きみと白々しい夜に
七草葵
きみと白々しい夜に
あの子が気に入りそうなカフェを必死で探して、思い切って誘った時が人生で一番緊張した瞬間だった。あの日以来、あの子と会うたびに『人生で一番緊張した瞬間』を更新し続けている。
今日も待ち合わせは昼下がりのカフェだ。いつしかあの子の方から、行きたいカフェを教えてくれるようになった。3時間並ぶ人気店なんてのもザラにあって、そういう時は僕が朝早くから並んでおく。入店できそうな時間が分かったらあの子に連絡すると、彼女はなんの苦労もなく人気のカフェでくつろげるというわけだ。僕はあの子に負担をかけないことに幸せを感じている。
けれど、あの子の彼氏はそういう人じゃないらしい。
「朝ふたりで食べようねって、パン屋さんでパン買ってたの。インスタでみんなが食べてるやつ。猫の形のね、すっごい可愛くて。それなのに、バイトの時間だからって、朝ごはん食べずに出て行っちゃったの。インスタにアップするから、ふたりぶんの朝ごはん写したかったのにぃ。ひどくない?」
「ひどいね」
そうだよ、ひどい男だ。僕ならもっと大事にするのに。いつでも最優先で考えてあげるのに。
「朝からほんと病んでたけど、今はすっごくうれしいー! ほら見て、このクマさんモチーフのケーキ、めっちゃ話題なの! 彼くん並ぶの嫌いだから、全然こういうとこ一緒に来てくれなくてぇ。ほんとありがとっ」
「いいよ、全然。喜んでもらえて嬉しい」
「ほんっと優しいよねぇ。彼くんも君くらい優しかったらなぁ」
「はは……」
そんなに言うなら、別れちゃえばいいのに。なんて、言わないけど。
僕にとっては、彼女の幸せが一番で。それ以上の何かを求めるなんておこがましい。
「てか聞いて。昨日の夜ね、彼くんのスマホで一緒にYouTube見てたの。そしたら地下アイドルのチャンネル観てた履歴すごい出てきてぇ。ひどくない? まい、地下アイドルの子たちより魅力ないかなぁ……なんか自信なくすし……めっちゃやむ……」
「落ち込む必要ないって。まいちゃんが世界で一番可愛いよ」
「ほんとぉ?」
「うん、本当。まいちゃんより可愛い子とか、見たことないし」
「うそだよ、大学に可愛い子いっぱいいるもん」
「そんなことないって。まいちゃんが一番だよ!」
カタン、とテーブルが揺れた。思わず身を乗り出してしまっていた。
「……ぷっ。すごいね」
彼女はくすくす笑って、それから世界一可愛い笑顔で僕を見つめた。
「でも、ありがと。元気でた。一番って言ってもらえるの、すごい嬉しい」
それなら、そんなの、いくらでも言うのに。毎日、毎時間、毎秒、いつだって君のことを考えている僕なら、気持ちを込めて言葉を紡ぐなんて光栄ですらある事なのに。
夕方、彼氏のバイト先まで迎えに行くというあの子のことを駅まで送ってから家路についた。途中のコンビニで、晩飯用の塩おにぎりを二つ買った。本当は節約は大事だ。次のお誘いがいつで、どんな店なのか分からないから、貯金は大事だ。いつだってあの子の希望に沿いたいから。あの子の願いを叶えたいから。
六畳一間の自分の部屋は、狭く息苦しかった。灰色に淀んだ光景は、見ているだけで気が滅入った。そこが僕の唯一の居場所なんだと思うと、自分自身がひどくみじめに思えた。あの子と一緒にいる時は、世界中がキラキラして見えたのに。すべてが柔らかくて温かな、春の日差しのような明るさを放ち、鮮やかな色彩でもって僕の心を慰めてくれていた。そんな爽やかで清らかな世界の中で、あの子は一番の輝きを放っていた。この世界を構成する、どんあものよりもあの子は僕のことを幸せな気持ちにさせてくれる。あの子を見ているだけで、自分の中にまで明るい色彩が芽生えたような気持ちになれる。
今ごろあの子はきっと、あの子に優しくない彼氏の家に遊びに行っているんだろう。もしかしたら、泊まりかもしれない。朝の件で少し喧嘩して、優しいあの子は彼氏を許して、二人ですてきな晩ごはんを食べて、ひとつのベッドで寝るんだろう。吐息が頬を撫でる距離で、その日あったことを話したりするだろう。あの子は僕のことを話したりするんだろうか。彼氏は少しくらい焼きもちを妬くだろうか。話すことがなくなったら、きっと二人はキスをして、それから。それから……
