夢姫へのセレナーデ

河内三比呂

序章

第1話

 世界は混沌から解放され、秩序に満たされた。

 魔王は英雄により討たれ、魔族達とは小さな遺恨こそあれど、平穏な時が流れる。

 そんな中で、魔法使い達は衰退していき、残された技術の恩恵で人々の営みは発展していく。

 これは、平穏が訪れたとある世界の、二人の旅の物語――


 ****


 ジェナ採掘場近くの村。

 そこに一人の旅人がふらりとやって来た。

 薄紫色のローブにウェーブかかった金髪が印象的な、濃いグレーのロングスカートに黒いブーツを履いた青年だった。

 その美しい容姿の青年は、自分は占い師だと名乗った。

 特徴的な容姿もそうだが、口調もまた独特な彼は、一気に村中の噂になった。


「あら、お嬢ちゃん。この少女の妖精のカードは、美を追求する、意識する。そういうのを表すの。貴女、これからもっと美しくなるわよ?」


 端正な顔立ちに自然と似合ってしまう女性口調。

 オネエとも違う、独特な雰囲気が彼をより神秘的な存在のように感じさせた。

 だが、彼は自分らしくあるがままに振舞うのみ。

 それがまた、より人を惹きつかせる。

 そんな彼を遠くから見つめる人影が……あった。


 ****


 旅の占い師を疑う者もいたが、その疑念はすぐに払拭された。というのも、彼は金銭を高く要求する事もしなければ、誰かを傷つける事もしなかったからだ。

 むしろ、村人達を占いで、ほんのささやかな幸福や、笑顔を与えていた。

 彼は、それこそが占いの本質とでもいうかのように、格安で占い、自身は宿を取りつつも、村人達の仕事を手伝う事で不足分を補っているようで、あっという間に村人達に受け入れられていた。

 今日も彼は、宿屋の老婆の薪割を手伝っている。本業は占い師だというのに。


「ありがとうねぇ、フィンリーさん。本当に助かるわぁ」


「気にしないで頂戴な、マダム。アタシは宿代の分だけ、働かせてもらっているだけよ?」


「ふふ、頼もしい占い師さんだこと」


 穏やかに会話をする二人を物陰から見つめている人物に、ふと、フィンリーが声をかけた。


「お嬢ちゃん、貴女もいらっしゃいな? そこにいると風邪をひくわよ?」


「おや、エマじゃないさね。フィンリーさんの言う通りだよぉ。ほら、こっちにおいで」


 物陰からおずおずと出て来た少女エマ。彼女は、水色のセミロングヘアに翠眼の、白いワンピースに、黄色の上着だけの姿だった。

 この村の季節は現在、冬。

 明らかに薄着な彼女は、悩ましそうにした後、大人しくフィンリーと宿屋の老婆の傍に寄って来た。フィンリーは自身のローブを脱ぐと、優しくエマの肩にかけ、微笑む。


「貴女、エマっていうの? とっても素敵な名前! アタシはフィンリーよ、よろしくね?」


「あ、はい……その、よろしく、です……」


 二人のやり取りを優しく見守る老婆にフィンリーは視線を送ると、エマと二人で宿屋の中へと入って行くのだった。

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