第2話・激動のトップバトルを終えて・・・

・グマンの国西区 とある宿屋 夜

 チームレッドサンズのライブも終わり、アーニャがジェミーのチェックインを済ませて同じ部屋に泊まらせる。

 

 ジェミー「お手間をかけてしまって、感謝です」

 アーニャ「気にしなくていいよ。それよりさ、ジェミーちゃんの話聞かせてくれない?」

 ジェミー「私の、ですか?」

 アーニャ「そうそう。なんでグマンに来たのかとか気になってさ~」


 ジェミーは一杯、飲み物を飲む。


 ジェミー「話せる範囲でしたらいいですよ」

 アーニャ「ありがとう」

 ジェミー「ある時、家でこの国の事を知りましてね。それで思わず飛び出した様なものなんです」

 アーニャ「へぇ、私と同じだね」

 ジェミー「そうなんですか?」

 アーニャ「私もね、この国の事を聞いて家元を離れたの。私は私の歌をいろんな人に知って欲しかったから」

 ジェミー「そうなんですね。私は……ファイトに興味があったので……」


 ジェミーは言葉を濁した。


 アーニャ「国はどこ?私はカガン」

 ジェミー「エドゥンです。カガンに比べれば近いですね。アーニャさんはいつ頃からここに?」

 アーニャ「もう3、4年かな」

 ジェミー「そうなんですね」

 アーニャ「私がここに来た時も、丁度トップが変わる時でね。グレンダさんがトップになった時でしたよ」

 ジェミー「そうなんですね。グレンダさんはその時からずっとトップにいたの?」

 アーニャ「い~や、何回かトップを奪われたけど、その度に取り返してた。グマンのアイドルファイトではチームの中で一番ポイントの高い人がファイトで負けるとチームの順位がそのまま入れ替わっちゃうんだ。今日のファイトみたいにね」

 ジェミー「なるほど、奪われても奪い返す。なら今日の結果ももしかしたら……」

 アーニャ「そう、思いたいんだけどね」


 ジェミーは首をかしげる。


 アーニャ「グレンダさん、最近ファイトで使う魔力を抑えているみたいなの」

 ジェミー「なんでそう思うの?」

 アーニャ「それは……昔に比べてファイトの時間が短いのよ」

 ジェミー「それって…………」


・数か月前 グマンの国アイドルメディカルセンター

 場面は切り替わって、ここはアイドルメディカルセンター、言ってしまえば異世界のアイドル用の大病院だ。そこの診療室で女医の話を聞くグレンダの姿があった。


 女医「正直、前例が見当たらない病気です」

 

 グレンダはショックを受けていた。


 グレンダ「治療の方法は?」

 女医「残念ですが今の魔法医学では無いですね。この病気に関しては呪いの類と思うしか……」

 グレンダ「冗談じゃない!」

 

 グレンダは冷静になれなかった。自分を蝕む謎の病の治療法がわからなかったからだ。


 女医「落ち着いてください」

 グレンダ「これが落ち着いてられますか!3年前、トップアイドルになった時から成長しなくなった身体!これもそう言われました!」

 女医「時の呪いの事ですね。今回のはそれとはまた違います」

 グレンダ「どうして……どうして私が……」


 グレンダは顔を覆って泣き崩れてしまう。

 そこに診療室の扉を叩くノック音。


 女医「どうぞ」

 ホムラ「失礼します」


 ホムラが一礼して診療室に入ってくる。


 女医「あなたは確か……」

 ホムラ「はい、チームレッドサンズリーダーのホムラです。彼女の精密検査をお願いした、本人です」

 女医「なるほど、そうでしたか。どうして彼女に検査を?」

 ホムラ「ファイト中ですね。最後に私が受けた魔術、妙な違和感がありましてね」

 女医「なにか気になることがあったんですか?」

 ホムラ「私は何度かグレンダさんに挑戦しています。毎度の様に負けてはいますけどね。何度もその魔力を込めた必殺の一撃ってのは受けてる方です」

 女医「そうやって受けてみて、初めてわかるライバルの違和感と言うわけですか?」

 ホムラ「そういうことですね。当人は薄々気づいてたようですが……」


 ホムラはグレンダの肩に手を置く。


 ホムラ「いつまで泣いてんのよ、トップアイドル。まだメンバーにもバレてないでしょ?先生の話少しは聞いていきなさいよ」

 

