第2話「ルシア」
「あなたのお兄ちゃん、かっこいい」
ルシアが初めて話しかけて来た時の言葉だ。いじめられていた小動物を話し合いで助けたのだ。ユハルが。
当時は失望した。よく覚えている。今でも兄に剣を求めてしまう。まして5年前は、私が天才剣姫と持て囃された頃だからなおさらだ。
伯父が急逝する頃、私達は市井で生活していた。王族の揉め事は今は置いておく。
神官の娘で、剣に疎かったルシア。本とにらめっこのユハル。2人が親しくなるのは、自然な事だったのだろう。彼女とは兄を通じて親交を深めた。
ある日、街外れの古いお社の近くで、2人は剣舞奉納について話をしていた。星影さやかな夜。虫の音がひんやりとした空気に心地よかった。
「アララタ河の剣舞は一番きれいな人が踊るんだね」
「そう。あの朱い袖はイスファの女の名誉」
「ルシアも踊りたいの?願い事でもあるの?」
「ある!私と結婚して下さい」
挙手するルシア。頬が紅潮していた。照れ笑いのユハル。私は絶句していたのだが。ともあれ、この日が彼女の剣舞の道の始まりとなった。
この年の秋だ。赦されて、私達は王宮に戻る事となった。余程の事がない限り、親しく言葉を交わす事が出来なくなった。ルシアは泣きじゃくった。
「あの干ばつも助けてくれたんだもの。どんな願いだって叶えてくれるよね」
なぜ彼女がこんな事を言ったのか、あの時の私には全く分からなかった。助けたというのは龍神が前年の日照りに雨を降らした事なのだろう。龍の剣舞を舞う者は、願いが叶うと伝えられている。
思い至ったのはつい最近だ。ルシアは私達2人との立場の違いを気にしていたのだ。そう、つい先日ユハルが私を他人行儀に姫呼ばわりした出来事。私は号泣してしまった。
恐らくルシアは周囲の人間に、私達と親しくするなと言い含められた筈なのだ。
「アララタの神様に乗って会いに行くね」
城門までただ一人見送ってくれたルシア。 彼女と交わした別れの言葉だ。唯一無二の友人である。
夕焼けにうろこ雲。去り際に落ち葉がふわりと舞っていた。
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