リフレイン

桜人 心都悩

第1話 負けた勇者のその後

 ちくしょう、ちくしょう、と言いながらカナリアはベッドに横たわっていた。

 布団はカナリアの血と涙で汚れている。

 部屋の扉の向こうから、宿屋主人たちの話し声が聞こえてきた。

「……魔王討伐、カナリア様でもダメだったか」

「魔力保有量が多いから期待されてたんだけど」

「でも身体は女だろう、やっぱり男には勝てなかったか。ほら仲間も皆失って、可哀想に」

 カナリアは枕に顔を埋めて話し声が聞こえないようにした。右手で拳を作り、ベッドを叩く。何度も叩きつける。悔しさを込めて叩きつける。

「……さっきカナリア様の顔を見たかい。ありゃ、国に戻っても結婚はできないだろうし、本当に可哀想に」

 宿屋の主人の妻が言った。

 いくら耳を塞いでも嫌な声は消えなかった。カナリアは誰もいないその部屋で一人、悔しさを噛み締めていた。


 ……


 冒険者ギルドの掲示板、その一番上には危険なダンジョン攻略の依頼書が貼られている。

 依頼書はランク毎に貼られていて、言わずもがな、上に行くほど難易度が高くなっていく。

 カナリアは一枚、ちょうど自分の目線の高さにあるものを手にした。

「低ランク冒険者との共同ダンジョン攻略」

 という依頼書である。

 近年、凶暴化している魔物退治の為に、少しでも冒険者を育てようとするギルドの試みであった。

 連れていかなければならない低ランク冒険者の名前が依頼書には書かれている。名前欄をカナリアがじっと見つめていると、依頼終わりに酒を飲んでいたのだろう、体躯の大きな男が仲間内でカナリアを笑った。

「見てみろよ、敗けた勇者様は仲間探しに必死なようだぜ。誰にも相手にされなくって低ランクに頼るしかない見てぇだなぁ」

「今更高ランク帯で仲間になるやつなんざいねぇさ。あんな爆発物、一緒に死んでくれって言ってるもんじゃねぇか」

「さっさと冒険者なんざやめちまえばいいのによ」

「無理だろ、ちゃんと顔みたか?」

カナリアの顔には額から頬にかけて大きな傷跡がある。これは先の魔王討伐でつけた傷である。こんな大きな傷をつけた上、敗走して帰ってきた。もしも魔王に勝てていたならば、この傷は名誉の勲章だったろうが、カナリアは敗けたのである。

元々、女勇者と言うだけで珍しかったが、それが敗けたとあっては多くの他冒険者達が邪推を巡らせた。

「キズモノでも欲しいやつはいるだろうよ。目隠ししときゃ傷なんて」

「お、お前いける?」

「女は顔だけじゃねぇや」

カナリアは彼らに一瞥もせず、受付まで依頼書を持っていった。

受付の女はギョッとしたように依頼書とカナリアを繰り返し見つめる。

「恐れ入りますが、カナリアさんにこちらの依頼は……それに低ランクとはいえウチのギルドにとっては貴重な人材です、考え直されては……?」

 カナリアはひとつため息をついた。

「魔力に関してなら、魔力吸収用の防具を使用します」

「それでは依頼にならないのでは? そんなことをなさらなくても、貴女ならおひとりでも、もっと高難易度の依頼に取り組めるはずです」

「私もいつまでも魔法に頼った戦闘はして居られないので。彼らを育てつつ、私の能力も上げられるならギルドには十分の利益になるでしょう」

 後ろからまた、笑い声が起こった。酒の入った彼らには必死に言い争いをしているカナリアが滑稽なようだ。

 カナリアはキッと目の前の女を睨みつけた。早くしろと言いたげな殺気を静かに放つ。

「許可するかどうかは貴女ではなくギルドマスターが決めることでは?」

「……マスターにお聞きします。それから、依頼を受ける隊のメンバーにも。よろしいですか」

 カナリアは小さくうなづいた。

この世界は敗けた人間にはちっとも優しくなかった。仲間を失い、顔を失い、信頼も期待も全て失ったカナリアは何をするにもヒソヒソと噂を立てられた。

「……強くならなくちゃ」

全ては、もう一度魔王討伐に向かうため。そしてかつての仲間を取り返すため。カナリアは自身の傷をそっと撫でた。

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リフレイン 桜人 心都悩 @Sakurabit-cotona

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