好きと推しの違いとは
未来人ユリア。彼女は今日も推し活に励んでいる。
なぜわかるのかといえば熱心にノートに何かを書き込んでたり休み時間になるとどこかへ行ってはスマホを構えている姿が目撃されているからだ。
ピンク髪の転校生が熱心にシャッターを切っていればそれは噂にもなるというものである。
「やっぱそこら辺にもエピソード転がっているわけ?」
ユリアに聞いてみた。
「スマホで撮ってるのは背景資料ですね。折角のチャンスだしまだイベントは起きないはずなので」
とまたネタバレしちゃっている。言わないんじゃなかったのか?聞く俺も俺な気はするが。
そうこうしているとまたせっせとノートになにか書いていっている。多分あれが推し活用のノートということなんだろう。
ちらっと覗き込もうとするが、バッと手で覆い隠される。
「なんで隠すんだ? 見えないはずだろ? 例のあのモザイクで」
「自分の推しノートにモザイクかかるのもいい気分しないですけどそれとは違います。これはこっち来てから買ったノートにこっち来てから買った文房具で書いてるので多分処理されないやつなんですよ。流石にそれ見られるのは恥ずかしいので」
「それはごめん」
というような話をしていると、スルッとユリアの抑えているノートの脇から何かが落ちた。モザイクになっている。ということはつまり……
「わー!わー!わー! 見ないでください! 見ないでください!」
ユリアはそう大声で訴えているがかえって逆効果だろ。みんな見ちゃうぞ。
「ほい。これ落とすなよ」
と即座に拾って返してやる。しかし今のあれは形状的に……
「缶バッジ?」
「ええそうです。推しのバッジを集めるのは基本ですから!」
「推しってことは……まさか俺の?」
「はい! もちろん! でも大変なんですよ聞いてくれます? 基本ラブコメってヒロイン人気じゃないですか?」
「まぁ基本はそうだよな」
「でも私は主人公推しなのでグッズが少ないんですよ! 出たとしても挿絵とかそのままだったりして! メインヒロインは描き下ろしなのにですよ!」
未来でもグッズの格差問題はなくなっていないようだった。まあでもグッズってそりゃ美少女を推すよなラブコメなら。でもそうすると……
「じゃあさっきのってその公式のやつ?」
「いえいえ。これは自作のやつです。数少ないカラーイラストからなんとか引き伸ばした絵を使ったものなので……」
「どんなイラスト? 怖いんだけど」
「まあご本人にはあんま見せられないっていうか……まあお風呂でヒロインの裸をつい見ちゃうみたいなシーンにちょっと書いてあるんですけどね? そんなのを取らなきゃいけないくらいグッズに飢えてるんですよ~!」
いまのはネタバレにならないのか?というより……
「おい待て。そんなイベントがこれからおこるってのか!?」
「イベントとしてはまぁはいそうですね。私が記憶してる感じあったはずです。あれ? なんでこれ聞こえているんでしょうか? 未来が変わった? いえいえだとしたら記憶のほうが変わってるはずで……」
「と、とにかくそんなこと起きないって。もう何年もお互いの家行ってない関係なんだぞ?」
「う~ん確かに伝わってるってことはイベントが起きないんですかね? それとも喋っても問題ないくらい必然的に起きるイベントの可能性もありますかね? ちょっとよくわからないですね。なにかあったら教えて下さい」
「同級生の異性に別の異性の裸見たことを報告するってどんな気持ちですれば良いんだよ」
「そこはもうキスも告白も私は知っているので安心してください!」
いっちばん安心できねぇこと言うなぁこいつ。あとやっぱりこういうのオタク的に良いことなのか?と思うが。
せっかく出しと思いもうちょっと気になるところを聞いておこうと思った。俺はユリアに
「それ以外になんかあるの? 俺のグッズ」
と聞いてみた。
「タペストリーとかアクスタとかあとは……同人誌とか? ほとんど未来においてきちゃってますけど」
「同人誌って……お前そういえば何歳なんだ?
ちゃんと同い年なのか? パッと見は同級生っぽく見えるのだが。
「女性に年齢を聞くのは流石に失礼ですよユウマさん。ちゃんと同い年ですから安心してください」
「年齢聞くのはお前がずるしてないかどうかに関わってくるんだよ。というか同人誌ってそれ年齢的に大丈夫なやつか?」
「大丈夫ですよ! ゾーニングはちゃんと。全年齢向けだけしか持ってませんから!」
「あるのか。成人向けが。あるんだな!?」
どうなってるんだ未来! 俺のプライバシーは!?
「私も存在してるよくらいしか聞かずにいるのでわかりませんよ。うっかりNTRとか書いてあったら憤死しますよ私は」
「俺だって死ぬわそんなん!」
ねえ本当に大丈夫なのか? 未来の俺は。
「と、ともかく健全なグッズばかりなので大丈夫ですからね!? 私のこと信用してください!」
「半裸か全裸のスケベ缶バッジ自作したやつが言うことか」
「だってぇ~」
と、そんな話をしていると、美咲が
「ノート回収するよ~」
と言ってきた。前の時間の授業で出された課題のための回収のようだ。慌てたユリアはノートを急いで提出するが、それは
「バカっお前それ違うやつ!」
「あっ!」
そう、渡されたノートには推し活用の文字が。さらにタイトル部分には『ユウマさん』と大きく俺の名前が書かれている。
「ま、間違えました~!」
「えっなに?」
「お前なぁ! ちゃんと隠しとけって!」
「どうしたのユリアさん。推しって何?」
「あ~いえそれは……そのぅ……」
「え! マジで!? 推しってユリアちゃんそんなに佐藤くんのこと好きなん?」
クラスのイケてる女子が話に入ってきた。
「推しってどういう意味?」
「う~ん、難しいけどアイドルとか声優とかアニメのキャラとかそういうのを好きな人いるじゃん? そういう人の信仰対象ってか好きの対象っていうかそんな感じ」
と説明していた。美咲は顔をぱあっと明るくさせて興奮気味に、
「ユリアさんやっぱり佐藤くんのこと好きなんだ! 推しってよくわからないけど応援してるからね!」
そう言ってきた。ユリアはその様子にショックを受けていて、
「わ、私は推しカップルの間に割って入った……だめオタク……?」
と落ち込んでいた。まあお前はダメな方のオタクだよ。
「あ~もうどうしようそう言うんじゃないって美咲!」
「もう、そんなこと言ってユリアさんの気持ちに向き合ってあげなよ?」
「向き合ってるしよく知ってるって!」
「知ってるならなおさらだよ。ほんとにね……そっかぁそんなに好きなんだねユリアちゃんは……」
後半は小さな声で聞き取れなかったが、聞こえない声で言うってことは独り言だろう。変に聞き返すほうが悪いことだと思い、その場をあとにした。
「そっかぁ。あれ? なんでちょっと胸が苦しいんだろ。おかしいなぁ」
その声もまた、俺には聞こえなかった。
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