留学生ユリア
翌日、俺はいつもの時間に登校していた。
いつもの茶髪……陽斗の姿を見つけるが今日は少し様子がおかしい。ソワソワしている。
こっちを見つけると、陽斗は近寄ってきて、興奮気味に言った。
「おい聞いたか? 今日から外国から留学生が来るって話!」
「初耳だけど」
「俺もさっき先生がポロッとこぼしてたの聞いたくらいでさぁ。マジかな? 短期留学って話らしいよ」
……急な留学の話。外国人。短期間。これはもしかして……
「ん? どした? なんか思い当たるフシがあるのか?」
いやいや。気の所為だと思いたいなぁって。
そして教室。いつものホームルームの感じではなかった。おそらくみんなどこからか聞きつけて入るのだろう。留学生の話を。いつになくざわついていた。
「え~みんななぜか知ってる話だとは思いますが、今日は皆さんに大切なお知らせがあります。留学生がこのクラスにきま~す。はいじゃあ拍手で迎えてくださ~い」
パチパチパチ……と拍手の音の中、教室のドアが開かれる。そこにはピンクの髪の見たことある美少女が。
「え~こんにちは! アメリカから来ましたユリアって言います! よろしくお願いします! 好きなものはラブコメで日本の作品が好きで日本に留学しに来ました!」
おお~とかキャ~カワイイ! とか色とりどりの声。ユリアはこっちを一瞥するとパチっとウィンクをしてみせた。
明日からってこういうことだったか……まあ学校に通うなら聖地巡礼しやすいんだろうし予想はできてしかるべきだったかもしれない。そのまま席は俺の真後ろにきまった。ここまで全部未来から干渉されているのかと思うと少し怖いが、気にしたら負けだと思ってその思考を振り払う。
「それじゃあ1限は私の地理だったけど、留学生との親睦会ってことで。私は職員室にいるから何かあったら来いよ~」
そう言い残して去っていく教師。おい。
ピシャっと教室のドアが閉められると雪崩を切ったかのようにクラス中の人がユリアの近くに集まってくる。少し居心地が良くない。
みんなから飛び出してくる質問は、好きな食べ物やら好みのタイプやらといった定番のものだ。そこに
「ねぇねぇ。ユリアさんの好きな作品ってなんてやつ?」
そう質問をしたのは美咲だった。
それくらいのことは当然聞かれると思っていたのか自信満々と言ったふうに応えようとしているように見えたのだが、美咲を見てピタリと動きが止まった。何なんだあいつ。
「あれ? なんか変なこと聞いちゃった? ごめんなさい」
「ああああぁあぁのいいえ! 別に変なことじゃないのです! 大丈夫なのです!」
と明らかに態度がおかしい。……あれ? もしかして……いやまさか……。
「私の国の小説でここの学校が舞台のモチーフになったのがあってですね! それを読んでからここに来たくてたまらなかったんですよ!」
平静を装っているが、やはり緊張しているのが隠しきれていない。これはなるほどほぼ確定か?
「え~と高橋美咲さんでしたよねっ! お友達になってくれると嬉しいです!」
「ありがとう! 私のこと知ってくれているの? 嬉しいな」
「ええよく知っています! 事前に教えてもらっていました! すごく頼りになる人だって!」
もしかして俺のヒロインって美咲なのか?
そんな俺の気持ちをよそにクラスのイケてる女子が
「じゃあ今日の放課後みんなで歓迎会やろうよ~」
などと言いだした。
あれよあれよというまに放課後近くのファミレスで集まることに決まっていく。そこで美咲が俺に、
「佐藤くんも来る?」
そう声をかけてきた。
俺はすっかり気が動転していて、
「あ、ああ……」
と、なんだかそっけない返事をしてしまった。
……これでほんとに俺と美咲がラブコメな事態に陥るのか?
