雨に散る恋の傷、星影沈みて縁を嘆く
青井朔
第一章「彼岸の出会い」
「迷い道で出会った微かな予感」
「気をつけて行くのよ、太白。」母の声は優しくもどこか心配そうに、家の玄関先で響いていた。
「うん、行ってきます。」僕は小声で返事をし、振り返ることなくリュックを背負い、前の道へと歩き出した。
母は僕の背中を見送りながら、心の中でふと小さな不安を抱く。「この子、小さい頃からずっと内向的だったし……高校が始まってもうしばらく経つけど、同級生とうまくやれてるのかしら。」
今日は新学期が始まってから三週目の朝。太陽はまだ眩しくなく、微かな風が街路樹の葉をさらさらと揺らしている。僕は少しずつ高校生活に慣れてきていて、毎朝30分の徒歩通学も日課になりつつあった。自転車を使えば早いけど、この街の静けさを散歩しながら楽しむ方が僕は好きだった。
「はぁ……昨日、予習に夢中になって夜中の一時まで起きてたから、まだ寝不足だ。」腕時計をちらりと確認し、まだ時間に余裕があることを確かめながら心の中で呟く。「ゆっくり歩いて行こうかな。」
いつもの通学路を進みながら、今日はふとした気まぐれで一度も通ったことのない小道を試してみようと思った。この辺りの道は何度も通り慣れているけど、新しいルートを選ぶことで少しだけ新鮮な気分になれることもある。
歩き進めるうちに、周囲の景色がだんだんと見慣れないものへと変わっていった。目の前には古びた小さなカフェが現れる。看板の文字は色褪せており、「雨の日割引」と書かれている。汚れたガラス窓越しに中を覗くと、同じ学校の制服を着た女の子がコーヒーを手にしているのがうっすらと見えた。
「同じ学校の生徒かな?」そんなことが頭をよぎるが、すぐに今日の天気予報を思い出した——確か、今日は雨が降る可能性が高いと言っていた。もし急がなければ、びしょ濡れになるのは目に見えている。
そのまま先に進もうとした矢先、背後から急ぎ足の足音が聞こえてきた。振り返ると、同じ制服を着た女の子が小走りでこちらに近づいてきている。顔には少し焦りが浮かんでいるようだった。
「すみません!道を聞いてもいいですか?」彼女は息を切らしながら僕の前で立ち止まり、少し下を向いて呼吸を整えた後、申し訳なさそうな笑顔を見せた。
僕は一瞬固まった。彼女の顔にはどこか見覚えがあった。たぶん同じクラスの生徒だと思うけれど、その印象はただのクラスメイトという以上にぼんやりとしていた。気を取り直し、僕はすぐに頷き返して答えた。「うん、迷ったの?」
彼女は笑顔で小さく頷き、スマホを取り出した。画面には地図が表示されている。「はい……本当はここに行きたかったんですけど。」彼女は位置を指しながら、少し困ったように言った。「歩いているうちに、気づいたら道に迷ってしまって……」
画面を見ると、彼女が行こうとしていたのは「桜丘高校」だった。僕が通っている学校と同じだ。僕は前方を指差して、軽く微笑みながら言った。「ここをまっすぐ進んで、左に曲がれば着くよ。」
彼女の表情はぱっと明るくなり、感謝の言葉を残して僕が指した方向へと駆けて行った。僕はその後ろ姿を見送りながら、ぼそっと呟いた。「まだ時間に余裕があるのに……そんなに急がなくても。」
雨上がりの小道では、土の匂いが漂い、小さな水たまりが曇った空を映していた。腕時計に目を落とすと、僕自身も遅刻ぎりぎりであることに気づき、足を速めて学校へ向かった。
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