冤罪で死刑になった俺は異世界転生してチートなスローライフを送る

田中又雄

第1話 死刑と転生

【足屋一家10人殺害事件】


 2018年12月に起きたこの殺人事件は日本中を震撼させた大事件だった。


 足屋一家は大家族としてテレビにも出たことがあり、知名度はそこそこ高かった。

 そのことも相まって、世間の注目度はかなり高く連日テレビでも放送された。


 それに合わせて、当然注目されたのは犯人が誰かということだった。


 被害者宅はかなり荒らされており、どうやら顔見知りの犯行ではなく、見ず知らずの通り魔的なものが予想された。

 ネットで憶測が飛び交う中、その事件場所の近くに住んでいた俺のアパートにも警察がやってきた。


 てっきり、何か異変があったかの聞き込みかと思ったのだが、ゾロゾロと10人近くの警官が俺にこう言った。


「事情聴取したいのですが、署までご同行いただけますか?」


 それは疑いの眼差しレベルではなく、明らかに犯人を見る目をしていた。


「...え?いや、俺...何もしてないですよ?」

「それなら身の潔白のために協力をお願いします」


 今思えば、この時にちゃんと話をした上で、一旦引き取ってもらって...逃げてしまえばよかった。


 しかし、そんな後悔はなんの意味がなかった。


 それから何日間も何十日間も続いた、取り調べという名の脅迫と恐喝。


「やったんだろ?わかってんだよ」

「いや、俺は...」

「あ?もうみんな分かってんだよ。あとはお前が認めるだけなんだよ。分かる?」

「い、いや、俺は本当に...」

「お前がやったんだろが!あぁ!」

「...俺は」


 日に日に強まる言葉に、メンタルはどんどん壊れていき、その日の記憶も曖昧になっていき、本当に俺がやったのではないかと思うほどになっていった。


「分かった。今認めたら死刑だけは免れるようにしてやる」

「...本当にやってないんです」

「あのなぁ、こんな証拠が集まってんだよ。あとは、お前が死刑になるか、精神的な問題があったとして、そういう病院に送るかの二択なんだよ。分かるか?」

「...でも」


 今ここで認めれば死刑や終身刑は免れる。

俺が精神鑑定結果をいじってやるから。


 そうして、数ヶ月後、ここから抜け出したくて警察の口車に乗って、やってもいない罪を自白した。


 そうなるはずだったのに...。


「...被告人を死刑に処す」


 あっさりと死刑の流れで進んで行く。

それでも最終的には死刑は免れるはずだったのに...。


 傍聴席にいた俺を取調べした刑事はその判決を聞いた瞬間、口角を上げて、口パクでこう言った。


『死刑を避けられるわけないだろ。バーカ』


 通常ではあり得ないのだが、傍聴席の人たちが立ち上がり、俺に罵詈雑言をぶつける。


「死ね!殺人鬼!お前みたいな人間が生きているだけで腹が立つんだよ!」

「なんで生まれてきたの?家族もろとも全員死ねばいいのに!」

「お前が死んでも誰も悲しまねーんだよ!」


 その心のない言葉に涙も出なかった。

心がなくなっていたのは俺の方だったのかもしれない。


 それから無罪を主張するものの、2審3審も判定は変わらず、精神鑑定も問題なしと認められ、『何となく』という理由で一家10人を殺したバケモノは世間の声に後押しされる形で無事、2024年12月18日に死刑を実行されることになった。


 何だよ、この人生。

俺の人生って一体なんのためにあって、なんのために頑張って生きてきたんだよ。


 ふざけるな...なんで俺が...。

本当の犯人がどこかにいるのに...。

俺は、俺は!


 麻袋のようなものを被せられて、指示された場所まで歩く。


 後は、誰かがボタンを押せばそれで終わりである。


 その後のことはあまり覚えていない。

次に気づくと、俺は天国のような場所にいた。


 真っ白な世界で男性とも女性とも言えなく若くも老けてもいない人が高そうな椅子に頬杖をつきながら、書類的なものを見ながら座っていた。


「...ここは」と、俺が声を出すと「起きたか。不憫な人間よ」と言われる。


「...不憫」


 確かに、不幸で不憫で不運で不当な人生だった。


「性格は優しく温厚で周りの人間からの信頼も厚く、ボランティアや慈善事業にも積極的に参加。それが突然の冤罪からの死刑。...流石の私もこれだけ不憫な人間には出会ったことがない。そこで...私から一つ提案がある。もし、お主が望むのであれば、チート能力持ちで異世界転生することを許可しようと思うのだが、どうかな?」


 ...異世界転生。

まさか、神らしき存在からそんなことを言われる日が来るとは。


「...いや、僕にはもう生きる気力がありません」

「まぁ、そういうな。確かにこの経歴ならこのまま天国に行くことも可能だが、天国は案外退屈な場所だぞ。嫌なことは一切ない世界。しかし、幸運や幸せも続けばただの退屈に過ぎない。不幸があるからこそ幸運は際立つものだ。幸せしかない世界が幸せかどうかは別ということだな。そういう点で言えば、異世界転生はいいぞ。不幸も不満も不公平もあるが、それをどうにかする力をお主に与える。魅力的だとは思わんか?神になれるようなものだぞ」


「...神」


 散々崇めて救いを求めた存在になれるということか。

いや、なりたくはないが、もし人生をやり直せるなら理不尽に対抗できる手段を持って、ゆっくりスローライフが送りたい。


 そうだ。やり直そう。俺の人生をもう一度。


「...お願いします。異世界転生させてください」

「よかろう。それではの」


 こうして、俺の異世界転生が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

次の更新予定

毎日 00:15 予定は変更される可能性があります

冤罪で死刑になった俺は異世界転生してチートなスローライフを送る 田中又雄 @tanakamatao01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