第10話 アリアちゃんはご主人様を募集中。
私たちがクラスごとこの異世界に迷い込んでから、数年が経っている。私たちは来る日も来る日も、パーティで迷宮に潜り込み、殺すために魔物を探し、殺害して魔力石を得る。それと、途中で拾うものが私たちの貴重な収入源だ。そんな生活を繰り返しても、人生は良くなるどころか、少しずつ悪くなっているのは、島崎さんが教えてくれていた。
「どうなっちゃうんだろうね、私たち」
「ねぇ、紫音。あなたたちだけでも幸せにならない?」
3軍パーティのリーダーになっている遥香の部屋で話をしていた時に、そんな提案をされたことがある。
「いいえ、ダメよ。こんなことを言うのも何だけど、私たちがいなくなったら、ご飯も食べられなくなるわよ? 1軍とか3軍とかに分かれてるのは、努力とかじゃなくてもらったスキルの運なんだから、みんなで助け合うのは当たり前だよ。銀河くんも、他の子たちも、同じことを考えてるから気にしないで」
「うん、でも、やっぱり異常だよ。私もだけどさ、クラスの女子のほとんどが彼氏も作らずに処女で、その理由が『いざという時に自分を高く売れるから』なんだよ?……いや、紫音のことをどうとか言うつもりじゃないのよ」
このクラスで恋人関係なのは、私と銀河くん、そして2軍パーティにいる加納さんたちだけだ。
「遥香がタクミくんと恋人になれる日まで、がんばらないとね。でも競争率高いよ? 千奈津ちゃんも、日花里ちゃんも、タクミくんのことを狙ってるでしょう?」
5軍の女の子たちがタクミくんの部屋でいやらしいことをしているのは、女子はみんな知っている。本当は遥香もタクミくんの部屋に行きたいけど我慢しているのは、3軍と5軍の立場の違いを考えてのことだ。5軍には長井夏帆さんのように娼婦になることを決断した人もいるけど、生活はぜんぜん楽になっていないらしい。
「やだ、タクミくんと私はそんなんじゃないったら……」
遥香は顔を赤くして否定するけど、まんざらじゃないみたい。そうよね、遥香だって彼氏を作りたいよね。
私の幼馴染で恋人で、とっても強いスキルでクラスで一番強い銀河くんが独立しようと言い出したのは、そんな矢先のことだった。
「あのね、紫音ちゃん。僕たちね、独立した方が良いと思うんだ」
「えっ、どうしてよ。私たちがいなくなったら、遥香たちは死んじゃうわよ? 見損なったわ、銀河くん」
ちょっと語気が強くなって、銀河くんはしゅんとなってしまう。
「あっ、ごめんなさい。大きな声を出しちゃったわね」
「ううん、大丈夫だよ。ちゃんと説明していない僕が悪いんだし」
銀河くんはとっても可愛らしい顔立ちの男の子で、文化祭で女装をさせられた時には『くぅ……この女子力の高さ、圧倒的過ぎるねぇ……』『勝てる要素がお胸のサイズしかないとは……』と女子たちを絶望のどん底に叩き落していた。体格も小柄で、喧嘩をしたらくるみちゃんになら負けそうな感じの銀河くんが、『魔法剣士・達人』というレアスキルで私たちを引っ張ってくれているのは皮肉なものだ。
銀河くんをエースとして、機動力が高い牽制役の末永竜広くん、盾役の堂本克也くん、そして後方から弓術で援護をできて、やっぱり希少な『回復魔法』スキル持ちの私の4人で、1軍パーティは構成されている。2軍パーティと一緒に行動して、上層の下部までは安全に攻略できているのだ。
