精霊狐に向日葵を
氷雨ハレ
EP1 はじまり
バスの停留所は金色のカーペットの中央にあって、そこで降ろされた僕の肺は、むせかえるほどの夏と向日葵で満たされたのだった。
夏、七月の終わり、僕は田舎に来ていた。帰省先は日向村という西日本にある限界集落の一つに数えられる場所である。ここの村は向日葵で有名で、辺り一面の向日葵畑は圧巻というに相応しい眺めをしている。ただ、この僻地に観光客が来るか、と言ったら、それは話が別である。
日傘をさしてスーツケースを牽く。坂道でもないのに、その歩みは遅く、まるで牛歩のようだった。バス停から歩くこと三十分、そこには目的地である祖母の家があった。
「お邪魔します」
そう言って中に入る。家の中はしんとしていたが、奥から微かにテレビの喧騒が聞こえてくるようだった。
「いらっしゃい、将暉くん。六年振りですね」
そう言って出てきたのは僕の祖母、夏木たえだった。以前来たのは六年、もう少し前だろうか、とにかく母親が再婚する前に少し、だ。
「あぁ、おばあちゃん。久しぶり」
「お久しぶりです。部屋を紹介しますね。そこに荷物を置いてください。廊下を真っ直ぐ行き、突き当たりを右に行き、手前から二つ目の右側の部屋です。掃除は簡単にしましたが、隅々まではしていないので、気になるようでしたら自分で掃除してください」
そう言われて通された部屋は物置のような場所だった。実際、僕が来る前は物置だったのだろう。そこに荷物を置き、整理をしていると祖母に呼ばれた。どうやら夜ご飯にするらしい。
午後五時、世間一般ではこの時間に夜ご飯を食べることは早いのではないかと思ったが、ここのの家長は年老いた祖母なので、もしかしたら祖母の生活リズムに合わせた結果こうなったのではないかと思った。
ダイニングに行くと、そこにはご飯、味噌汁、魚の切り身、お新香が並べてあった。ザ・日本人とも言える夜ご飯だった。僕はそれをちまちまと食べた。
その後、僕はお風呂に入った。浴槽は半分地面に埋まっているタイプのもので、入るのに苦戦した。
お風呂は静かだった。僕以外に誰も居ないので当然ではあるが、しかし、都会の喧騒とは無縁で、どれだけ耳を澄ませても虫のささやきと風のそよぎの音しか聞こえなかった。そうなってしまうと退屈になる。妄想をするしかないのである。僕はすりガラスを開け、外の暗闇を眺めた。そこには何も無かった。となると、僕は退屈しのぎの為に無から有を生み出す必要があった。たとえそれが、自分の望んだものでなくても、だ。その結果、僕は外の暗闇に、あの日の光景を見出した。
何かが燃えている。影が強くなる。その光景は、次第に大きくなり、ピンボケの光の塊となった。
シャワーの蛇口をひねり、冷水をかぶる。思考を止め、冷静になる。あれは思い出すべきではなかったと言い聞かせる。
お風呂から上がると、祖母はワイドショーを見ていた。内容は、多分最近起こった事件だろう。祖母は僕の存在に気付くとテレビを消してしまった。
「おばあちゃんはもう寝ます。将暉くんも早く寝てくださいね」
そう言って、祖母は家の奥に消えていった。テレビを見ようか————と思ったが、今テレビを付けたら不愉快な気持ちになるだろう。
というわけで、僕も寝ることにした。午後十時前と、早い時間であったが、旅の疲れからかすぐに寝てしまった。
これで、一日目が終了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます