ドリンクアンドバイステンダー
曖昧
ホワイトモカと私
18時半過ぎ。帰宅ラッシュの真っ只中。ホームに並ぶ人々。周りを見渡せば、ほとんどの人々がスマートフォンに夢中で、下を向いている。一種の現代病。
そんな私は人間観察をしている。私の趣味だ。その人が今何をし、何を思っているのかを妄想するのが好きだ。一種の変態。
列の前線にいる私は、そんなことを子供の時から続けている。自分の考えを表に出さず、ただ内で考える。これはこうで、あれはこうで、だからそうなる。頭の中での一人会議。
帰宅時に電車を利用する時、必ず思う事がある。それは電車はかわいそうだということ。人間とは違い、レールの上を走り続けなければならない。自分ではこうしたい、と思っても動けない。それは環境と教えのせいで、例えば、赤ちゃん鬼を戦争や困窮に苦しまない環境で育てたら、果たして凶暴な鬼になるのかと、一緒で、生まれてからの環境で物を言う。電車の場合、生まれてからずっとレールの上だ。天才児を育てたい親は、まず環境をどうにかしたらいいと思う。赤ちゃんなんて、食って、寝るか、興味があるものに走るかの、どれかなのだから。その習性を活かせばなんとだってなりそうだ。
人間に生まれた以上、電車のように、決められたレールの上を走っているだけではダメだ。これは電車のことをディスってるのではなく、人間であるが故に、哺乳類であるが故に、生き物であるが故に、この世に生を受けた人、ものの話だ。私はものにも命はある、と思っている。電車は電車の定めがあり、人間にも何かしらの定めがある。大変だろう。地獄の苦しみがあるかもしれない。それでも生きている。電車も、私も、周りにいる人間もそうだ。
電車がホームに着き、一斉に下車と乗車が始まる。流されるままに乗車。押されに押されぎゅうぎゅうになる。いつも力任せに押してくるやつ誰だよって思う。扉側の席。多種多様な人間が混在する空間。ホーム内とは違い、電車内は換気しているのか、と疑うほどの生温かさと匂い。会社帰りの体臭ムンムンの中年男、某漫画サイトに
出発するベルが鳴り、ドアが閉まる。ドアが開いているとないとでは、電車内の密度が違って感じる。揺れる電車。それと同時に中にいる人間も揺れる。
そんな中、ホワイトモカギャルは、相変わらず、チビチビと一口々々味わう。周りより頭一個分小さく、埋もれている。あたりをキョロキョロしていて、誰かを探しているのか、と思ったが、彼女と焦点が合う人間は見当たらない。小さい手のせいか、手に持っているスマートフォンがやたらと大きく見える。彼女は小さな手で器用に使い、フリック入力をし、LINEを返し、又一口。電車の速度は一定を保ち、進み続ける。吊り革は小刻みに揺れ、それと一緒に人間もゆっくり揺れる。近い光は線をなすかのように、横に伸び、遠くの光はのっぺりとした速度で、窓から見える散見とした光は、私の視界から離れていく。ホワイトモカギャルは、汗かき小太りが見ている電子書籍の漫画を覗き見している。相変わらず、汗かき小太りから発せられる熱が熱い。左右で明確に温度差を感じる。
私は時々思うことがある。彼女が手にしてるブランド性の高いコップは、捨てられたらどうなるのだろうか。これはただ単に、私の妄想癖がひど過ぎるからなのかもしれないが、捨てられているのを想像するだけで、胸が苦しくなってくる。彼女はあのホワイトモカのどこが良くて、どんな気分でこれを買ったのか。彼女は普通のコンビニや自動販売機で売っているようなものより、少し高い某有名海外チェーン店のホワイトモカを買う理由は、なんだったのだろうか。ただ単にあのホワイトモカの味が好きだったからなのか、金銭的に余裕があるからなのか、それとも買ったことに満足しているのか。その残骸としてブランドのロゴが載ったコップは残る。至極当然の話なのに、なぜか頭から離れない。買って、飲んで、捨てる。当たり前なのに。値段のせいなのか。私はコップが捨てられることに対する異常な執着心が一気に芽生えてしまったみたいだ。ジオラマみたいに、ずっとおんなじ事を繰り返してるような気がする。元来、私の考えには、ものにも命は宿ると思っているのが根底にある。多分それが原因で、考えが
電車の速度が遅くなっていくのが、アナウンスと、体感と、周りの人間の揺れでわかった。窓の外から見える点在する光が、視界の端から端まで進む速度も遅くなる。運転手の運転の荒さが、いかにも露呈している運転の仕方。ガクガクと衝撃に近い揺れが、乗っている人間を、あちこちへ誘う。彼女はいまだにホワイトモカをマイペースに飲んでいる。多分、彼女はホワイトモカを飲み終わったら、真っ先にゴミ箱を探すだろう。片手を空のコップで塞ぐのに、無意識なストレスを感じ、かと言って鞄に入れるのも何か気がひける。ごみ箱を見つけたとして、何食わぬ顔で、当たり前のようにコップを捨てるだろう。私はそこで彼女がどういうふうに捨てるのかが見たい。
駅に着いた。ゆっくりと、ゆっくりと停車する。運転手が変わったのか、と疑問を抱くくらい、静かで、丁寧な停車だった。ドアが開くと一気に雪崩が起きたかのように下車する。彼女も一緒の駅で降りた。一斉に階段へと進む人間たち。私も彼女も群衆の一部。でもあの女はその群衆から外れ、誰もいない空いてるスペースへ足が動く。私もそれに釣られ、彼女にバレないよう、周りから怪しまれないようにそっと離れる。看板にもたれかかり、スマートフォンを起動せずに、真っ黒な画面を見つつ、彼女の方に視線を行ったり来たりさせる。正直、真っ暗な画面に映る自分の顔が、キモくてたまらない。彼女は顔を斜め上に上げ、最後のホワイトモカを味わう。コップの狭い飲み口から中身を確認して、ごみ箱へ捨てた。でも彼女のコップを捨てる時の顔は、いかにもそのコップに、飲み物に、作ってくれた人に感謝するかのように、頭を微妙にコクっと下げた。なぜか私はその瞬間を見た時に、胸の真ん中がホワっと暖かくなった。彼女は階段を降りて行き、私はごみ箱を覗く。案の定、コップは周りのごみに囲まれている。でもなぜか惨めには見えない。
「平和だ」
世の中が目まぐるしく変わり続ける今。社会の中での時間の進み方は、本来の時間の進みより早くなっている。行き着く暇もない。その中で、いかに自分の幸せを見つけるか。私はそう思う。ホームになぜか生えている草。草にとって安心して生きていけないはずの地。私はしゃがんで、持っているスマートフォンで一枚撮る。
世の中にいる人間が、必ずしもこの草のように
私は思いっきり肺に酸素を取り込み、一気に吐く。そしてホームとホームの隙間から見える星空を見て、今度は小さく深呼吸をする。暦通りの季節がわりをしない地球。毎朝、天気予報を見て驚愕する。朝晩と昼の気温差は体に応える。肺に入ってくる空気は、肺胞が一個々々が凍りそうだ。ようやく暦通りの気温になってきた。明日も何も変わり映えのない日常。それでも工夫次第で楽しくなれる。明日も、明後日も、これからも、私は人間観察をやめない。それが私にとっての幸せなのだ。
ドリンクアンドバイステンダー 曖昧 @i_my
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