 グレンダは涙を拭う。


 グレンダ「……わかった」

 女医「ではこれまでの経緯を改めて聞きますね」

 グレンダ「はい」

 女医「初めに、自分の魔力放出量の違和感に気づいたのはいつ頃でしたか?」

 グレンダ「……ひと月前、ファイト中でしたね。いつもよりも魔力切れを感じるのが早かった気がしたんです。その日以降、ファイト後はいつもそんな感じでした」

 女医「それでもここに来なかった理由は……」

 グレンダ「私がトップだからですよ。トップオブアイドル、誰の挑戦でも受けるエンターテイメントの化身……」

 女医「そのプライドからですか?」


 グレンダは頷く。


 ホムラ「だから私が連れて来たのよ。検査のための丸一日、グレンダのメンバーに誤魔化すの私のチーム総出だったんだから……」


 ホムラは愚痴をこぼした。


 グレンダ「ごめん」


 グレンダは小さく謝る。


 女医「それで、魔力の検査をしてみたところ……グレンダさんが体内に貯蔵できる魔力の量が多く減っているとわかったのです」

 ホムラ「それって、重症じゃないんですか?」

 女医「はい、先ほども言ったように前例の無い病気です。当たり前ですが、魔術も魔法も体内の魔力を使います。数値にすれば一つの魔術に魔力を10使うとしたら、体内に10は必ず無いといけないんです」

 グレンダ「それが無ければ……」

 女医「体内の魔力は体の一部を魔力に変えて足りない魔力を補おうとします。先の例の続きですが、体内の魔力が9なら、魔力はそこから5程使って体を魔力に変換して自由に使える10を生成します。その10を使って頭が指示した魔術を使う感じですね。体内の魔力が完全に0になれば魔術を出そうとしても出せなくなります」

