キス、そして失踪
翌日、俺は朝、ホテルにユリアを迎えに行っていた。
「あれ? ユウマさんどうしました?」
「いや、一緒に行こうと思ってな」
「ま、待ってくださいすぐ用意しますからぁ!」
ドタンバタンと音が聞こえる。色々しまっているのだろう。
「お、おまたせしましたぁ……ささ。どうぞ」
と、着替えてきたらしい。部屋に入る。なんだか女子って感じの甘い香りがする。
「すみません何もおもてなしできるものがなくて。そっちの椅子の上はカバンがおいてあるので、ベッドの方座っててもらえますか?」
ベッドって!? こいつ何も考えていないのか!? 異性だぞ!? しかも意識してる!
とはいえあまり意識しすぎも悪いかと思いベッドに腰掛ける。うわっふわっとシャンプーか何かのいい香りが……。今更ながら俺は何をしてるんだ? 好きって言ってくれた人とホテルで二人っきりって不味くないか? なんか。落ち着け美咲の顔を思い出せああまずい告白されたイルミネーションをおもいだしてああいい匂いが落ち着け美咲もいい匂いだってそんなこと思い出すな落ち着け俺自身!!!!!!!!!!!!!!
「どうしました? いいんですよぉスンスンしちゃっても」
「こいつわかっててここ勧めやがったな……?」
「いいじゃないですかあ約得です約得! 私もユウマさんの香りでハッピーになれますし!」
「しねーってなんですること前提で話進むんだよお前!」
「なんだがっかり。すみませんこれコーヒーです。インスタントですけど」
「おうありがとう」
無言になってしまう。何か話したほうがいいのだろうか。
「そういえば昨日部長につきあわされたんだってな。根掘り葉掘り聞かれたか?」
「そうなんですよ聞いて下さいよ! 未来のことはだめって言ってるのにどうにかして聞き出そうとして……嘘発見器まで用意してたんですよあの人!」
「それはまた……」
「それでなんとか終わらせたらユウマさんとミサキさんのデートイベント見逃してたって聞かされたときの気持ち考えてくださいよ! ユウマさんのこと好きは好きですけどそれはそれとして推しカップルなんですよ!? どうして昨日そんないいイベント消化しちゃったんですか!?」
「だーもう好き好き言うなって! こらお前なんで近寄ってきて……」
「慰めてくださいユウマさん! 私は……私は……」
「ちょっとまて押すなって! うわあああああ!」
と、後ろに倒れてしまう。ユリアを巻き込んでしまい、ユリアが馬乗りになる形になった。
「あ、あのユリアさん? ど、どいていただけると……」
顔が近い。まつげ長っ。髪がふわっと落ちてきてそこからシャンプーのいい香りがする。ドキドキが止まらない。
「ユウマさん、私……私……」
「待ってなんで更に近づいてくるの!? やめて! 助けて!」
「好き……」
「だーもう! 離れろぉ!」
無理やり体を押して立ち上がろうとする。起き上がるが、後ろに倒れないようにしたせいで顔がさらに近い体勢になってしまった。
「ユウマさん?」
トロンとした目つき。呼吸する音すら聞こえそうなほど近く、自然と唇に目が行ってしまう。
「一度だけ……いいですか……?」
「だ、駄目だ!」
何故か強く否定してしまう。それだけは駄目だと頭の裏っ側から強く警戒信号が発せられた。
「駄目……ですか? そうですね。なんか駄目な気がします。すみません。離れますね」
「あ、ああ……」
おそらくユリアも同じ気持ちになったのだろう。少し悪いことをしたかと思い
「今日は、手を繋いで行くか?」
そう言っていた。
「いいんですか!? ありがとうございます! じゃあすぐ用意しますね? シャワー浴びて来ます!」
「だからお前はもうちょっと意識をしろぉ! 外で待ってるからなぁ!」
まったくもう。こいつは俺のことを意識してるのかどうなのか。
