友人から再出発

 体育で俺が怪我をした翌日の朝、陽斗が話しかけてきた。


「あれ? 今日登校しても平気なのか? 昨日早退してたじゃん。足大丈夫か?」


「平気だよ。走ったりはできないけどな」


「そりゃ良かった。お前の怪我って中学のあれ思い出して心臓に悪いんだよな。気をつけろよ? マジで」


「わかってるって。あれほどひどくもないただの捻挫だって。でも心配してくれてありがとうな」


「悠真がデレるなんて珍しい。傷心に優しくするのは本当に効くんだなぁ」


「傷心は失恋だろバカ」


「はいはい。そういえば高橋さん昨日あのあとすげぇ塞ぎ込んでる感じだったぞ。何かあったか?」


「中学の頃の話が出てな。怪我つながりでさ。まだ気にしてたらしい当時のことを」


「そりゃ気にするって。あの当時一番仲良かったじゃねぇか。どこ行くでも一緒でさ。嫉妬されてたんだぜ? 高橋さん」


「美咲が?」


 俺じゃなくてか。と思ったが、それが顔に出てたらしい。陽斗はいう。


「お前は地味に人気あったからなぁ。女子は早熟ってか大人になるの早いし。色々あったらしいけどお前知らなかったのか?」


「本人が言いたがらないなら聞く必要はないだろ。しかも俺が関わって良いことになりそうに思わんしな。それが本当なら」


「まぁなぁ。ともかく何かあれば俺を頼れよ? それと高橋さんにちゃんと元気な姿見せて安心させてやれ」


「おう。わかったよ」


 そうしたやり取りをしながら、教室にたどり着くと、美咲がこっちに近づいてきた。


「大丈夫? 昨日あのまま早退したって聞いて私……」


「大丈夫だよ。昨日は安静にして寝てたからさ。ほら。歩けてるだろ?」


「私のせいでって思って……」


「だから大丈夫だって。な? だから泣かないでくれよ……」


 となんだか湿っぽくなってしまう。思ったよりショックを与えていたようで、悪い気持ちがしてしまう。


「どうしたんですか?」


「ユリアさんは知らないよね? 昔佐藤くんが大きな怪我をしちゃってね。そのことをちょっと思い出しちゃって……」


 ユリアは知っているはずだ。俺が主人公ならあの事故のことに触れないわけがない。しかしそれを知っているのがおかしいとわかったのか、それとも他のなにかを思っているのか、黙って聞いている。


「中学の頃の佐藤くんはテニス部でね? 全国大会に出場したことあるんだ。でもその全国大会前の練習中、大きな怪我をしちゃって、結局1年くらい安静にしなきゃいけなくて当然テニスも禁止。それで荒れちゃって……」


「俺が美咲にひどいこと言っちゃったって話だよ」


 そう、あの頃の俺は荒れていた。夢だった大会に出れず、ブランクが広がる恐怖に押しつぶされそうだった。


『お前は良いよな! 好きなテニスができてさ! 俺のこと憐れんでるんだろ! 美咲にクセに!』


 そう言ってしまった。本心じゃない。惨めな自分をごまかしたかっただけで、寄り添ってくれた美咲に当たり散らしていたんだ。

 俺は美咲のそばにいていい存在じゃない。未来のネタバレをされた今でもその気持ちはどこかにしこりのように残っている。


「悪いのは私の方。ふさぎ込む佐藤くんにテニス部の話なんか振っちゃったから……」


「はいはい。そのへんにしとけよ。昔の話なんだろ? 今気にしても仕方ないって」


 陽斗がフォローを入れてくれた。

 さらにユリアがフォローしようとしてくれるが、言ったことは、


「そんな事があったんですね。そうだ! ふたりとも仲直りってことでここで握手をするのはどうでしょう!」


「「なっ!」」


 俺と美咲はハモってしまった。握手!? 俺と美咲が!? 


「仲直りして元の友人に戻る第一歩です! クラスメイトの仲がいいほうが私嬉しいです!」


 嘘を付くなこいつめ。お前はラブコメの進展が見たいだけだろう。それにいまさら握手なんて恥ずかしいし……と思っていると美咲がこっちに手を伸ばしてきた。顔を真っ赤にしている。さっきの雰囲気の責任が自分にあると思ったらしい。生真面目な美咲らしいが。


「と、とりあえず今後は普通に友人としてよろしく」


「う、うんっ! よ、よろしく!」


 消しゴムを拾おうとして触ってしまったときにも思ったが、やはり細くて柔らかい手だ。そうおもっていると陽斗が、


「大丈夫か? ふたりとも固まってるけど。恥ずかしいなら手を離したほうが良いんじゃ? それともみんなが注目してて恥ずかしいのか?」


「えっあっそうだよねごめんね。すぐ離すね?」


「いやいやこっちこそごめん。イヤだったか?」


「いやじゃないよ! 昔と違ってたくましくなったなぁとか全然そんなこと思って触ってたわけじゃないからぁ!」


 バッと二人して手を離す。やべー手汗かいてねぇかな。そんなことを思いながらユリアの方を見ると


「あ~いいですねぇこのイベント! お互いがお互いを意識し直す仲直りイベント!」


 イベント言うなこら。周りに気づかれたらどうするんだお前。

 美咲の方を見ると、手をさすさすしている。これやっぱ嫌がってるんじゃないか? 


「美咲~? だいじょぶ? 顔真っ赤だけど」


「だ、男子と握手なんてしたことないからぁ~」


「昔は良くしてたんですよね? お知り合いだそうですし!」


「昔も昔だもん! 恥ずかしいよぉ!」


「よ~しよし。頑張ったねぇ美咲。偉い偉い」


 と、クラスのイケてる女子が美咲を慰めている。俺も恥ずかしくなって、逃げたいのだが足がまだ良くないのでどこにも行けそうにない。


「ミサキさん! 私お二人の昔のこともっと聞きたいです!」


 と、ユリアは何故か追撃を行っていた。


「恥ずかしいからぁ~!」


「良いじゃないですか良いじゃないですかぁ!」


「あ~それうちもちょっと興味あるかもぉ」


 とイケてる女子は裏切りをかましている。可哀想にもう美咲の顔ゆだってるみたいになってるぞ。


「ほらほら! 女子会しましょ! 女子会!」


「うわぁ~! 裏切り者ぉ~」


 そう言いながら美咲は連れられていった。


「で、お前は高橋さんのこと今はどう思ってるの?」


 陽斗が聞いてくる。


「どうって、ただのクラスメイトだって。いまは友人に戻ったのか? いまので」


「向こうは結構意識してると思うけどなぁ」


「ボディタッチ恥ずかしがってるやつらみんないい感じだったら世の中カップルだらけになるわ」


「まあお前はユリアちゃんがいるもんなぁ」


「だからよ~そう言うんじゃないって」


「はいはい。そういうことにしといてやるよ」


 と、向こうの美咲の方からは、キャーだのえーだの聞こえてくる。俺の昔の話でそんなに盛り上がるかね? 


「お前はもっと自覚を持ったほうが良いぞ。当時を知ってる俺からすればな」


「うるせ」


 こうして俺達の関係は少し前に進むことになった。友人に戻った? のだ。けっこう恥ずかしかったが。


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