 グレンダ「少しふらっとする感覚と魔術の弱さを実感できる。所謂『魔力切れ』がそれですね?」

 女医「はい、その通りです。魔力は外や動植物に含まれているので……」

 グレンダ「食事や睡眠で多少なりとも供給される。魔術学校で習う話でしたね」

 女医「そうです、そして体内で魔力を貯めるタンクの大きさは個人それぞれで」

 グレンダ「それが広がる事も縮む事もない……」

 女医「と言うのが常識でしたが、ここに来て原因不明で縮んでしまう例が出て来たわけです」


 グレンダはため息をつく。


 女医「はっきり言って、魔力を酷使するアイドルを続けるのはもう難しいです」


 グレンダはムッとする。


 女医「その顔は続けたいって顔ですね」

 グレンダ「はい、どうにかならないですか?」 

 女医「私としてはエドゥン医療学院に転院して詳しく見てもらいたいんですが、どうしても現状を続けたいですか?」

 グレンダ「はい、勿論です」


 グレンダが余りにもキッパリと言うので女医は頭を抱える。


 女医「とりあえず、魔力を回復しやすい魔法薬を多めに処方しておきます。これでも足りないとなったら、再度来院してもらっていいですか?」

 グレンダ「はい、わかりました」


 ホムラとグレンダは診療室を退室する。


 ホムラ「あんた、まだ続ける気なの?」

 グレンダ「当然でしょ、私はトップオブアイドル。こんなことで挫けちゃいけないのよ」

 ホムラ「死ぬかもしれないって言われてんのよ、あんた」

 グレンダ「アイドル活動の中で死ねるなら本望よ」

 ホムラ「本気で言ってるの?」

 グレンダ「本気じゃなきゃ、先生の言った通り転院してるわよ」


 グレンダの声色が変わる。


 グレンダ「誰だって死にたくて死に急ぐわけじゃないわよ。けどね、今手元に理想だった夢があるのよ私には」

 ホムラ「死んだっていいってわけ?」


 グレンダは頷いた。


 グレンダ「諦めて失うくらいなら、戦い続けて散った方がいい。それがグレンダ・マチャップリンの生き方よ」

 ホムラ「なるほどね」


 ホムラは服のポケットに手を突っ込むとその中にあった紙をグレンダに渡す。


 グレンダ「なにこれ?」

 ホムラ「チームレッドサンズの予定未定のライブチケット。あんたにくれてやるわ」

 グレンダ「挑戦状ってわけ?」

 ホムラ「そうね、トップアイドル様はお忙しそうだから、いつでもってよりは今度私たちがやるチケット制のライブの時にお誘いしてるのよ」

 グレンダ「トップはいつでも相手になるわよ」

 ホムラ「さっきも言ったけど、予定は未定よ。いつかのライブでチケット制にした時に絶対来なさい。そして私と約束しなさい」

 グレンダ「何を?」

 ホムラ「次に私とファイトして、私が勝ったなら今日の事を自分のメンバーに打ち明けなさい。どうせあなたの事だから、どこまでも隠し通す気でしょうけど」

 グレンダ「へぇ……勝てると思ってるんですか?」

 ホムラ「病人に負けるわけ無いでしょう。死に急いでいるって聞いたから、ここらで引導を渡してあげるって言ってんのよ」

 グレンダ「わかったわ、その減らず口がどこまで通用するか見せてもらうわ」


 2人は微笑み合う。


 ホムラ「じゃあ、その時までせいぜいお大事にね」

 グレンダ「そうさせてもらうわ」


・グマンの国西区 とある宿屋 夜

 場面が切り替わって再び宿屋のアーニャとジェミーの部屋。2人の会話に戻る。


 ジェミー「お父様から聞いたことがあります。魔力の貯蓄を減らす呪いの事」

 アーニャ「じゃあグレンダさんはその呪いにかかってるってことなのかな?」

 ジェミー「さあ、それは解らないです。ただトップアイドルと言う事で人より努力しているからこそ、1日に消費してる魔力量が他人より多いだけかもしれませんし……」

 アーニャ「そうだよね、きっとそうだよ」

 ジェミー(確証はありませんが、実際に別の呪いにかかった人は見たことあるんですよね……見た目は特に変わらない、ふと思った違和感がそのままその人のかかっている呪いの症状だったりして見た目では解らないものでしたけど……)


 ジェミーは飲み物を飲んだ。


 ジェミー「話変わりますが、夜になると思った以上に静かですね」

 アーニャ「うん、それはね~アイドルファイトってある時間を過ぎると認められなくなるんだよ」

 ジェミー「そうなんですか」

 アーニャ「アイドルファイトの条約の何条だったかでそういう取り決めになっていてね……」

 ジェミー「アイドルにもルールがあるんですね」

 アーニャ「結構面倒くさいけど覚えるのは簡単よ」


 アーニャはブレスを取り出すと起動させて操作し始める。


 アーニャ「私のこれは古い奴だけど、こんな風に出て来るの」


 アーニャのブレスにアイドルファイトの公式条約が表示される。ジェミーはそれを読んでいく。


 ジェミー「アイドルグループ、チームはグマンの国内では一つの国家として扱い、アイドル同士の決闘、ファイトは戦争として扱う……疑似的に戦国時代を再現しているの?」

 アーニャ「そうみたいだね」

 

 アーニャの気の抜けた返事にジェミーが驚く。


 ジェミー「知らなかったの?」

 アーニャ「まぁ、その辺の歴史とか興味ないから」

 ジェミー「世界樹の意思の元、最も平和的に定められた戦争方法か……」

 アーニャ「それっぽい条約は沢山あるね」

 ジェミー「条約、と言うのもアイドルを国家として扱っているからの言い回しなのね」

 アーニャ「例えばアイドルファイト公式条約第二条、顔を故意に狙ってはいけない」

 ジェミー「第二条、第二条……」

 

 ジェミーは該当する項目を探す。


 ジェミー「顔はアイドルの花であること、故意に傷つける行為は世界樹の意思と相反する、ね」

 アーニャ「そうそう、こういうファイト中注意しないといけない禁止事項も入ってるの」

 ジェミー「ふ~ん」

 アーニャ「アイドルやるなら、覚えておいた方が良いよ」

 ジェミー「そうだね」


 ジェミーはじっくりとアイドルのルールについて読み始めた。


 アーニャ「私先に寝るね」


 アーニャは寝間着に着替えはじめる。


 ジェミー「はい、おやすみなさい」


 ジェミーの返事が返ってくる頃にはアーニャは着替え終えてベッドに入っていた。


 ジェミー「アイドルファイト公式条約第八条、夜8時を過ぎての新たなファイトは認められない。夜が静かな理由はこれですね……」


 ジェミーは夜通しブレスの画面を読み続けた。


・グマンの国西区 朝

 早朝、チームレッドサンズの本拠地にチームグランドアースの主要メンバーが集められている。集められた理由を聞くためにグランドアースのメンバーのミオがホムラに話しかけた。