そして放課後、クラスの半分位の人数がファミレスに集まっていた。
かんぱ~い、とクラスのお調子者が音頭を取る。
みんなそれぞれ自分の注いだ飲み物を掲げて乾杯をしている。
おれは少し端っこの方に座っていた。陽斗は頑張って輪に混ざっているが、ユリアが人気すぎてなかなかお近づきになれないようだ。
そうやって端っこの方で中の良いクラスメイトと話しているところに、なぜか美咲が近づいてくる。まさか俺になにか用が? それはうぬぼれすぎかと思っていると、美咲は
「佐藤くんユリアさんと知り合いなの? さっきからあの子君のことチラチラ見てたから……」
ここはどう答えるべきか悩んでいるとさらに
「今朝も君の方見てたよ? 気が付かなかった?」
と追撃が入る。ここは観念して
「昨日校門の前で困ってたから声をかけたんだよ。知ってる顔がいたから見ちゃっただけなんじゃないかな」
流石に未来人だの自分を推してるだの家に上げただのは言えなかったが、それで何やら納得してくれたらしい。
「ああ! そういえば昨日校門前で佐藤くんと一緒にいたあの人じゃない! どこかで見た気がしたんだよねぇユリアさんのこと」
やっぱり見られていたか。でもそれだと俺の方をメインで見てたみたいじゃないか?
「とりあえず佐藤くんもユリアちゃんのそば行ってあげてよ。彼女人気すぎるけどちょっと心細そうだし。顔見知りなんでしょ?」
見るとたしかに少し疲れていそうな感じがしたので、そちらに向かう。
「ユリアさん大丈夫? 飲み物の氷すごい溶けちゃって薄くなってそうだけど。新しいの持ってきたほうが良いんじゃない?」
まわりの人たちもそれに気付いたのか、ユリアは一旦開放された。
ついでと思い俺も飲み物のおかわりを取りに行こうとすると
「ありがとうございます。ちょっとみんなの圧に押されちゃって……」
ユリアがこっちにぐったりした感じで近づいてきた。
「別にいいよこれくらい。それより昨日は無事ホテルつけたんだよね?」
「はい! お陰様で迷わずにすみました!」
それは良かった。ちゃんと送ったほうが良かったかと思っていたのだが心配なかったらしい。
ドリンクバーコーナーは混んでいて、少し時間が取れたので、気になっていたことをこの際だから聞いてしまおうと
「俺が主役の小説ってヒロインはもしかして美咲か?」
「ええええぇぇえ! いや言っちゃダメです!?」
それはもう言ってるようなものじゃないか?
「ああああああ! また言っちゃった! バカ! 私のバカ!」
頭を抱えるユリア。その態度でまた確定してしまった。この未来人は口がゆるすぎるのではないだろうか。
「まぁほんとにだめなことなら多分言うことができないんで大丈夫だと思います」
たしかにあのモザイク技術で保護されないってことは大丈夫なのだろう。
しかし美咲が俺の運命の相手ってことか? 昔は一緒に家で遊んでたけどそれも中学の頃までだしなぁ。
「と・に・か・く! 私はなるべく干渉しないよう心がけますので!」
「もう無理なレベルじゃないか?」
「いいんです! もうここからはネタバレなし! でいきますから!」
話しながらドリンクバーをついでいると、美咲がこっちに来た。
「どうしたの? 二人っきりで結構盛り上がってるけど」
「いえいえ! 私は別に……なのでどうぞお二人で……」
とユリアは先に戻ってしまう。
「転校生とそんなにすぐ仲良くなるなんてやっぱすごいじゃん」
と美咲に褒められてしまった。
さっきのことを思い出したのもあり、少し照れながら、
「まぁみんなより早く出会ったからそれじゃないかな?」
と誤魔化してしまった。まさか会話の内容まで話すわけにもいかない。
「ふ~ん。それってみんなよりアイツのこと知ってるぜってやつ? マウントだマウント」
「そんなんじゃないって。それより早く」
戻ろうぜ、と言おうとしたところでガチャン! と美咲の後ろから大きな音が聞こえた。店員がグラスを割ってしまったのがこちらからは見えたが、美咲からは見えない。
大きな音にびっくりしたのか美咲が飛び上がるが、足元は割れたグラスからこっちに流れてきた氷と水で滑りやすくなっていた。
「危ないっ!」
手を伸ばす。美咲の手を掴み、ぐっと引き寄せると俺のほうがすっ転んでしまった。
なんとか美咲は助かったが、なんとも間抜けな事になってしまった。
「あ、ありがとう……」
顔が近いことに気づく。抱きかかえるような形になってしまったようだ。店員が謝りながら近づいてくる。恥ずかしいやら腕の中の美咲の体温を感じるやらでどうにも動けない。
「あれこそ最初のイベントシーン! 中学生ぶりの抱っこ! 良いもの見れました!」
と、遠くからユリアの声が聞こえた気がした。
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