僕はそれ以上考えるのをやめて、風呂に入ることにした。食欲はすっかりなくなっていた。
大雨が降った日の翌日、僕は朝から大学にいた。一日中必死に授業を受けて、図書館で資料を漁っているうちにすっかり日が暮れていた。夜ごはんをどうするか悩んで、とりあえず学食まで向かったところで友人に出会った。
「相変わらず顔色悪いね」と友人は顔をしかめた。「ちゃんと食べてる?」
「これから食べようと思ってたところだよ。君こそ、相変わらず母親みたいなことを言うね」
「しょうがないでしょ、心配なんだから。せっかくだし、一緒に食べる?」
「そうだね。それなら学食でも外でも……」
時間を確かめようとスマホを見ると、一件メッセージが届いていた。あの子からだ。無意識に僕はそのメッセージを開いていた。あの子のことはいつだって最優先で、その制約は魂に刻み込まれているみたいに条件反射的に僕を行動させる力を持っていた。
あの子からの呼び出した。僕は目の前で怪訝な顔をしている友人に弁解する余裕もなく、あの子に返信した。
「どうしたの?」
「ごめん、ちょっと急用ができた。今度埋め合わせするよ」
「別にいいけど……例の子からの連絡?」
「うん、そう」
「ふーん……」
「それじゃ、行くから」
友人を置いて、僕は大学を飛び出した。
僕が向かったのは、あの子の彼氏のバイト先近くにあるダイニングバーだった。彼女は店の前でしゃがんで、膝に両手を載せて、手の甲に額をつけて丸くなっていた。ショーツが見えそうなそのポーズに一瞬ドキッとしたものの、僕は慌ててあの子に駆け寄った。
「大丈夫、まいちゃん」
僕が声をかけると、彼女はうつむいたまま左右に首を振った。
「どうしたの? 何かあった?」
ぴた、と首を振るのをやめると、彼女はゆっくりと顔を上げた。可愛らしいアーモンド形の瞳はうるうると潤んでいた。頬は涙の乾いた跡があり、鼻頭は痛々しいほど赤くなっていた。
泣いている女の子の励まし方なんて知らなかった。
「とりあえず、お店に入ろうか。何か美味しいものを食べたら、元気が出るよ」
「うん……」
か細い声を漏らして、わずかにうなずく。僕はホッとしつつ身を起こして、彼女が立ち上がるのを待った。すると彼女はしゃがんだまま、可愛らしく僕を見上げている。
「立たせて?」
さっきまで泣いていたからなのか、やたらに庇護欲を誘う甘い声だった。どきどきしてしまう自分を胸中で諫めながら、おそるおそる彼女の手を握る。華奢で、少しでも力の籠め方を間違えば折れてしまいそうだった。緊張しながら引っ張り上げると、彼女はふわりと天使が舞い降りるような軽やかさで立ち上がった。
「ありがと」
泣いた余韻が残る痛々しい笑顔ですら、彼女は世界一可愛かった。
「彼くんから3日もラインの返信が来ないの」と彼女は言った。
「忙しいんだよ、きっと」
「そんなことない。だってインスタは見てるっぽいもん。他の子の投稿にいいねしてたもん」
彼女は「ほら」と言って、インスタの画面を見せてきた。彼氏のアカウントらしきものが表示されていて、「いいね」ボタンを押した履歴が一覧になっていた。最新のものは1時間前だった。
「不安になったから、バイト先に行ったの。今日、シフト入ってるって分かったから。そしたら、レジのとこで女の人と楽しそうに喋ってるのが見えて……バイト先の先輩の話、最近よくするなって思ってたけど、美人な人だからだったんだ……まいよりあの人の方がよくなっちゃったんだぁ……」
彼女の瞳がまたうるうるしだす。店内の抑え目な照明の光が彼女の大きな瞳に反射して、キラキラと光っている。彼女の弱さを目の当たりにして、僕の中に様々な感情が生まれていた。彼女の弱さを受け止めたい、という願望や彼女の弱さを受け入れることができるのは僕だけだという自負、彼女への愛、彼女への同情、彼女への庇護欲。感情の激しい奔流を必死で抑えようとする。うかつに口を開けば、どんな言葉が飛び出るのか予想がつかなかった。