 ミオ「ホムラさんに言われた通りに集まったけど、いったい何があったんです?」

 ホムラ「はい、皆さんにお伝えしたい事がありましてね……」


 ホムラの前にグレンダが出て来る。しかしグレンダはマイクを手にするものの一言も話そうとはしない。ジェスチャーサインで『大丈夫』と皆に送るもやはり喋ろうとはしない。


 ホムラ「あんたねぇ……話さないなら、私から話すわよ」


 ホムラはグレンダに耳打ちする。


 グレンダ「わかってる、私にも心の準備ってものがあるのよ」


 グレンダはホムラにそう言い返すと大きく深呼吸する。


 グレンダ「えー……私、グレンダ・マチャップリンはある事を隠してアイドルを続けていました」


 グランドアースのメンバーはざわつく。グレンダはこれまでの経緯をメンバーに話した、数か月前のホムラとのファイトの後、病院に連れていかれて検査をして、自分が未知の呪いにかかっている事を……


 グレンダ「隠していたのは私のプライドからよ……皆、ごめんね」


 ミオはグレンダに近づく。


 ミオ「私、グレンダさんの様子が少しおかしいの気付いていました。きっと何か言えない事情があるんだって思ってました。でも、事情を聞いてわかりました」

 グレンダ「な、なにを?」

 ミオ「グレンダさんは一人で抱え込みすぎです!どうして私達を頼ってくれなかったんですか!?」

 グレンダ「うっ……」


 グレンダは言葉が出なかった、グレンダはチームの中でライブではメインボーカルとファイトを担当している。しかし自分の曲は作詞から作曲、歌唱にダンスの振り付けまで兎に角自分で何でもこなす人間なのだ、人に頼るのが苦手なのである。チームメンバーはそんな彼女に憧れて入ってきた人達だ。


 ミオ「私達はグレンダさんに選ばれたからこのチームのメンバーとしてやってるんです!」


 グレンダ以外のチームグランドアースのメンバーはパフォーマンスを見たグレンダが選んだ人々だ。グレンダは自分に憧れて追って来たファンから自分と一緒に歌って踊り、時にはファイトや裏方仕事を手伝ってくれる人間を求めて選んだのだ。ミオはその中でも最初にグレンダに迫り、グランドアースをワンマンチームから変えた一人である。


 ミオ「グレンダさんがそういう状態なら今日のアーサークラウンとのファイト、私が代わりに出ます」

 グレンダ「無茶よ」

 ミオ「無茶はグレンダさんの方です!今はもうトップアイドルでは無いんです!」

 グレンダ「それを取り戻す為に……」

 ミオ「ダメです!」


 ミオはグイグイと食って掛かり、事情を話しても尚無茶をしようとするグレンダを止めようとする。


 ホムラ「元トップ」


 その様子を見ていたホムラが呆れて顔でそう呟く、その呟きはグレンダの耳に届く。


 グレンダ「なんですって?」

 ホムラ「元トップ、あんたの事よ」

 グレンダ「挑発のつもり?」

 ホムラ「今のあんたじゃあどうやったって私には勝てないし、昔みたいにバカみたいな数ファイトしようと負け続けるのが関の山よ」


 グレンダはホムラを睨み、握りこぶしを震わせる。


 ホムラ「もう少し優しく言ってあげましょうか?『休め』って言ってんのよ」

 

