第48話 ヴィオレット

 わたくしはヴィオレット・ユニヴィル。ユニヴィル伯爵家の長女にして、クロヴィス・バルバストル様の婚約者ですわ。


「婚約者……ね……」


 寝室。わたくしはベッドで横になりながら、自嘲するように笑ってしまった。


 死人であるわたくしが婚約者だなんて笑っちゃう。


 王都でお母様とお話した時、わたくしは自分の運命を呪った。


 お母様のお話では、どうやら、一度死ぬと二度と生き返れないらしい。


 嘘だと思いたかった。でも、お母様がわたくしに嘘を吐く必要なんてない。


 それに、あんなに優しかったバルバストルのおじ様とおば様が生き返らないんだ。わたくしだけが生き返れると無邪気に信じることはできなかった。


 たぶん、クロヴィスはわたくしがいつか生き返ることができると信じているのだろうけど……。


 お母様のお話では、クロヴィスはわたくしを生き返らせることを諦めてはいないらしい。


 それがどの程度の決意なのかはわからないけど、クロヴィスが信じているうちは、わたくしも信じてみようと思った。


 信じたかった。


 だって……。


「婚約者失格……」


 わたくしはクロヴィスのことは好きよ。クロヴィスもたぶんわたくしのことを好きだと思う。


 でも、貴族の結婚ってそれだけじゃダメなの。


 わたくしは服の上からお腹を撫でた。


 貴族である以上、個人よりもお家を大事にするのは当然のこと。わたくしにはバルバストル辺境伯家を継ぐ子どもを産むことが求められる。


 でも、死人であるわたくしは、クロヴィスの子を産めない。そんな女が婚約者を名乗るなんて笑っちゃう。


 お母様は、時期が来たらわたくしがクロヴィスの婚約を辞退しなさいと言っていた。


 そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。


 でも、そう思うのはわたくしのわがままなのかな……。


 クロヴィスのことを思えば、わたくしは婚約を辞退した方がいいのかな……。


 クロヴィスはどう思ってるんだろう?


 クロヴィスは、わたくしとの婚約を望んでくれるかな?


 それとも、やっぱりわたくしが辞退することを望んでる?


「はぁ……」


 ダメね。考えが煮詰まってきた。


 わたくしはベッドから起き上がると、寝室を出た。


「ヴィオレットお嬢様? どうなさいました?」


 寝室を出ると、すぐにメイドのアンヌが声をかけてきた。


「眠れないのよ。少し剣の練習をするわ」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」

「ありがとう」


 アンヌの用意してくれた遺跡で見つけた剣、ホワイトファングといつものミスリルソードを手に取る。


 そして、一度両手の剣を振ると、構えを取った。


 ホワイトファングはミスリルソードよりも重いけれど、問題なく振ることができた。


 遺跡でモンスターをたくさん倒したおかげかしら?


「お着換えはなさいますか?」


 下を見ると、かわいらしいネグリジェが目に入った。


 たしかに、ネグリジェで剣を振るのは……。


 でも。


「いいわ。汗なんてかかないもの」


 そう。死人であるわたくしは汗なんてかかない。なら、このままでも問題ない。


「えいっ! はあっ!」


 暗くなった思考を切り替えるように、無心で剣を振るう。


 剣はいいわね。余計なことを考えなくて済むから。


「やあっ!」


 右手に持ったホワイトファングが空間を穿つ。でも、少しだけ狙いとはズレていた。


 クロヴィスは簡単に言ってくれたけど、やっぱり得物を替えるのって面倒ね。たしかにいい武器だけど、この子のクセを掴むのはもう少し時間がかかりそう。


「はっ! えいっ! とりゃっ!」


 剣だけのことを考えながら、わたくしは剣を振り続ける。


 だけど、わたくしの体は熱くなりもしなければ疲れもしなかった。


 わたくしがそれでも剣を振り続ける理由。


 それはクロヴィスを守るため。


 もうこれ以上、誰であろうとクロヴィスから何も奪わせない!


「ヴィオレットお嬢様、そろそろおやすみになられた方がよろしいのでは? あまり夜更かしすると、明日に差支えが――――」

「ないわよ」


 わたくしは、アンヌの言葉を切って捨てる。


 わたくしは死人。クロヴィスの魔力がこの身にある限り万全の状態で動き続ける。差支えなんてない。


「アンヌも知っているでしょう? わたくしはもう死んでいるの。クロヴィスの魔力がこの身にあるうちは眠れないのよ」

「…………申し訳ございません……」


 スイッチみたいにON‐OFFができたらいいのに。そう思う私の前でアンヌが悲しげに顔を伏せた。


「アンヌのせいじゃないわ。だから、そんなに悲しそうな顔をしないで」

「ですが……」


 アンヌはわたくしが小さな頃からお世話になっているメイドだ。今までずっと一緒だった。お母様には内緒のお話だってしたことがあるくらい仲がいい。


 アンヌも子どもを亡くした経験があると言っていた。ちょうど、わたくしと同い年の子だったらしい。だから人一倍わたくしによくしてくれたけど、その分わたくしの死がアンヌを苦しめているのかもしれないわね。


 わたくしが苦しめているのはアンヌだけじゃない。お母様だって泣いていたし、お父様だって悲しそうだった。


 そしてクロヴィスも……。


 わたくしの存在がみんなを苦しめるのなら、わたくしは……。

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