「あのね、紫音ちゃん。僕たちが、このままだとまずいのは分かってると思うんだよ。だからね……」
*******
そして銀河くんは、新しい拠点に移り住んだ私たち8人のメンバーに向かって、挨拶をしている。ここも前と同じように、旧くなった兵舎を借り受けている。しかし、小さい頃から私の陰に隠れるようにしていた銀河くんがこんなに頼もしい表情をしてくれるようになって、とても嬉しい。
「みんな、僕たちの計画に賛同してくれてありがとう。改めて、説明するね」
最初に計画を聞かされていた時には反対していた末永くんや神田川凛子ちゃんも、銀河くんから説得されて納得している。みんな、とても良い顔をしているなぁと思う。
「僕たちは明日から、新しい迷宮の中層をめざして侵攻する。マクガレフに5つある迷宮の中でも、中層の稼ぎの効率が一番良いと言われている迷宮だ。これまでは安全を重視していたけど、明日からは多少のリスクを背負っていく」
「あぁ、大丈夫だ。お前への攻撃は、俺がガッチリと守ってやるよ」
「隙を作るのは俺に任せとけ。今度の中層は平野が多いんだろう? 長坂さんの弓術も生かしやすくなるな」
堂本くんと末永くんが、頼もしい返事をする。数年間一緒に戦ってきた彼らからこういう言葉をもらえると、本当に嬉しい。私たちは視線を合わせて、うなずきあう。
「ありがとう、2人とも。僕たちは分かれることで、背水の陣みたいな状況になった。あっちに残った人たちの状況は島崎さんに教えてもらうことになっている。目的を教えると止められちゃうから、あんまり喋れなかったけどね」
私は島崎さんやみんなの顔を思い出す。八橋くんの作るご飯を食べられないのは寂しいけど、少しの我慢だ。
「それで、僕たちの目標は金貨200枚ずつを貯めていくことだ。200枚あれば市民権を買える。そして、一般市民は4名まで奴隷を所有できる。僕たちは長井夏帆さんを入れて27人。真田詩織さんは養子になってもう準市民権を持っているから、除外すると26人。5人が市民権を持てば、残り20人は奴隷の立場だけど、少なくとも今の境遇からは解放されるし、使用人としての立場なら魔力石採取と娼婦以外の仕事ができる」
「いや、待って。1人あぶれたけど?」
2軍パーティのリーダーである加納虎太郎くんが、指を折りながら突っ込みを入れてきた。銀河くんは微笑みながら、その疑問に回答する。
「僕は軍籍に入って、真田さんみたいに準市民権を得るよ。実はもう、自治政府軍からお誘いを受けてるんだ」
「まぁ、銀河みたいなエースだったら引く手あまただよなぁ」
バカ我津。私は吉塚我津くんに心の中で毒づいた。今のところマクガレフの辺りは平穏だけど、戦争が絶えないこの世界で、軍隊に入ったら大変なのは銀河くんだ。もうちょっと、その辺の覚悟を汲み取ってほしい。
「だからね、金貨200枚の5人分、1,000枚を稼ぐのが僕たちの目標だ。危険を冒さずに向こうの生活が持つのは100日くらいかなって、島崎さんからは言われてる。3軍パーティだけならしばらくは自立できることを考えても、かなりのハイペースで金貨を稼がないといけない」
「お小遣いはこれまでの3分の1に減らすから、我慢してね」
「マジかよ……娼館に月に1度しかいけないじゃん……」
堂本くんが情けない声を出す。ねぇ堂本くん、さっきのちょっとカッコいい君はどこへ行った?