「……とりあえず、飲み物追加で頼もうか」
僕は言って、ドリンクメニューを開く。彼女は頷き、ごく自然なそぶりでアルコール類のページからキールを指差した。店員さんを呼びつつも、心配になって彼女に尋ねる。
「強そうだけど大丈夫?」
「いいの。今日は酔いたい気分だから」
安っぽいドラマみたいなセリフも、彼女の口からこぼれると自分でも信じられないくらいドキドキさせられる。邪な期待を抱くつもりはないのに、今までずっと、ただ純粋に彼女のことを好きでいたのに、さっきから鼓動が早くなったままだ。あらゆる感情に思考がかき乱され、頭がずきずきと痛む。
うやうやしく運ばれてきた淡いピンク色のカクテルを、彼女はどこかうっとりした瞳で見つめる。その色っぽさは初めて見るもので、僕は落ち着かない気持ちになった。今日の彼女は、いつもと違って――どこか危うげな艶めきがあった。
「写真、撮ってくれる?」
彼女は言って、僕にスマホを差し出してきた。僕は頷いてそれを受け取り、なるべく彼女が綺麗に写るようにと必死になって構えた。
グラスを口元近くに持って、小首をかしげる彼女はスマホのカメラでは表現しきれないくらい可愛らしかった。僕が撮った写真を彼女が確認し、2、3回撮り直しが行われた。僕の注文したジンジャエールのグラスをどうにか画面の端に映りこませると、彼女は満足げにその写真をアプリで加工しはじめた。
「加工しなくても可愛いのに」と思わず言うと、彼女は楽し気に笑った。
「ありがと。優しいんだね」
彼女はいつもの調子で明るく言ったつもりだったのかもしれないけれど、ずっと見てきた僕には分かった。その声には、少しだけ寂し気な響きがあった。彼氏が他の女に目移りしているという可能性は、彼女にとって想像以上に重たい事実のようだった。
「君だったら、まいの連絡無視したり、他の女の人と楽しそうにしてまいを不安にさせたりしないんだろうな」
甘い香りのするカクテルをひと口飲んだ後、彼女が言った。
「もし君と付き合ったとしたらどんな風なのかなって、たまに考えるの。きっと君だったら、彼女のこと大切にするんだろうな。君と付き合った方が、まいは幸せなのかもって」
「あ……そ、そう、なんだ」
「ねえ。もし、まいと付き合うことになったら……大切にしてくれる?」
彼女がどういう考えで僕にこんな質問をしてきたのかわからなかった。
「もちろん、大切にするよ」
緊張にかすれた声で、僕は返した。慎重に声を出さなければ、今にも店内中に響く声で言ってしまいそうだった。『僕は君のことが大好きなんだ』なんてことを。
「ふふ、断言しちゃうんだ?」
彼女はからかうように言った。自分が前のめりになっていたことに気付いて、必死さを自覚して僕も笑った。
「優しくされたら、まい、すぐ勘違いしちゃうんだよ」彼女は微笑みながらそう言って、ささやくように付け足した。「……ねえ、今好きな人いるの?」
「いないけど……」
それ以外になんて答えればいいのかわからなかった。彼女には彼氏がいるのに。
「そうなの? すっごく意外」
彼女は心から驚いた様子で、無邪気に目をぱちくりさせる。その無垢さにどうしようもなく胸がかき乱されて、もう気持ちが抑えられなくなった。
「僕は、だって、まいちゃんが好きだから」
口に出すと、鼻の奥がツンと痛んだ。
「え……?」
「ずっとまいちゃんのことだけが好きだったから。他の子なんて、考えられなくて。だから、彼女なんていないよ」
僕の言葉に、彼女は目をしばたたかせた。冗談なのか本気なのかを見極めようとしているかのような、どこか冷静な雰囲気すら感じられた。僕の方はといえば、言うつもりのなかった思いを吐露してしまったことに自分自身でも戸惑って、心臓がバクバクと激しく鳴っていた。僕たちの沈黙を埋めるかのように、周囲では楽し気な会話が交わされていた。それはどこか遠い出来事のように、ぼんやりとくぐもって聞こえた。
「……そっか」
彼女は小さくつぶやくと、テーブルの上で硬く握りしめられた僕の手にそっと手を添えた。柔らかくて少し冷たい、華奢な手だ。
「ありがとう、こんなまいのこと、好きって言ってくれて」
「お礼を言われるようなことじゃ……僕が勝手に、好きでいただけで」
「ううん、嬉しい。君みたいに優しい人と付き合える人は幸せだろうなぁって思ってたの」
どこまでも優しい声だった。
「君を好きになれたら、きっと毎日楽しいよね」
彼女は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。重ねた手を見つめていたかと思うと、不意に僕の顔を覗き込む。
「ずっとずっと、まいのこと大切にしてくれる? 他の子に目移りして、不安にさせたりしない?」
一語一語区切るように、まるで催眠術にかけるかのように、静かに彼女が言う。
「大切にするよ。だって僕はずっと、君が好きだったんだから」
「ふふ、嬉しい」
目を細めて、優しく微笑んだ彼女は、僕を見つめたまま小さな声で言った。
「ねえ……今夜は、ずっと一緒にいたいな」
夢のようだった。
ふわふわとした気持ちで支払いを済ませて店を出ると、彼女がそっと寄り添ってくる。僕の腕に体をもたせ掛け、ゆっくりと歩きながら、少しずつ人通りの少ない通りへと向かっていく。大学のカースト上位、よくモテる人たちが時々話題にしている通り。どちらからともなくその通りへと入って行く。ひと際おしゃれで、心理的なハードルが低そうな店構えのラブホテルの前でお互いの歩みは遅くなり、そして止まった。
問いかけるような瞳で見つめてくる彼女に頷きを返して、自動ドアの前に立つ。フロントは甘ったるい香りが充満していた。彼女が最後に注文したカクテルのように、薄ピンク色を予感させる甘さの香り。嗅いでいるだけで意識が遠のきそうで、くらくらした。
夢うつつで、自分がどうしたかもわからないまま提示された通りの部屋代を払い、エレベーターに乗って、そしてとうとう、彼女と二人きりの空間に足を踏み入れる。初めてのことだった。いつも大学の教室や、中庭や、大学外で会うとしたらカフェや映画館で、他人の目は常にあった。それなのに、今は、世界の誰にも僕たちのやり取りを知られない、ラブホテルの一室に、二人きりでいる。
「こんなこと……他の人にはしないよ?」
入り口に呆然と立つ僕から少し離れて、彼女が恥ずかしそうに言う。「いつもまいに尽くしてくれて、優しくて、好きって言ってくれる君だから……」
「分かってるよ」
僕は言って、震える手を彼女の肩に添えた。彼女は僕を見上げて、長いまつ毛に縁どられた綺麗な瞳をまっすぐに向けてくる。たまらなくなって、思わずぎゅっと彼女を抱きしめた。
「きゃっ」
小さい声をあげて彼女がよろめく。そのままベッドへ倒れ込んでしまった。二人分の体重が一気にかかって、ベッドはギシ、と生々しい音を立てた。
「まいちゃん……」
ベッドに倒れ込んだ体勢のまま、彼女を見つめているうちに、たまらなくなってくる。彼女の服の裾に手を伸ばそうとすると、手の甲をつねられた。
「だめだよ」
「あ……ご、ごめん」
勝手に盛り上がってしまった自分が恥ずかしくなって、身体を離そうとする。けれど彼女は、逆にいっそう身体を近づけてきた。
「……もう一回、ちゃんと言って? まいのこと……好き?」
「うん、好きだよ。ずっと好きだった」
「ふふ……ありがと」
彼女は僕の手を自分の胸元へと添えさせた。
「嬉しくて、ドキドキしてる」
至近距離でも、彼女の瞳はどこまでも澄んでいて、綺麗だった。
それは本当に、本当に――夢のような時間だった。
あの電話がかかってくるまでは。
二時間ほど経ったころ、彼女のスマホが鳴った。最初はメッセージが届いたような、短い音。それが数回続いた後、電話に変わった。添い寝の状態で休んでいたから、その音はやたらと耳についた。
「出るね」
起き上がった彼女が、スマホを耳に当てる。
「もしもし? うん……うん……」
