第6話 ユニヴィル伯爵夫妻
三日後。
私は常になく緊張していた。
もうすぐ、ヴィオの両親であるユニヴィル伯爵夫妻が屋敷にやって来るのだ。
あと二日はかかるだろうと思っていたのだが、それだけ二人にとってヴィオの存在は大きいのだろう。夫妻がヴィオをよくかわいがっていることは私も知っている。だからこそ、今回の話し合いは胃がキリキリして吐いてしまいそうなほどだ。
「坊ちゃま、ユニヴィル伯爵が到着いたしました」
「ありがとう、爺」
ついにいらっしゃったか……。
私の隣で立っているヴィオが嬉しそうにしている。ヴィオにとっては久しぶりに両親に会えるからね。
でも、私にとってはもう胃が潰れちゃいそうだよ。
視線の先、玄関の扉がついに開かれた。現れたのは、旅装束に身を包んだ四十台くらいの一組の男女だ。その後ろには、使用人がずらりと並んでいる。
「急にお呼びたてして申し訳ありません。ようこそ我が屋敷へ、ユニヴィル伯爵。奥様もご無沙汰しております。お部屋を用意しているので、まずはそちらへ」
「久しいね、クロヴィスくん。今回は大変なことになったね。部屋を用意してくれたのはありがたいが、よければ早くお話がしたい。我が無作法を許してくれるかな?」
普通は部屋で旅の疲れを取り、着替えてから話すものだけど、伯爵たちは少しでも早く現状を確認したいみたいだ。
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
ヴィオをエスコートして伯爵夫妻を応接間に案内する。両親に会えて嬉しいのか、ヴィオからはうずうずした気配を感じた。
「もうちょっとだよ、待っててね」
「ええ」
本当なら両親と早く話したいだろうに、ヴィオが頷く。まったく、親子の再会だというのに。時々、貴族って礼儀作法が面倒で嫌になるよ。
「それで、さっそくだけどヴィオの体は今どうなっているんだい? クロヴィスくんの手紙では亡くなったと書いてあったが、私にはピンピンしているように見える。無事だったのかな?」
応接間のソファーに座った途端、ユニヴィル伯爵がお茶の準備も待たずに尋ねてきた。その隣では、ユニヴィル伯爵夫人が心配そうな顔をしてヴィオと私を見ていた。
ついにこの時が来たか……。
「お父様、わたくし――――」
「ヴィオ、ここは私が言うよ」
ヴィオの言葉を遮り、私は口を開く。
「お手紙の通りです、伯爵。大切なお嬢様を預けてくださったのに、私は婚約者の務めを果たすことができませんでした。申し訳ございません」
私は二人に真摯に頭を下げる。
「……頭を上げてくれ、クロヴィスくん。それではお話ができないよ。何が起こっているのかわからない私たちに説明してくれないかな? 娘がどうなったのかを」
「はい……」
私は下げ足りないと思う頭を上げることにした。ここで頭を下げ続けても困らせてしまうだけだ。
「ヴィオ、二人の元に行ってくれないか?」
「ええ」
ヴィオは私の横の席から立ち上がると、ユニヴィル伯爵夫妻の元へと歩いて行く。
「久しぶりね、ヴィオ。ちょっと顔色が悪いかしら。……え?」
夫人がヴィオの頬を触った直後、目を見開いて信じられないものを見るような顔でヴィオを見た。
その異様な光景に、伯爵が夫人に声をかける。
「どうしたんだい?」
「あ、あなた、ヴィオが、ヴィオが……!」
「ごめんなさい、お父様、お母様。わたくし、死んでしまったの」
「な、なにをバカなことを……。ヴィオはこんなに元気じゃないか。たしかに顔色は少し悪いが、こんなのちょっと寝ていればすぐに――――」
頭を横に振ってヴィオの言葉を否定する伯爵。だが、彼の妻が決定的なことを口にしてしまう。
「あなた、ヴィオが冷たいのよ! それに、脈がないの!」
「はあっ!? ごめんよ、ヴィオ。少しだけ確認させてくれ」
そう言って慌てた様子でヴィオの腕を手に取る伯爵。
数瞬後、彼は目を見開いて固まってしまった。
「申し訳ありません。確認していただいてからの方がお話が早いかと思いましたので……。確かめていただいた通り、ヴィオレットは死んでいます。今、ヴィオレットが動いているのは、私のギフト【ネクロマンス】による力です……」
「そんな……」
「ああ、ヴィオ……!」
伯爵は打ちひしがれ、夫人はヴィオの体を強く抱きしめる。
この二人に追い打ちをかけるようなことをしたくないが、言わなければならない。
「今、ヴィオの魂を体に結び付けているのは私の魔力です。ヴィオは私が魔力を注がない限り、動くことができません。そこでお二人にはお願いがあります」
私はできる限り深く頭を下げた。
「ヴィオを私にください。私は、生きている限りヴィオに魔力を捧げ、彼女に少しでも失ってしまった時間を取り戻してほしいのです。そのためにも、ヴィオに近くにいてほしいのです。私はヴィオを守れなかった。そんな私が言っても何の説得力がないのはわかっています。ですが、もう一度だけ私にヴィオを託してくれませんか?」
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