 グレンダは握りこぶしを解く。


 ホムラ「あんたがトップになって3年、毎日の様にファイトとライブ続けて、これだけ慕ってくれるメンバーまで集めて勝ち続けて……もう十分なんじゃあないの?」


 グレンダは首を横に振る。ホムラは思った返事では無くて目を丸くする。


 ホムラ「あら意外」

 グレンダ「当たり前でしょ、それだけやっても知恵の実は私には届かなかった」

 ホムラ「確かにそうね」

 グレンダ「もしかしたらあと一歩、後ほんの少し先に合ったのかもしれないと思うと……こんな所で立ち止まってられないのよ……」


 グレンダの顔に涙が浮かぶ、その涙は悔し涙だ。その心中を悟ってグランドアースのメンバーにも涙が伝わる。

 グレンダはホムラの手を握りながら膝から崩れる。


 グレンダ「こんなことってあるの……私は……私は……」


 泣き崩れたグレンダをミオが支える。


 ホムラ「だから、休みなさいって言ってるのよ……」


 ・グマンの国西区 とある宿屋 朝

 宿屋のアーニャとジェミーの部屋。早朝にアーニャが目を覚ますと、机にうつぶせで寝ているジェミーを見た。その手には光を失ったアーニャのブレスが握られていた。


 アーニャ「遅くまで見てたんだ……」


 アーニャはそう呟くとジェミーの手からブレスを取る。


 アーニャ「魔力が切れてる……補充しなくちゃね」


 アーニャはブレスの裏面に隠されたスイッチを押して魔力を込めた。するとブレスは光を取り戻す。それを確認したアーニャはブレスを起動してアイドルモードにする。


 アーニャ「ジェミーちゃんには悪いけど、私は私の朝のアイドル活動をさせてもらうね」


 そういうとアーニャは部屋から出ていった。


・グマンの国西区 チームアーサークラウン占領地エリア2・大型ライブ会場外

 アイドルチームのアーサークラウンはそのメンバー数の多さによるポイントの財力を使って多くの会場を貸し切っている。その会場内で他のアイドルがパフォーマンスするのを許さないのだ。故にこのグマンの国では占領地と呼ばれている、ここはその占領地、西区の大型ライブ会場を中心とする近くの広場までもアーサークラウンのテリトリーとなった地域、エリア2の中心となるステージだ。

 中ではアーサークラウンのメンバーがライブの準備をし、会場には既に多くの人が集まっている。今日はアーサークラウンのトップメンバーの一人、トリスタン卿ことジータ・タンドリーをセンターとするライブが始まろうとしているのだ。既に会場には多くの出店の屋台が出ている。その屋台の殆どはジータ・タンドリーの家の名物タンドリーチキンだ。鶏肉を香辛料とヨーグルトに漬け込み、家の名前そのままのタンドリーという窯で調理する、その過程から発せられる香りに会場は包まれている。ファンは食欲をそそられながら、ステージへの開門を今か今かと待ち続けているのだ。

 次第にチキンが焼きあがる、購入する人が出てくる、チキンが人々の手に渡るとステージへの門が開かれる。


 アーサークラウンメンバー1「駆けこまないでくださーい!」

 アーサークラウンメンバー2「入場する方は手をあげて列に並んでくださーい!」


 アーサークラウンのメンバーが拡声の魔術を使いながら人々を誘導する、アーサークラウンはその人数の多さからライブの運営を委員会に頼らずに行える。そしてメンバーの誘導でステージへゾクゾクと人が入っていく、やがてステージが満席となると門は再び閉められる。

 

 アーサークラウンメンバー2「第一公演は締め切りましたー!」

 アーサークラウンメンバー1「入場出来なかった方は第二公演をお待ちください!」

 

 今回のライブは入場制である。運営側の決まったタイミングでステージへの門を開き、また決まったタイミングで門を閉じて一回の公演を始める。ファイトをしたいアイドルは大勢のファンとその中に入っていきタイミングを見計らってファイトを申請する、あるいは……