「とにかく、これが僕たちの新しい生活の方針だ。反対意見がなければ、明日から迷宮に潜っていく。このクラス会議はこれで解散するけど、最後に一言だけ」
そして銀河くんはみんなの顔を見回すと、少し恥ずかしそうにしながら口を開いた。
「僕はね……みんなのことが大好きだし、残ったみんなのことも大好きだ。だから、生き残っているクラスメイトの全員が幸せに暮らせるよう、この数ヶ月だけは歯を食いしばってがんばろう」
私たち8人は、思いを一つにして拍手をした。照れている銀河くんの表情を見ると、思わず心臓がきゅんとなって、ちょっと濡れてしまう。あとで、銀河くんのことをたくさん可愛がってあげないといけない。
「あ、ところで一つ確認したいのですが、よろしいですか」
挙手をして発言を求めてきたのは、船越アリアだ。昼夜を問わずに迷宮に潜り続けるだろう私たちの生活を支えてもらうために、一緒に来てもらった。『メイド』という珍しいスキルを持っている。北欧とのハーフで、思わずため息をついてしまいたくなるプラチナブロンドの髪と、陶磁器みたいな白い肌、そして重力に逆らいまくっている部分を持ったパーフェクトな美人だ。転移して早々、染めていた金髪が地毛に戻った夏帆さんが羨ましそうにしていたのを覚えている。
そして見た目だけはクールなアリアは、私や銀河くん、タクミくんと小学校からの同級生で、私の親友でもある。
「どうぞ、船越さん。船越さんにも負担をかけるけど、よろしくお願いします」
「いえ、みんなと違って私は命がけではないので……ところで、私は今回は、誰を『ご主人様』として設定すれば良いですか?」
アリアの思わぬ発言に、空気が凍り付いて『えっ?』『今、ご主人様って言ったよね?』という雰囲気になる。
「ああ、すみません。言っておりませんでしたが、私のスキルは『ご主人様』に対して発動するのです。だから、誰かをご主人様にする必要があります」
「もしかして、それだから今日の晩ごはんって……」
「ごめんなさい、あんまり美味しくなかったでしょう? 拠点が変わってご主人様と離れたせいで、『メイド』スキルが発動しなかったようです」
まさか、そんな理由でご飯が美味しくなかったとは……これからこの食生活をするのかと思うと気が滅入っていただけに、安心する。
「はい、はいはいはいはい! 俺、船越さんの、いや、アリアちゃんのご主人様に立候補します!」
「はい、俺! 俺をアリアちゃんのご主人様にしてください! いや、俺が下僕でも良いから!」
「バカ、それじゃ意味がないだろ? 俺がアリアちゃんの奴隷になるから!」
堂本、末永、吉塚くんが一斉に手を上げた。下心が丸出し過ぎて笑うしかないわよ、3バカ。御堂くんや千奈津ちゃんみたいなムードメーカーがいなくなってちょっと心配だったけど、この3人がムードメーカー役になってくれるみたいだ。でも3バカ、あなたたちのご主人様は却下よ、却下。
「え、えっと……そうですね……」
船越さんは困り顔だ。そして、ちょっと信じられないレベルの爆弾発言が飛び出した。
「ご主人様には夜のお相手もしないといけないけど、私はまだ処女だから、できれば女性の方が良いですね」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
8人の口から、同じような反応が飛び出してしまう。同性の私が聞いてもドキドキしちゃうような色っぽい表情から、そんな発言とか反則過ぎるんですけど。銀河くん、今のに反応してないよね? 勃起も浮気だからね?
「いや、私にはお義兄ちゃんがいるから、無理だよ?」
加納小夜ちゃんが、両手をぶんぶんと振ってご主人様になることを拒否する。両親が再婚して義理の兄妹になったけど、異世界に来たら速攻で人目をはばからずに付き合い始めた、正真正銘のバカップルだ。
「じゃあ、私か凛子のどっちかになるんだけど……」
「……仕方ない。私がなるよ……でもアリア、本当に……その、夜のお相手ってしないといけないの? 私もまだ処女なんだけど……」
神田川凛子ちゃんが、顔を赤くしながらしぶしぶと言った様子で手を上げる。
「えぇ、きちんと夜までメイドの務めをこなさないと、スキルのレベルが下がってしまうようなのです。だからよろしくお願いしますね、ご主人様」
こうしてアリアは、凛子ちゃんをご主人様として登録することになった。それにしても、処女なのに男を喜ばせる術に長けているって、どんなスキルなんだろう。ちょっと気になるけど、聞いてしまうと後戻りできなくなりそうだから、遠慮しておこう。
「じゃあ、今夜はもう休もう。明日はいつも通り夜明け前に出発だ。よろしくね、みんな」
銀河くんがその場を〆て、解散になった。明日からは迷宮の中層の攻略が待っている。私は気を引き締めながら、アリアに反応したことへのお仕置きセックスをするために銀河くんの部屋に入っていく。アリアに引きずり込まれる凛子の姿を横目に見ながら……。
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