彼女の声は、今日聞いたどんな声よりも甘えて聞こえた。僕は嫌な予感がした。洩れ聞こえてくる電話口の声はまぎれもない男の声だった。彼女の様子から見て、その相手が誰かは想像に難くない。まず間違いなく、彼女を翻弄して傷つけた、例の彼氏だった。
「インスタ? うん、今日撮った写真……別に、友達……なんで? そっちこそ、バイト先の人と……うん……ただの先輩? そんなこと、信じられないよ」
諫めるような言葉を並べ立てているにも関わらず、彼女の声はどこか子供が構ってほしくて拗ねたふりをしているような、甘えが混じっている。さっきまで感じていた幸福感や、充足感はとうに消え去っていた。今はただ、胃のあたりがキリキリと痛んでいる。
「本当に、まいだけ? もっかい言って……うん……うん、まいも、直接会いたい」
彼女は電話を切ると、息つく暇もなくベッドを降りた。
「どこに行くの?」
「彼くんのとこ。まいが一番大好きって、謝ってくれたの」
「えっ? でも……」
いそいそと服を着る彼女の姿が、どこか遠く感じられた。現実味がなかった。この部屋に入ってからずっと夢見心地ではあったけれど……今は悪夢を見ているような気分だ。
「好きって言ったよね、僕。だから君も……」
「うん。好きになってくれてありがとうって、お礼を言ったよね」
僕の戸惑いを封じ込めるように、妙に事務的で強い口調で、彼女が言った。
「嬉しい。まいも、友達として君の優しさが嬉しいの。まいたち、きっと、ずっとすてきなお友達でいられるよね」
「……友達?」
「これからも、優しい君でいてね」
彼女は身支度を終え、ひらりと部屋を飛び出して行った。
僕は呆然としたまま、ベッドに取り残される。それ以外にできることなど、何もなかった。
――現実味に欠けたその一夜を超え、数日後。
僕は友達と、駅前にあるチェーン店の居酒屋で晩ごはんを食べていた。
「何それ。結局遊ばれたってこと?」
かいつまんで事情を話し、相談した僕を心底呆れた表情で見つつ、友達は深いため息をついた。
「遊ぶって……あの子はそんな子じゃないよ。ただ、あの日はほら、きっと混乱してて……」
「人がいいにもほどがあるよ。分かりなよ。二人で食事してるっぽい匂わせ写真投稿して彼氏の嫉妬煽って、彼氏が浮気してるかもって疑惑だけで仕返し決意したあげく、手ごろなあんたを利用したんだよ。そういう子なんだよ、あんた絶対騙されてるって」
いつも苦笑しつつも僕の恋愛相談を聞いてくれる友達なのに、今日はやたら厳しかった。特に彼女に対しての言葉が辛らつだ。
「そんなこと……ないって。女の子が、そんな理由で……彼氏の嫉妬を煽りたいだけで、他の男とデートしたりするわけないだろ」
全部を知らないからそんなことが言えるんだ。あの子と直接話せば、どんなにいい子かすぐに分かるのに。
「……あんたはほんとに、お人よしすぎなの。気を付けてないと、絶対また騙されるよ」
友達は深い深いため息をついた。その表情はひどく悲し気で、本当に僕を心配してくれていることが分かった。
「ありがとう。でも、あの子はいい子だから」
それだけしか返せない僕に、友達はますます悲し気に表情を曇らせた。
友達と別れ、アパートの自分の部屋に帰ると、また閉塞感が僕を襲った。
あの子に対するあらゆる感情を閉じ込めておくには、この部屋は薄暗く、色あせて、窮屈すぎる。みじめさに吐き気がした。
疲労感から倒れ込むように床へ寝転がり、言いようのない倦怠感を覚えつつスマホをいじる。さきほどまで一緒だった友達から一件、心配してくれているメッセージが届いているほかは何も連絡がきていなかった。惰性でインスタを開き、あの子のアカウントを見る。最新の投稿は2分前だった。すごい偶然だ。
『彼氏とペアリング選んできた! 試着した時二人でこっそり写真撮っちゃった』
そんなキャプションが付いた写真には、男らしいごつごつした手と指を絡め合っている、幸せそうな笑顔のあの子が映っていた。
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