魔術平和論

クラゾミ

「天秤、揺れ動くなら」




 魔法が使えれば、世界から戦争あらそいは減るのだろうか。それは図書館に置いてある、やたらと大きな魔術の本を読んで子供ながらに思ったことだった。見た目は派手で、空想のことしか書かれていない夢物語ブック。ありえないと断定された虚構に私はそれほど想像を膨らませた。存在しないものによる存在しえない、それこそ夢物語の。


 時代は進み、夢物語は現実となった。あの派手な魔術の本のようにはいかなかったが、人間が童話やアニメのような力を手にしたことは確かだ。ある人は手から炎を出し、ある人は触れるだけで傷を癒す。そんな"魔術師まほうつかい"が本当に生まれてしまったのだ。


——別に残念がっているわけではない。私が真に興味を示しているのは魔術そのものではない。







 ビルの隙間から時折、眩しい陽光が車内を照らす。私はその鬱陶しい光と影が会話の邪魔になると思い、手で遮った。


「魔術で…少しでも世界が平和になったと思うか」


 "普及"、というには少し遠すぎるかもしれないが、魔術師は探せば一万人に一人はいるし、膨大の時間と労力されあれば誰であれ、なることはできる。


 当然、そうなれば魔術はありとあらゆるものに利用され始める。


「核兵器は六割は減ったじゃない」


 魔術が普及し始め、核兵器の効率的な処理方法が発見された。その年を初めに核は順調に減り続けている。


「それは魔術で核に需要はなくなったからだ、核廃棄活動に動き出した企業の集金活動だろう」


「兵器が減るならいいことじゃない」


 魔術は戦力として活用するには術師の数が不十分だ。それなのに兵器は数を減らし続けている。魔術を戦力として評価しすぎていると言うつもりはない。


「言っただろう、"需要がない"と、今や火薬の詰まった兵器より、魔術的な刻印が刻まれた"ただの鉄"が争いの経済を回すことになる」


 術師が魔術を行使しやすい環境が、核よりも戦力になると世界はふんだ。ただでさえ魔術は未解明だし、戦力的に見てそれが正解なのか不正解なのかどちらも断言できない。


「武器ではなく…私、"魔術"が使われることに意味があると思ってる」


 魔術は"武器として使える"だけで、武器ではない。武器としての需要の話は根っからしていない。


「人を殺せる道具という意味では同じだろう」


「爆弾も、核のスイッチも、それを人に押させるのは時代。時と政治の流れが兵器を起動させるけど、魔術は人の意思がトリガーになる」


「その魔術も兵器として時代に利用される、多くの人が死ぬことに変わりはないだろう?」


「わからない?人の意思が魔術なら、個の強さが国力に匹敵することもあるでしょう」


 時として、一人の意思が組織や、国家の多くの意思を上回る瞬間を歴史は淡々とその証を遺し続けた。


 魔術が絶大な力ならば、個人が銃ではなく核を持つことだってあるだろう。政府が核のスイッチを握ることとは異なる。


「一人の意思が世界を変えてしまうと?」


「悪い言い方をすればね、問題点でもあるけど。重要なのは良い言い方、英雄ヒーローが生まれるかもしれないってこと」


「それは夢物語だ」


「そう?子供の時の私にとっては、魔術も夢物語だったわ」


 世界が変わる希望が。それはきっと絶望も孕む可能性を秘めているけど、揺れる天秤があるのなら傾く時を待ちましょう。

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