箱庭の純愛

ひなの。

第1話



 全く、社内恋愛ほど面倒臭いものはない。

 断言出来る。



 もちろん、2人の仲が上手く行ってる時は良い。



 でも、喧嘩なんてしようものなら最悪だ。



 別れたりしようものなら、もっと最悪だ。



 どんだけイヤでも社内で顔を合わせなきゃならない。



 恋人と別れたところで、日々の日常は何も変わらないのだから。



 ……ね。



【俺は別れるつもりなんてないからな】



 本当に面倒臭い。



「―――どしたの朝から憂鬱そうな溜め息ついて」



 ボンヤリとスマホを眺めてたら、隣に座ったリサちゃんが声を掛けて来た。



 リサちゃんは同期で入社した2人の内の1人。

 社内恋愛禁止の職場ではないため、私と彼……いや元カレの関係はもちろんリサちゃんも知っている。



「う……ん、ちょっとね」


「何?何かあった?」


「…………」


「何、どうしたの」


「…………」


「え、もしかして……課長?」



 スマホのホーム画面を見つめたまま何も言わない私に、ちょっとだけ声をひそめたリサちゃんがキャスターチェアーごと身体を寄せて来る。



 私は曖昧に笑いながらスマホをデスクの中にしまった。



「えーでも、ミカちゃんと課長って別れたんだよね?」



 その表情を肯定ととらえたのか、リサちゃんが尚も突っ込んで来る。



「う……ん、まぁね」


「なのに何で?何でそんな憂鬱そうなの」


「…………」


「振られたワケじゃなくて振った側なのに」


「………うん」



 そう。



 私と課長―――藤宮拓也とは、約2週間ほど前に別れた……はずだった。



 少なくても私はそう思ってた。



 でも―――。



「っていうかさーホント勿体ないよね。あんな顔も条件も性格も良い男性ってちょっといないよ?」


「…………」



 そうね。

 私もそう思ってた。



「あたしがミカちゃんなら絶対くっついて離れないけどなぁ」


「…………」



 そうね。

 私だってそのつもりだった。



「社内1の出世頭だし将来安泰確実だし。振られるならまだしも、振っちゃうなんてさぁ」


「…………」



 私だって信じられない。



 地味で何の取り柄もない私が、あんな素敵な人を振る事になるなんて。



 ほーんと勿体ないわ~なんて言いながら、自分のデスクへと戻って行ったリサちゃんは「あー早くあたしも彼氏見つけなきゃ。もう25だしねーのんびりなんてしてらんない」と、PCの電源を入れる。



 チラリと目を遣った課長の席は空席。



 今日、彼は出張だから顔を合わせなくて済む。



 私はもう一度小さく溜め息を吐くと、マウスを握りしめた。



 私と拓也さんとの出会いは2年前。



 中途採用されたこの職場だった。



 その時一緒に採用されたのが、リサちゃんとカスミちゃん。



 同じフロアの中で誰よりも輝いてた拓也さんに、私たち3人は色めき立った。



 派手な見た目でお化粧の上手なリサちゃんに、リサちゃんほど目立たないにしろ、綺麗で清楚系なカスミちゃん。



 反面、地味でお化粧すらまともに出来ないダメダメな私。



 学生時代からイジメられがちで、もちろん彼氏がいた事なんて一度もない。



 キラキラと綺麗な2人とは世界が違いすぎて、絶対仲良くなんてなれないと思ってた。



 実際、2人が私を「ミカちゃん」と親しげに呼んでくれるようになるまでには1年近く掛かったと思う。



 そして、丁度その頃だった。



 私と拓也さんが付き合う事になったのは。



 同期の2人と会社を出てすぐ別れ、1人になった時だった。



 何故か目の前に課長が……拓也さんが立っていた。



 どうしてここにと首を傾げる私に、少しだけ顔を赤らめた課長は【俺と付き合ってくれませんか?】と、いつものように穏やかな口調で、仕事中には絶対に見せないだろうはにかんだ笑顔を浮かべた。



 ………信じられなかった。



 同期の3人で課長の素敵さについて盛り上がってたのは確かだったけど、もしも選ばれる事があるなら絶対に私以外だと思ってた。



 あんなにも綺麗な同期2人に、お情けで仲良くして貰ってるような私なんて、絶対に選ばれるはずがなかった。



 後に拓也さんには聞いた事がある。



「どうして私だったの?」と。



【真面目にコツコツと仕事を頑張る姿に惚れたんだよ】と、彼は答えた。



 真面目だけが取り柄の私は、真面目に生きて来て本当に良かったと思ったっけ。



 同期の2人には、拓也さんとの事を報告しようかどうしようか少しだけ迷った。



 でも隠して付き合って、バレた時がもの凄く気まずい。



 そう考えた私は、昼休みの食堂で2人に報告する事にした。



 あの時の2人の心底驚いた表情は今でも忘れられない。



 少しの間固まってた2人だけど、すぐにリサちゃんは「良かったじゃん!おめでとう!」って言ってくれた。



 課長に憧れてたのは確かだったんだろうけど、その反面「社内恋愛なんて絶対ヤダ」が口癖なのもリサちゃんだった。

 別れた時が面倒だかららしい。



 今となってはリサちゃんのその気持ちがとても良くわかるけど。



 でもカスミちゃんは……カスミちゃんはちょっと違った。



 驚いた表情の後、一瞬。



 ほんの一瞬だけど、憎々し気にその顔が歪んだのを私は見逃さなかった。



 明らかに「何でコイツが選ばれるの」って思ってる顔だった。



 その気持ちが痛いほどわかった私は、ただただ申し訳なく思うしかなかった。



 もちろん、そこから陰湿なイジメが始まる事もなく。



 引きつってはいるものの、すぐに笑顔になったカスミちゃんは「良かったね」と言ってくれた。



 その後も変わらず、3人で仲良しだ。



 ―――だから、悩む。



 私と拓也さんが別れる事になった原因。



 それを2人に話して良いものなのかどうなのか。



 別れた事は伝えたものの、その原因を私は誰にも話してない。



 やっぱり言わない方が良いんだろうか。



 それとも事実を伝えるべきなんだろうか。



 でも、きっと信じて貰えない。



 だってそれはきっと、誰もが信じ難い内容だろうから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る