ね~」


 海里かいり 流李るりは、感慨深い様子で頭上を仰いだ。その瑠璃色の瞳には、雲一つない星空が映っている。この月面上にいる限り、その景色が変わる事はない。


「ああ、なんかあっと言う間だったな。特別訓練ってやつも」


 流李の左隣を歩いている三板みいた 桃乃もものが後頭部で腕を組みながら答えた。


「毎講眠っていれば当たり前よ。そんな事でこれから先やっていけると思ってるの?」


 流李の右隣を歩いている二宮にのみや 紗那しゃなが、冷ややかな口調で口を挟む。


「う、うるさいな。ちょっとだけじゃねぇか」


「桃乃のイビキで何度も講義が中断された事、忘れたなんて言わせないわよ」


 桃乃には、返す言葉がない。人の話を聞くという事が大の苦手な桃乃は、どこでも教官の話を子守歌に眠る事が出来るのだ。


「紗那、お前……俺が体力試験でトップだった事を根に持ってるんだろう」


 あまり成績が良くない桃乃が『QUESTORS』の一員に選抜されたのは、その優れた運動能力があったからだろう。その一方、あまり運動が得意ではない紗那は、その優れた頭脳を持って『QUESTORS』の一員に選ばれた。


 桃乃が精一杯の勝ち誇った顔をしてみせるのを見て、紗那が小さな溜め息を吐く。


「な、何だよ」

「幼稚」

「何だと?!」


 いきり立つ桃乃を、間に挟まれた流李が優しく宥める。


「桃ちゃん、落ち着いて」


「お、俺はだな。ただ寝ているだけじゃないんだぞ。寝ながら~……なんとかってやつをしてるんだよ」


 桃乃の橙色の瞳が宙を泳ぐ。桃乃と幼い頃から一緒にいる流李と紗那には、桃乃が嘘を付く時のその癖を知っている。


「睡眠学習の事かしら。眠っている間に覚えるって言う……あれでしょう?」


 慌てて流李がフォローすると、桃乃は得意げに頷いて見せた。


「そう、それだ」


 そんな桃乃を呆れ顔で見やる紗那、微笑ましそうに見つめる流李。三人の日常会話は、いつもこのようなものだった。


 少し前まで三人が居た建物では、明日の出発に備えて最終打ち合わせが行われていた。地球の代わりとなる新たな居住地を探す為の旅立ちだ。この三人もそれに選抜されていて、地球最後の一夜を家族と過ごす為に地球の地下にある都市≪アンダーグラウンド=シティ≫へと戻る途中なのだ。


 誰かが新たな居住地を見付ければ、即そこへ移動する事が決定されているので三人にとっては、これが地球で過ごす最後の夜になる。そんな事を考えているのかいないのか、三人の様子は全くいつもと変わらない。


 そして、気付くとアンダーグラウンドへと続くテレポート位置まで来ていた。そこには、地球の方角へと続く光の道が出来ている。これを使うと数分でアンダーグラウンドまでテレポート出来るのだ。


「あ、あの……三板先輩!」


 突然、三人の背後から一人の少女が現れた。おそらくここで打ち合わせが終わった桃乃が来るのを待っていたのだろう。その頬は紅潮していた。


「えーっと……誰だっけ?」


 桃乃が頭をかきながら問うと、少女は更に顔を赤くして下を向いた。


「桃ちゃん、そんな言い方したら可哀相だわ」


 そう言って、流李が少女に笑みを向けた。


「えっと……よく学園で見かける子よね。桃ちゃんに何か用かな?」


 流李の態度に少し安心したのか、少女が顔を上げて口を開きかけた。しかし、その後に続く声はない。そこで何かに気付いたかのように流李が気を利かす。


「あ、ごめんね。私達がいない方がいいなら、席を外すから」


 そう言って流李は、紗那を連れて先を歩き始めた。


「で、何?」


 急かした口調ではない。それに安心したのか、少女が小さな溜め息を吐いた。


「あ、あの……三板先輩、明日……出発なさるんですよね」


 ああ、と桃乃が頷く。しかし、桃乃には何やら嫌な予感がしていた。


「私……ずっと、三板先輩の事見てて……それで、その…………」


 やっぱりな、と桃乃が視線を少女からずらす。少女は、恥ずかしさに絶えきれなくなったのか、俯けてた顔から涙が溢れてきた。


「ずっと好きでした! だからって、これ以上どうしようとか、そう言うんじゃなくて……あの……が、頑張って下さい!!」


 それだけ言うと少女は踵を返して走り去ってしまった。後に残された桃乃は、呼び止める暇もなく、大きな溜め息を吐いた。


 流李と紗那がテレポート前で待っていると、すぐに桃乃が現れた。何やら脱力した様子が感じられる。


「あ、早かったね。もう話は済んだの?」


 その流李の問いに曖昧に頷いて見せると、桃乃が先立って三人はテレポートに乗った。


 三人以外にテレポートに乗っているのは、ごく数名だった。打ち合わせが終わっても目を覚まそうとしない桃乃を起こしていたら帰るのが遅くなってしまったのだ。


「本当に勘弁だよなー。今日でもう9回目だぞ」


 ああ、やっぱり。と流李が苦笑いを浮かべた。桃乃が女子にモテる事は学園でもかなり有名だ。整った顔立ちはもちろん、誰とでもすぐに慣れ親しみ、またワイルドな性格が学園内で大半の女子の人気を支持している。


 しかし、それは流李も例外ではない。


「でも、誰かに好きだって言ってもらえるのは、すごく幸せな事だと思うわ」


 流李は、今日告白された数だけで裕に二桁は越えている。絹のように滑らかな瑠璃色の長髪に、美麗な顔立ち、そしてその優しげな笑顔は聖母を思わせる。こちらも、学園で大半の男子の人気を支持していた。


「そりゃあ、流李は良いよ。でもな、俺はなんだぞ!!」


 橙色の短髪に、端正な男顔、喧嘩好き、言葉遣い、その他もろもろの事情で桃乃は学園内の大半に男として見られている。そして、女子に告白される度に「俺は、女だー!」と主張していたのだが、最近ではもう諦めてしまった。


「あら。今時、女の子同士が付き合うなんてよくある事じゃない」


 もちろん、流李に悪意はない。これが素なのだ。紗那が両耳を手で覆う。


「俺は、レズでもねぇえ!!」


 桃乃の叫び声が光の道に木霊した。

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