英雄来たる
タヌキング
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揺れる荷馬車。ローラは振動の度に体の何処かを打ち、当りどころが悪い時は青痣を作った。しかし、そんなことがどうでも良くなるぐらいに、ローラは深く絶望していた。それはローラに限った話だけでは無く、同じ様に荷馬車に乗せられている女の子達も同様であった。
ローラは川伝いの村で生まれた。優しい家族、気の良い人たちに囲まれてスクスクと成長した。友達と森に出かけたり、川で釣りをしたり、高台から夕暮れに染まる村を見つめたり、彼女は常に幸せの中に居た。
だがしかし、ローラが16歳の誕生日の日にオークの集団が村に押し寄せてきた。オークの集団はローラの大好きな村を焼き、逆らう者は容赦なく殺した。ローラの父も母も無残にもローラの前で殺されてしまい、ローラは涙を流しながら絶叫した。
若い少女をオークたちは何処かに売りとばそうとし、彼女らを荷馬車に乗せ、ロクに食べ物も与えずに、もう三日も移動している。
ローラは誰かが助けてくれるなんて希望的観測は全くしなかった。こんな絶望的な世界で何を期待すればいいのだろう?希望があるというのなら、何故村を助けてくれなかったのだ?何故私達がこんな目に遭うのか?希望という言葉にすら苛立ちを覚えていた。
”キキキッ‼”
急に荷馬車が停まったので、流石に少女達は「キャッ‼」と悲鳴を上げた。ローラだけは何も声をあげなかった。悲鳴なんて言う必要性が見つけれなかったからである。
オーク達が何やら騒がしく話しているのが聞こえるが、何を話しているかは聞き取れない。暫くするとオークと見知らぬ男が入って来て、オークは見知らぬ男を突き飛ばし、ドタッ‼と男は簡単にうつ伏せになって倒れた。
「追加の商品だ。このオーク盗賊団の進行を妨害するとは良い度胸だ。高値は付きそうにないが、まぁ、10ゴールドぐらいにはなるだろうよ。フハハハ‼」
オークは下卑た笑い声をあげて荷馬車を後にする。
「イテテ……オッサンなんだから優しくしてくれよな」
男が立ち上がり頭をポリポリと掻いた。
男の容姿は身長はひょろ長く180センチはあるだろう、短髪で何処か冴えない顔、無精ひげがみっともない。皮で出来た見たことも無い服を羽織り、下は青いズボンを履いている。手には指抜きの黒いグローブをしており、ローラはへんちくりんな男が来たものだと好奇な目で彼のことを見ていた。
“ガラガラ”
荷馬車が再び動き出し、おぉっと‼と言いながら男はバランスを崩しそうになった。また倒れたら目も当てられないが、何とか男は踏み留まり、ローラの右隣りの所に座った。そしてキョロキョロと荷馬車の中を見ているが、何がそんなに見るところがあるものかと、ローラは落ち着きのない男にイラついてた。
「君達は何でこの馬車に乗っているんだい?」
ふと男がそんな事をローラに聞いて来た。
本当に分からないのか、それともからかわれているのか、ローラには判断は出来なかったが、イラつきながらも彼女は男の問いに答えた。
「私達はオークに捕まって、人身売買されるんです。お兄さんも多分そうなると思いますよ」
「えぇ‼そうなのかい‼」
目を丸めて大袈裟に驚くところを見ると、本当に知らなかった様に見えるが、荒んでしまったローラは男のそんな態度にすら苛立ちを覚えた。
「お兄さん、何処の国の人ですか?さぞ平和な国から来たんでしょうね。ご生憎様、ここでは人権なんてものは無いんですよ」
「いやまぁ国というか……説明するのが難しいな」
困ったようにボリボリと頭を掻く男。ローラは質問に答えたのに、男は答えをはぐらかそうとしている。そのことがローラを更にイラつかせたが、こんな男に怒りを向けたところで意味の無いことに気が付き、彼女はフーッと深く溜息をついて心を落ち着けた。
「自己紹介がまだだったね。俺の名前は
「モリタエニシ?変わった名前ですね」
急な自己紹介よりも変な名前の方に興味が湧いたローラ。男が変わっているとは思っていたが、名前まで変わった名前だとは思いもしなかった。
「私はローラです。16歳です」
「あちゃー、俺って君の年齢の倍なのか、ごめんな、さっきからしつこく話し掛けて」
「……いえ別に良いです」
ペコペコと頭を下げるエニシの姿を見て、ここまで腰が低い男を始めて見たと、まるで珍獣にでも出会った気になるローラであった。
「それでローラ、人身売買って話だが、君達は売られて良いのかい?」
急に真面目な顔をするエニシ。ローラは自分の素直な気持ちを答えた。
「他の子は知りませんが、私はどうでも良いです。もう住んでた村も焼かれて、両親も仲の良かった人も殺されました。今更私だけ生きていたって仕方ないのです。それに私の意志なんて関係ありません。私は無力な小娘で何をしたって無駄なんですから」
ローラはそこまで言うと、周りの少女達の反応を見た。少女達はシクシク泣いたり、舌打ちしている者もいるものの、反論しようとしないところを見るに、ローラと大体同じ考えを持っている様である。
「そうか……そうなんだな」
悲しい顔を見せるエニシだったが、ローラはこの男が自分の考えを否定できるわけはない、この人もまた無力な人間なのだからと、自分の考えの正当性を感じていた。
だがエニシは尚も口を開いた。
「君、ヒーローって知ってるかい?」
「ヒーロー?何ですかそれ?」
また聞き慣れない単語。やはりエニシは異国から来た男なのだろう。
「ヒーローっていうのは、つまり英雄ってことだな」
「英雄……うふふ……そんなの居るわけ無いじゃないですか」
エニシのこと言うことがあまりにもバカバカしくて、笑いと共に侮蔑の気持ちが湧いて来たローラ。それにしても英雄なんて言葉を久しぶりに聞いた。それ程までに縁遠い言葉だったのである。
ローラは思う、英雄がもしも居てくれたら、自分の村も家族も、強いてはこの魔物だらけの世界も助けてくれただろう。居てくれたらどれだけ良いかと思っていた時期もある。だがもう夢も見れない程に、現実にローラの心は打ち砕かれていた。
「英雄なんて居ないんですよ。腹の立つ言葉です。見てみたいもんですね英雄」
皮肉たっぷりのローラの言葉にエニシは暫く黙り込んで、意を決した様にこう言った。
「見せてやろうか?英雄」
「……はぁ?」
何を言い出すかと思えばと、ローラは呆れ果ててしまった。冗談にしてももっとマシな冗談は無かったのだろうか?
「正確にはスーパーヒーローなんだが……自分で言うと恥ずかしいな」
照れた様にポリポリと自分の右頬を右手の指で掻くエニシ。この言い方だと、まるでエニシがスーパーヒーローの様に聞こえる。
「アナタが英雄ですって?ふざけるのも大概にして下さい。蹴っ飛ばしますよ」
「やめてよ……はぁ、最近の若い子は何処の世界もおっかないね。おじさん悲しいよ」
そこまで言うと男は立ちあがり、手をポキポキと鳴らした。
「な、何をするつもりですか?」
ローラはまさかと思いエニシにそう聞くと、彼は笑顔でこう答えた。
「今から君達を助けてあげようと思ってね。だから助かったら、みんな笑ってくれよな。おじさんは女の笑った顔が好きなんだ」
エニシはそれだけ言うと荷馬車から飛び出した。外には何十匹ものオークの軍団が居るというのに、ローラには彼のやったことが自殺行為にしか思えなかった。
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