第2話 少女再び
俺の名前はネクロス。暗黒界を統べる絶対的な魔王だ。ん? 前回も聞いただと? たわけ! 俺にもう一度自己紹介させろ!
さて。今日もコンビニバイトへ出勤し、一生懸命働いている。小太りの親父がミルクフランスパンを持ってきたので、俺はレジで接客している。
「よく来たな。何の力も持たぬ愚民よ、この商品を選ぶとは甘いものが好きらしい。見かけによらず欲求不満なのだな」
「はい……?」
俺は小太り親父に対して、前に突き出す。
「分かっているぞ。この苦しい社会で、ストレスが溜まるだろう。欲求不満な上に、女房から尻を敷かれていると見る。だが、もう安心しろ。このミルクフランスパンを食べることで、甘さにより疲れや悩みも吹き飛んで――」
「あの私……独身なのですが」
さらっと口にする小太り親父。俺は絶句し、固まってしまう。奴が可哀想に見えたのか思わず、スキャナーでパンのバーコードを通した。
「お会計……135円だ」
そっとミルクフランスパンを差し出す俺。そして、小太り親父は涙目になりながら叫ぶ。
「うおおおお! 独身だからって、小太り中年だからって馬鹿にするな! 私だって、若い頃は青春してたんだ! うわああああん!」
小銭を出して、強引にミルクフランスパンを取る。小太り親父はそのまま、コンビニから飛び出していった。俺は思わず手を伸ばすと、その姿は既に遠くなっていた。
「……ははは! また来るのを待っているぞ!」
開き直って高笑いすると、隣のレジにいた店員がこちらをジト目で見てくる。そう、この俺より先輩で大学生でもある彼女の名は――。
「もー、ネクロさん! あのお客さん可哀想でしたよ! 相変わらず、上から目線の接客術なんですから」
頬を膨らませている女、
「高菜よ。お前も、この俺の接客術を見習え。人の心に寄り添って接客をする。それが、仕事というものだ」
「あなたさっき、気まずそうにしてましたけど!?」
高菜のツッコミに、俺は困り顔をする。
「それはその……あれだ。小太り親父に情でも移ったんだ」
「はあ……レジに慣れてきたのもいいですけど、問題の接客も直してくださいね。ネクロさん、この前も店長に注意されてたじゃないですか」
高菜がため息をつくと、俺は両腕を組む。
「この俺に注意するなど片原痛い。あまり調子に乗っていたから、ついでに脅迫してやった」
「ついでどころじゃないでしょ!? 何をしてるんですか!」
あれは、2日前のこと。俺の接客術に問題あるのか、店長が注意してきたので腹いせに恐怖の幻覚を見せてやった。ただそれだけの事だ。その内容は詳しく言えない。ホラーになるからな。
「良いではないか。いずれ、俺は全国のコンビニ経営を支配する男だ。俺がオーナーになれば、いつか誰も口出しできまい」
「なんかもう、ツッコミ切れませんよ……あれ?」
高菜がコンビニの入口を見ている。
「どうした?」
「見てください、ネクロさん。あの子、可愛いですね!」
小声でこちらの耳に囁く高菜。俺も同じ方向を見ると、心臓がドキリと跳ねた。
あれは、あの時にボルチキを買いに来た、あやかだ。弟のために商品を買いに来た美少女。俺はその可愛さに見とれてしまう。
「……ああ。そうだな」
冷静を装って返事する俺。って、待て待て! なんであの子がまた来ている!? 言っておくが、ロリコンではない! しかし、様子がおかしいな。あやかは少し、元気のない様子だった。
あやかは俯いた顔で、こちらのレジへと歩いてくる。しばらく黙っていたが、あやかは呟いた。
「……こんにちは、お兄ちゃん」
一体、何があったのだろうか。俺は彼女に挨拶しようと返事する。
「よく来たな、少女よ。なにやら元気ないようだが、どうした?」
「えっ? あやか、そんなに元気なかった?」
あやかは自覚しておらず、俺に驚いた顔を見せる。
「ふん。まるで、食べ物も喉に入らないというような顔だ」
「なんですかその例え」
高菜がボソッと言うと、あやかは顔をようやく上げた。
「お母さん、病気で入院してるの前に言ったよね? それで……お母さん、急に体調が悪くなったの」
眉をピクリと動かして話を聞く俺。
「それで?」
「もうすぐ退院できると思ったのに、お母さんが昨日、目を覚まさなくなって……お医者さんは意識不明で眠ってるだけって言ったけど。おかしいの」
「何がおかしいんだ?」
あやかは肩にかけていたポシェットを握りしめながら、
「だって、今までこんなことなかったんだよ? それなのに、まるで悪魔に呪われてるように……」
悪魔……か。俺はその単語に嫌というほど聞き覚えがある。俺は魔王だ。この少女の心を癒やすわけではないが、少しは元気を出させてやるか。軽く微笑みながら、ショーケースに入っているボルチキに視線を移す。
「おい」
「どうしたの?」
あやかがキョトンとしていると、ショーケースからボルチキを取り出す。
「この前みたいに、ボルチキを買いに来たんだろう。これでも買って、弟と二人で食べろ」
ボルチキ二つをレジのテーブルに置く。すると、あやかは先ほどまでと違い、明るい表情へと変わっていく。
「わあ、ありがとう……!」
「ふっ、お会計――四百二十円だ。安くはしないからな」
「大丈夫だよ! ありがとう、お兄ちゃん!」
あやかの満面な笑み。その明るさが、俺の心を鷲掴みにした。照れ隠しのため、思わず小銭を受け取る右手を差し出す。
「は、早くするがいい」
ポシェットから、豚の財布を取り出す。あやかは小銭を数えると、こちらの手に小銭を置いた。お金はピッタリ。俺はレジの機械に入れた。
「えへへ。今日もボルチキを買えてよかった!」
ボルチキをレジ袋に入れて、あやかに手渡す。そのあどけなさに、俺は素直になりそうだった。
「……母親、良くなるといいな」
俺がそう言うと、あやかは強く頷いた。
「ありがとう! お兄ちゃん。また来るね!」
あやかは店内を走り、コンビニから出ていく。その姿を見送ると、隣で見ていた高菜がニヤニヤしている。
「お前は何をニヤニヤしているのだ?」
「いえ。ネクロさんにも、優しいところあるんだなーって。そう思っただけですよ? それにしても、あの子のお母さん……目覚めるといいですよね」
急に意識不明になるということは……俺はどうしてもある事が気がかりになっていた。仕事が終われば、行ってみるか。
「あの子の後をつけるか……」
「え!? ネクロさん、ついにロリコン犯罪者になったんですか!?」
「は!? ち、ちげーし! 冗談だ、冗談!」
なんとか言い訳すると、小さく息を吐いた俺。もしや人間界に潜んでいるアレが、あやかの母親に何かしたのだろうか。
俺はこの後、暗黒界の魔王である俺の右腕……ヴァンゼルに話を聞こうと決心するのだった。
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