 ミオ「あの……」

 アーサークラウンメンバー1「はい、なんですか?」


 アーサークラウンメンバー1に話しかけるミオ。


 ミオ「私はチームグランドアースのミオと申します。今日のグレンダ・マチャップリンとのファイト、代理として来ました」

 アーサークラウンメンバー1「確認します」


 アーサークラウンメンバー1は自身のブレスで通信を行い、ジータらメインメンバーと連絡を取り経緯を説明する。


 アーサークラウンメンバー1「はい、わかりました。ミオさん」

 ミオ「はい」

 アーサークラウンメンバー1「こちらで他のメンバーが案内します」


 メンバー1の言う通り、他のメンバーがミオに一礼してからミオをステージの中へと案内した。


・グマンの国西区 とある宿屋の近くの広場

 少し時間は巻き戻ってアーニャとジェミーの泊まっていた宿屋の近くの広場、アーニャがブレスを起動したままここに着く。


 アーニャ「よし、誰もいない」


 アーニャはブレスを操作し始める。


 アーニャ「じゃあミュージックを起動して……朝だから音量控えめにして……」


 準備を終えるとアーニャの周囲から幾何学的な魔法陣が出現して音楽が鳴り響く、アーニャは一呼吸おいてから曲に合わせて歌う、早朝に相応しい爽やかな曲と穏やかな歌声のハーモニーは周囲に広がり始める。そして、その歌を聞いた人が広場に集まる。

 そこに突然の警笛が鳴る。笛を吹いたのはアーサークラウンのメンバーだった。


 アーサークラウンメンバー3「そこのアイドル、今すぐゲリラライブを中止なさい」


 アーニャは驚いて音楽と歌を止める。


 アーニャ「えっ……あの……」

 アーサークラウンメンバー3「この広場は我々アーサークラウンの領地、エリア2の範囲となっています。そこでアーサークラウン以外のアイドル活動をするというなら、ファイトをしてもらうしかありません」


 アーサークラウンメンバーは腕にブレスをはめる。

 

 アーニャ「すみません、そうとは知りませんでした。今回はポイントを差し出す形で見逃してはくれませんか?」


 アーニャは怯えた顔でそう提案をだすが……


 アーサークラウンメンバー3「アーサークラウンとして、それを許す事は出来ません。ファイトをして二度と我々の領地での活動はさせないようにします。場合によっては、我々アーサークラウンに強制加入して頂きます」

 アーニャ「そんな……」

 アーサークラウンメンバー3「それが嫌なら、私とファイトをして勝ってください。それがこちらから提案する条件です」

 アーニャ「うぅ……」


 アーニャは怖気づいてしまう。そこに人混みをかき分けてアーニャの前に現れるジェミー。


 ジェミー「アーニャさん、これは揉め事ですか?」

 アーニャ「ジェミーちゃん、寝てたんじゃないの?」

 ジェミー「アーニャさんに起こされてしまいましたからね、それよりこれは……」

 アーサークラウンメンバー3「そこの方はアーサークラウンの領地で勝手にアイドル活動を行いました。なのでファイトをして負けた場合、私達のチームへと強制加入をしてもらう所存です」

 ジェミー「そうですか、そしてアーニャさんはそれを断ったと……」

 アーサークラウンメンバー3「そうなります」

 ジェミー「アイドルファイト規約に則るとこの場合、アーニャさんはファイトに応じなければなりませんね」

 アーニャ「規約ではファイト交渉が決裂した場合はレフェリーの指示に従ってとあるから、そうなるとは限らないんじゃない?」

 ジェミー「相手側の意見を聞く限り、アーニャさんは相手チームの占領地下で勝手に行動したことになっています。それが事実ならアーニャさんには不利です」

 ???「はい、見ていた限りですとあなたはこのファイトに応じなければいけません」


 突然割り込んでくる声にジェミーは身構える。声の主は二人の近くにいた忍者とプロレスのレフェリーが混ざったような白黒縦縞の忍び装束を着ている少女だ。


 マイ「私はグマンアイドル協会公式レフェリーのマイと申します。この地区でアーサークラウン以外の曲が聞こえたので来てみました」

 ジェミー「そうでしたか」

 マイ「はい、それでですね~この広場はアーサークラウンがポイントで買い取った場所となっていますので、ファイト以外の解決はアーサークラウン側の要望に応じたうえでって事になりますね~」

 ジェミー「わかりました」


 ジェミーはアーニャの方を向く。


 ジェミー「ブレスを貸していただけないでしょうか?」

 

