なぜ大人になると時の流れを早く感じるのか

柿井優嬉

なぜ大人になると時の流れを早く感じるのか

「敏樹くん、いいことを教えてあげよう」

「あ? いいよ。お前の話は理屈っぽい割に役に立たないから」

「この話は、聞いて損はないと思うけどな」

「まあ、いいや。話したいんだろ? 聞いてやるよ」

「大人になるとさ、時間が過ぎるのを早く感じないかい? 小さい頃に比べて一年が経つのがあっという間だとか」

「それ、知ってるぜ、なんでなのか。例えば、十歳だと一年は今までの人生の十分の一だけど、八十歳なら八十分の一だから、だろ?」

「違うんだな、それが」

「え? じゃあ、どうしてなんだよ?」

「どこか、初めてだったり、慣れてない場所に足を運ぶ場合、行きに比べて帰りの時間はすごく短く感じない?」

「ああ、感じるな」

「それっていうのは、行きは『どこだろう?』とか『間違えてないかな?』って緊張してる反面、帰りはもう道を覚えたり、目的地は自宅とかちゃんとわかってるところだから、リラックスしてるよね。つまり、人は緊張すると時間を長く感じるんだよ。交通事故に遭った人は、その衝突の瞬間をスローモーションのように覚えてる人が多いって話を聞いたことがあるし、遊んだりして楽しくリラックスした時間は『もう終わり?』って短く感じるでしょ?」

「うん」

「そのメカニズムとしては、心拍数が関係してるんだよ。緊張して脈を打つ回数が増えると、時間がゆっくり経過するように感じるんだ。逆にリラックスして心拍数が減ると早く時が経つ感覚がする。そして、ここが重要で、子どもと大人を比較すると子どものほうが心拍数が多くて、成長するにつれてだんだん少なくなってくる。だから時の流れを早く感じるんだよ」

「へー」

「ゆえに、大人になって時間が早く過ぎ去る感じが嫌なら、緊張する機会を増やせばいいんだ。新しいことにいっぱい挑戦してみたり、あと、運動して心拍を上げればいい」

「なるほど。そいつはいいこと聞いた。確かに二十歳を過ぎたくらいから時間が過ぎるのが早くなってきて、嫌だなと思ってたんだ。よし、さっそく運動しにいくぜ」

「あ、待っ……」

「じゃあなー」

「……もう」

 まったく、せっかちなんだから。一番大事なことをまだ言ってなかったのに。

 人間が一生で打つ脈の回数は決まってるから、心拍数を上げれば、一年間なんかは長く感じるかもしれないけれど、そのぶん寿命が縮まってしまう。

 要するに、一生の時間の感覚は変わらないんで、聞いて損はないが得もしない、実はいつも通りの役に立たない話だったんだよ。

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