ユハルストーリー~イスファの国の物語~

きゃっとらばー@ユハルストーリー🧙‍♂️

序章「ユハルとアリシャ」

第1話「宰相補佐ユハル・イスファ」

 史上初の平民宰相ジェイルの下で奮闘する宰相補佐の兄ユハル・イスファ。妹である私アリシャ・イスファは本当に不満だ。剣才に恵まれない哀れな人。だから文官の道を選んだと思っていた。

 まぁ、才覚がないとは言え、他の王族・国民に遅れを取る様な彼ではない。御前試合の決勝はいつも私が彼を叩きのめして終わり。本当に頭に来る。

 

 ある麗かな春の日の午後の事。政務室の片隅から会話が漏れて来る。盗み聞きは良くない。確かに。だがいずれ政策は王族の決裁を受ける。どうせアララタ河の治水か何かだろう。軽い気持ちで鍵穴を覗いた。


「ユハル王子。なぜあの剣をアリシャ様に使わないのです?いくら家族とて御前試合で手加減は厳禁の筈ですぞ」


 宰相ジェイルは自身より二周りは年下の兄を詰問する。ユハルは質素な机と椅子と法典しかない狭い執務室で静かに答えた。


「搦め手を使い、相手を追い詰める邪道な剣はイスファの剣ではありません。ジェイル様。それはイスファの魂を傷つける。誇り高き我らの剣への冒涜。何より、アリシャを、妹を傷つける。そんな卑怯な剣は不要です。厳粛な御前試合に相応しくない。それよりも例の治水事業を粛々と進めましょう。このままでは本当に田畠が駄目になってしまいます」


 兄が、ユハルが、私には決して見せた事のない顔をしていた。慈しみが人間の表情に縁どられたいつもの顔がそこにはなかった。


『剣さえ強ければ立派な男性ひと。自慢の兄なのに』


 何度、私がそう思った事か。何故なら、ユハルは神話の剣士「初代イスファ」にそっくりなのだから。私だけではない。自ずと周囲が期待してしまう。身勝手な事は百も承知。

  

 けれど丁度一年前の春の日、ユハルはあっさりと言い切ったのだ。


「俺はジェイル様の下で文官の道を選ぶよ」と。


 私は頭を金槌で殴られた。そんな気がした。


『なんで簡単に剣を捨てられるの』


 だって「イスファ」は剣士の国。王家は常に「最強の剣士」たる事が必須。呪縛の様な宿命。兄ユハルは未練などないかのように「剣」を捨て「文」を選んだ。


 その割り切り方が衝撃だったのだ。

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