 アーニャは驚く。


 ジェミー「私としてはこれはまたとない機会です。私にファイトをさせてもらえませんか?」

 アーニャ「大丈夫なの?」

 ジェミー「ファイトは初めてなので自信は無いですが、決闘と言うのであれば勝つつもりで受けます」


 ジェミーの真剣な眼差しを受けてアーニャはブレスを渡す。


 アーニャ「ブレスをファイトモードにしてレフェリーの指示があるまで待機、指示が出たらコアマテリアを装填、魔術コードは……」

 ジェミー「『ドレスアップ』ですね?」


 アーニャは頷く。ジェミーはブレスを起動して待機させる。


 ジェミー「アーサークラウンのメンバーさん、こちらの要望をお伝えします」

 アーサークラウンメンバー3「はい」

 ジェミー「このファイト、私達が負ければそちらの要望に応じます。しかし勝ったのなら、今日一日この広場を私達が自由に使える様にしてもらいます」

 アーサークラウンメンバー3「わかりました。確認ですが、これから私とファイトするのはあなたでよろしいのですね?」

 ジェミー「はい」


 二人の間にマイが入り両者の顔を見る。


 マイ「それでは、両者合意とみてよろしいのですね?」

 アーサークラウンメンバー3「はい」

 ジェミー「はい」

 マイ「それではこれよりこのファイトは協会公認の正式なアイドルファイトと認定されました!レフェリーは不肖この私、マイが担当させていただきます!」


 マイは片手を天に掲げる。


 マイ「術式開始、対魔防壁展開!」

 

 マイの手に魔法陣が展開する。その魔方陣は周囲を包み込むように広がり、やがて見えなくなる。これは周囲にファイトによる被害が及ばないようにする結界、バリアとなる。


 マイ「それでは、これよりチームアーサークラウンのメンバー……失礼ですがお名前は?」


 マイはアーサークラウンメンバー3に名前を尋ねる。


 アーサークラウンメンバー3「コーラルです」


 マイ「はい。ではチームアーサークラウンのコーラルと、チーム……なんですか?」


 マイはジェミーに尋ねる。

 

 ジェミー「アーニャさん、アーニャさんのグループって何て名前なんですか?」


 ジェミーはアーニャに尋ねる。


 アーニャ「ガッツって名前だけど」

 ジェミー「では、アイドルグループのガッツのジェミーです」

マイ「わかりました、アイドルグループガッツのジェミーのファイトを開始します!両者ドレスセットアップを!」


 ジェミーとコーラルは自身のブレスを起動してコアマテリアを装填する。


 コーラル「あなたのそれ、GBAですよね?」


 コーラルはジェミーのブレスを見てそういう。


 ジェミー「すみませんが、これについては私もよく知りません」

 コーラル「ごめん、随分とレトロな物を持ってくると思って……」

 ジェミー「そんなに古いものなんですか?」


 ジェミーはアーニャの方を向くとアーニャは申し訳なさそうに頷く。

 実際にこのGB/A《グロリアスブレイヴ/アドヴァンス》と言うブレスは20年以上前に作られた骨董品だが、ジェミーがそれを知る由はなかった。


 ジェミー「まぁいいです、ドレスの性能の差が結果に直結するとは思ってはいません」

 コーラル「私達アーサークラウンメンバーの中でもファイターは常に最新のブレスを受け取れる。同じ仁人堂にんじんどう製のブレスであろうと私のSue/Witch《スー/ウィッチ》とは何世代も性能が離れている事を思い知らしめてあげます」


 両者がコアマテリアを起動させ、装填する。


 コーラル「ドレスアップ!」


 その声と共にコーラルはピンクの衣装を纏う。


 ジェミー「ドレス……アップ」


 ジェミーの小声にもブレスは対応して彼女に衣装を纏わせる。


 ジェミー「これは……」

 

 ジェミーは自分の衣装をまじまじと見る。


 ジェミー(アーニャさんの話を聞く限りではエフエフと言うシリーズでホムラさんと似ている鎧が出てくると思いましたが、予想以上にひらひらしてますね……武器は細身の剣ですね)


 ジェミーは剣を構える。


 マイ「両者、ドレスの調整はよろしいでしょうか?」


 二人は頷く。


 マイ「それでは参りましょう!アイドルファイト!」


 観客「ラーイブッ!!」


 コーラル「ゴー!!」


 コーラルは掛け声と共にジェミーへと迫った。

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