日直
うちのクラスの日直は、隣り合う席の組が任命される形式になっている。
強制デートの翌日、俺と美咲が日直の番だった。
日中は何事もなく過ぎていったが、その日の放課後、俺達はみんなが帰ったあと、チョークのあとを消したりする仕事のために二人きりで残っていた。
「じゃ、じゃあ俺はこっちの大きい方の黒板を消しとくから美咲はそっちの小さい方頼むな」
「う、うん。わかった」
「それと上の方届きにくかったら言ってくれよ?」
「大丈夫だよ。届くって。そんなに小さくないよ? 私」
「無理すると制服にチョークがつくだろ?」
「そっか。ありがと」
昨日のこともあり、なんだかぎこちなくなってしまう。
向こうも少し意識してしまっているようだ。
「そ、そういえば昨日の写真、ユリアさんすごい喜んでたね? はずかしい思いしたけど良かったよ」
「あれは多分違う意味で喜んでたと思うけどな……」
なにしろあのデートのお膳立てはそのユリアであり一挙手一投足を間近で見ていたのだ。推しカップルが近くで見れてそれはいい気分だろう。
「今度はユリアさんのことちゃんと連れて行ってあげないとだめだよ? 佐藤くん」
「だからそういうのじゃないって。見たろ? あのいいもん見たわぁ~って顔を」
「またまた照れちゃって~」
「だから違うってのに……俺は……」
俺は、何だって? 何を言おうとした? ユリアのおせっかいに当てられたのか?
「でももうあと半分って感じなんだね。1ヶ月だったよね? ユリアさんがこっちにいるの」
「そうだったなたしか」
「向こうに戻ってからも連絡できるからいいけど、それでもさみしくなるなぁ」
「それは……」
どうなんだろうか。未来人が帰るとき、記憶は? 連絡手段は? どうなるのか。俺は少しそれがさみしく感じていることにびっくりしている。
「もっと色んなところ見せてあげたいなぁ。ねえ佐藤くん、手伝ってくれるよね?」
「ああ。もちろんだ」
そう、あと半月しかない。ユリアは未来に帰り二度と会えなくなる。だから手伝えることは何でもする。俺と美咲の仲についてもな。
そうこうしているうちに黒板の掃除も終わった。あとは黒板消しをクリーナーできれいにして今日の仕事は終わりだ。
「じゃあこっちでやっとくよ。お前喘息気味だったろ?」
「うん。ありがとう」
そうして受け取るときに、指と指が触れてしまった。気まずい時間が流れる。
「ねえ。佐藤くん。昨日、楽しかったね」
「そ、そうか? 大変だった記憶なんだが俺には」
「そ、それは私もそうだけど、それだけじゃなかったっていうか……」
「ま、まあ嫌じゃなかったけどな……」
「わ、私も。不思議だよね。昔ほど仲良くないのに、それでも佐藤くんとならあんなことしてもそんなに悪い気分じゃなかった。なんでだろ」
「美咲が優しい人だからだろ。普通好きでもない異性とあんなことさせられたらユリアのこと怒ってもいいはずだぞ?」
「う~ん。私はそんなにいい子じゃないよ」
「そんなことない。覚えてるか? 最初にあったときのこと」
「うん。覚えてる。佐藤くんって端っこのほうで泣いてたよね。お母さんと離れ離れになってさ」
「その時に俺に声をかけてくれたのが美咲だったな」
「そうそう! 佐藤くんがママ~ママ~ってあんまりにもいうから先生たちも困っちゃってて……」
「そういえば俺なんであのとき泣き止んだんだっけか。覚えてないんだよなぁ」
「泣き止まないままずっといたよ。それで泣きつかれて……」
「ああ! そうだそのまま美咲の手を握ったまま寝ちゃったんだ! 俺!」
「手を……握る……」
「うわあっ。この話はなし! 終わり!」
「そ、そういえば最近また明るくなったよね佐藤くん。ユリアさんのおかげなのかな、それは」
「そうかも知れない。あいつか来てから色々変わっていってる気がするよ」
「ねえ。恋バナしようよ。好きなんでしょ? ユリアさんのこと」
「それは……」
そんなことはない、と言い切るはずが口ごもってしまう。なんでだ? 本当に好きになっちゃったのか?
「嫌いじゃないんでしょ? 多分佐藤くんは怖いんじゃないかな。離れ離れになるってことが」
「それは……」
そうかも知れない。好意を向けられて困っているだけじゃない。美咲と疎遠になったことも大きいんだ。なぜなら俺は一生会えないことを知っているから。未来に戻ったら。
「それじゃあちゃんと向き合ってあげなよ? 本当に好きなんだだからね? ユリアさんは君のこと」
ユリアの気持ちは推しだからだ。未来人だから。でも俺がユリアに思っている気持ちはそんな壁の向こう側なだけなのか? 友達として……そして異性として。眼の前の美咲への俺の気持ちは? 考えがまとまらない。変だ。
と、そこへユリアがやってきた。日直終わりを待っていたらしい。
「ユウマさ~ん! ちょっと聞きたいことがあって~」
「それじゃあ私は先に帰るね。また明日」
「あ、ああ。じゃあな」
「あれ? ちょっといい雰囲気のところを邪魔してしまいましたか?」
「ううん。ユリアさんのお邪魔になるから私は帰るね。佐藤くん、ちゃんとエスコートするんだよ?」
ピシャっと扉を締めて行ってしまう。
「で、お前はなにか用事があったんじゃないのか?」
「ええ、そうですそうです。聖地巡礼のですね……」
そういって話始める。美咲に言われたことがまだ頭に残っている。好きなのか? という問いが。
「あれ? どうしましたユウマさん。こっちをじっと見て」
「いや。なんていうかきらいじゃないんだよなぁお前のこと」
「と、唐突に何を!? ユウマさんどうしました!? なにか変なもの食べましたか!?」
「う~ん、なんだろうなぁこれ。好き? まあ好きなんだけど……」
「す、好きっ!? いよいよ持ってどうしたんですかユウマさん!? ユウマさ~ん?
」
「う~ん、恋? じゃないんだよなぁ。動物園の赤ちゃん見る感じが近い気が……」
「いい感じと失礼とを反復横とびしてますよ! 戻ってきてくださいユウマさ~ん! あなたには美咲さんという将来が約束された存在が……」
とガクンガクンされているとそこに美咲が戻って来る。
「ご、ごめんね。カバン忘れちゃって……」
そう言ってカバンを掴んでそそくさと出ていく。
「あんなミスっていうかうっかりすることあるのか。美咲が」
「私も知らなかったです」
そうして俺はユリアの用事をすませに街へと向かうのであった。
「ユリアさんが言ってた運命ってどういうこと? 私と佐藤くんが? でもなんで運命って……」
「それに……佐藤くんとユリアさんはお似合いで……あれ? やっぱりおかしいな今日の私。カバン忘れるなんて私らしくないミスしちゃって……なんであんなにあせちゃったんだろう? 佐藤くんをユリアさんから取っちゃったって思ったのかな? でもなんであんなに……」
仲がいいのを羨ましいと思ってしまうんだろう。
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