第3話「兄と妹」

 自室の鏡台の椅子に座り自分の顔を見据える。充血した瞳。高くも低くもない鼻。スカーフを外せば黒い髪が肩にかかる。ランプの灯りで照らされた私は少しも美しくない。口に紅を差そうとして止めた。目を閉じて、兄の表情かおを反芻する。


 浜辺で一頻り泣きはらした私を、兄が見つめていた。澄んだ碧い目がこの世界の哀しみを物語っていた。吸い込まれそうになるのを堪えて私は口を開く。


「約束して下さい。2人きりの場面で姫殿下と呼ばないと」


「お前のことだけが心配だ。分かって欲しい」


「世界一の女王になります。けれど傍を離れないで下さい」


 精一杯の強がり。懇願しなければ兄は別世界の住人になると思ったのだ。兄は一瞬目を丸くすると優しく微笑んだ。


「大丈夫だ。臣下になっても俺はお前の兄貴だよ」


 いつものユハルだった。


 再び鏡の自分を見つめる。やっぱり綺麗じゃない。くすんだとび色の眼。充血はまだ消えない。鼻はもう少し高いほうが良かった。髪はまあ合格点かなと言った所。

 

 だというのに、ユハルは透き通った碧い目と私よりちょっと高い鼻をしている。今まで剣のことしか考えて来なかった自分を恥じる。


 ふと、ここで思考が止まる。おかしい。何故、私は自分の外見など気にしているのだろうか。女王たるもの、才色兼備であるべき?だが男のユハルと比べるのは少し違う。


 まさか兄を男として好きになってしまったとか?あってはならない!


 時計の針の数だけ考えが廻った後、ふと思った。


 なぜ、兄だけ最初から白髪はくはつなのだろうと。


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