「……ここまでやってもキスしてもらえないなんて。なにかもっとすごいことしないといけないんですかね?」
……シャワー室の中でそう呟くユリアであった。
「陽斗おはよう」
「おう。おはよっておまあえ何してんの? 何してくれてんの?」
「いや、ユリアの手を握っているんだが……」
「お前は馬鹿か!? 思い出つくりったってそんなことしたら別れが辛くなるだけだろうが!」
「でも今日で学校来るの最後だしと思ってな。明日から土日休みだろ? 遊園地行こうと思って」
「付き合いたてのカップルか!? その遊園地の日程、俺と高橋さんと文芸部の二人も一緒に行くからな!?」
「いいか? ユリア」
「皆さん一緒のほうが楽しそうですし大丈夫です!」
「こいつら部外者がいなけりゃどこまで進んじまうんだ……?」
その日の放課後、俺とユリアはふたりきりで街を回っていた。
「もう取り逃がしたところはないか? 明日は遊園地行くし、明後日は帰る日だろ? 今日のうちに回っておいたほうがいいぞ」
「それじゃあ色々最後に回りたいです。最初は学校の方行ってもいいですか?」
「ああ。いいよ。じゃあ行こうか」
「学校についたけど、中入るのか?」
「いえ。ここで。覚えてますか? 最初未来から来た日のこと」
「ああ。不審者そのものだったな」
「そうでしたね。でもそんな怪しい人にもユウマさんは優しく声をかけてくれました。困っている私を助けてくれて、変なこと言う私を信じてくれました」
「家に連れて行ったな。あの日まで俺、美咲以外の女子を連れてきたことなかったんだぞ?」
「それは……また……自慢になりますね」
「他人の気がしなくてな。今でもそう思ってるよ」
「私とても心細かったんです。そこを助けてくれて感謝しています」
「そうか。それは良かった」
「次に行きましょう」
「次はどこだ?」
「文芸部の部室へ」
「ここで部長や副部長と出会ったんですよね? そして……」
「噂になったな」
「そうです! でもあの頃からそういう噂があっても嫌だって思わなかったんです」
「そうだったのか? てっきりただからかって楽しんでるんだと思っていたよ」
「私そんなひどくないです! もう!」
「あはは。ごめんごめん。今ならわかるよ。お前はひどいやつじゃないことくらい」
「もうちょっといい言葉がほしいですけど……」
「お預けだ。最後帰るときまでな」
「ええ~そんなぁ!」
「次行くか?」
「ここは…………山の上か。また来たな」
「はいっ! あの時の写真、まだ大事に取ってあるんです」
「俺の照れ顔をか?」
「はいっ! 誰も知らない私だけの顔。好きな人の顔です」
「そういうの持って帰れるのか?」
「もし持って帰れなくても忘れませんよ。あの顔は」
「そうか。それはよかったよ」
「最後に1枚写真撮ってもいいですか?」
「いいよ」
「それじゃあ、はいチーズ」
パシャリ、と写真が撮られる。満足したようだ。では明日も早いので帰ろうかとすると、手を取られた。ぐいっと引っ張られ、顔をそっちに向ける。
唇と唇が触れ合う。ただそれだけのキス。ユリアのまつげは少し濡れていて、そのまましばらく時間がたつ。
「えへへ。ありがとうございます。気づいていたのに拒絶しないでいてくれて。ありがとうございます。最後の頼みを聞いてくれて」
「最後……」
「あ! 明日は明日で楽しみますよ? でも、恋は今日で終わり。最後までお付き合いいただきありがとうございました!」
「ユリア……」
「すみません。先に行きますね?」
「あ、ああ……」
そう行って走り去っていく。俺はしばらくそこで立ちすくんでいた。
だが翌日、待ち合わせの場所にユリアは来なかった。ホテルにもいない。まるで、消えてしまったかのように。
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