第7話 後見
二人から即答はなかった。即答できる問題ではないのはわかっているつもりだ。私はただ、頭を下げて二人の言葉を待つ。
「頭を上げてくれ、クロヴィスくん」
どれほど時間が経っただろう。ポツリと伯爵の言葉が耳に届いた。
「娘のことは、わかった……。正直、わかりたくない。だが、割り切らねばならないのだろう……」
「お父様……?」
伯爵はヴィオの手を取って、まるで押し頂くように額に当てた。
「クロヴィスくん、キミの怪我やご両親のことを思えば、今回の事件が不可避だったことがわかる。キミに責任はない。自分を責めてはいけないよ。遅くなったが、怪我は大丈夫かな? ご両親のことは本当に残念だった。そんな中でも娘のことを気遣ってくれて、とても嬉しいよ。もしキミさえよければ、私にキミの後見をさせてくれないか?」
「よろしいのですか?」
「辺境伯様には大変お世話になりましたもの。それに、クロヴィスさんのことは実の息子のように思っています。どうぞ、わたくしたちを頼ってください。ね? あなた」
「そうとも、そうとも」
正直な話、ユニヴィル伯爵夫妻の言葉は嬉しかった。私は確かに辺境伯家の嫡子として教育されてきたが、勉強はともかく、領地の経営などまったくわからないのが実情だ。信頼できるユニヴィル伯爵夫妻が後見してくれるなら助かる。
「ありがとうございます……! このご恩は一生忘れません!」
実の娘が死んでしまった直後だというのに、私を罵るのでもなく、後見までしてくれるなんて、本当に頭が上がらない。
「なに、私たちはもう家族だからね。貴族同士の権力争いが激しいこの国で、辺境伯様とは本当に得難い縁を結ばせてもらった。私たちこそ、ご恩返しの機会が巡ってきて嬉しいくらいだよ」
「本当に、ありがとうございます」
私は涙を堪えることもできず、ただ頭を下げ続けることしかできなかった。
◇
「伯父上、お久しぶりです」
「久しいな、クロヴィス。今回のこと、聞いているよ。本当に残念なことだ。気を落とすんじゃないぞ」
「はい、ありがとうございます」
伯父が私の肩を叩いて慰める。
ユニヴィル伯爵夫妻がいらっしゃった翌日から、屋敷は千客万来だった。伯父をはじめとした親族が、両親の葬儀のために集まったのだ。おそらく、もう少しすれば、父上の派閥に属する貴族たちも葬儀に参列するために集まるだろう。バルバストルの屋敷は目の回るような忙しさだ。
ユニヴィル伯爵夫妻は手伝うとおっしゃってくれたが、私は自分でこの場を進めたかった。爺も協力してくれるし、たぶん大丈夫だろう。なので、ユニヴィル伯爵夫妻には忙しい本館から離れへと移ってもらった。ヴィオもユニヴィル伯爵夫妻と一緒だ。久しぶりの親子水入らずの時を楽しんでもらえるといい。
「伯父上、親族の方々はもう集まっています。親族で話し合いを持ちたいようですが、いかがなさいますか?」
「うむ。出席しよう」
「では、お部屋にご案内した後、会議室にご案内するように手配いたします」
「うむ」
伯父が上機嫌にメイドに案内されているのを見ながら、私は肩を払う。
親族での話し合いなどと言葉を濁しているが、実際は次の辺境伯を誰にするか決める会議だろう。私を引きずり落とし、自分が辺境伯になろうという奴がいるはずだ。おそらく、会議とは名ばかりの醜い争いになるだろう。
普段の私ならば、ユニヴィル伯爵を頼ったかもしれない。伯爵もこういう事態を予見して私の後見になるとおっしゃってくれたはずだ。
だが、私としてはここはユニヴィル伯爵に頼らずに解決と復讐がしたい。
そのためのカードを私は既に持っている。
「私も行くとするか……」
私は戦場に赴くような気持ちで会議室を目指すのだった。
◇
十人ほどの人間が集まったバルバストル屋敷の会議室。みんな仕立てのいい服を着ていることからわかる通り、権力者の集まりだ。
そして、ここに集まった者たちにはもう一つ共通点がある。
それが、バルバストルの血を引く者たちだということだ。
バルバストル辺境伯領は広大だ。いくら父上の権勢が強くても、隅々まで見て回るのは不可能。
そこでバルバストル辺境伯家は、代々親族を町の統治者として配し、その上に辺境伯として君臨する形で政をおこなってきた。
言い換えれば、ここにいる誰もがバルバストル辺境伯家に連なる者たちであり、血の濃さに差はあれど、辺境伯の座を戴くのに不足はない者たちなのである。
通常は、もちろん辺境伯の実子である私が爵位を継ぐ。
だが、それは何事もなければの話。今の私はただの死にぞこないの欠陥品だ。
しかも、まだ十歳の子どもだ。私のことなど、誰も辺境伯に相応しいとは言ってくれないだろう。
辛い時間になりそうだな……。
「皆さん、揃っていますね? 不肖ながら、この場は私、クロヴィスが進行役をさせていただきます」
親族会議の幕が今、切って落とされた。
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