第44話 見方が変われば味方ばかりだった





 アルフィーに初めて会った時、彼が何も教育を受けていなかった理由。

 それはもしかしたら、将来的に俺とアルフィーの対立を避けるためかもしれない。継母は俺とアルフィーを争わせないように配慮したのではないだろうか?

 しかも初めてあった時も、アルフィーの身なりは粗末だったが、自分はある程度質の良い物を身に着けていた。これはこの屋敷に入った時に女主人としてこの屋敷で働く者たちが不安に思わないようにだろう。

 その後も継母は商人を呼んで買い物をしていたようだった。

 『社交界のバラ』と呼ばれて、様々な女性に服装などのアドバイスをしていた母の後にノルン伯爵家の社交を請け負うことになったのだ。

 そのプレシャーは半端じゃないだろう。


 俺は父を見ながら言った。


「はは……では私が隣国に行くのは丁度いい。私はあなたの子ではないのなら、ノルン伯爵家を継ぐ理由はない」


 アルの方が能力を見て領主に相応しいと思っていたが、血筋としても現ノルン伯爵の血を継ぐ物なのだ。正当な後継者だ。

 すると父が怖い顔で言った。


「何を言っている? このノルン伯爵家は元々はレベッカの実家だ。レベッカの血を受け継ぐレオナルドこそふさわしい。それに……確かに血は繋がらなくとも、私はお前の父だと思っている」


「これ以上……俺を……泣かせないで下さい」


 嬉しさと情けなさと己の無知さが混ざり合って心がぐちゃぐちゃだ。

 そんなぐちゃぐちゃな心は泣くことでしかバランスを保てそうになかった。


 ――ああ、以前の俺はなぜあんなにも頑なに継母とアルフィーを拒んだのか?

 なぜ、父の言葉を聞こうともしなかったのか?

 なぜ……周りを見て声を聞いて……人を大切にしなかったのか……


 俺が途切れ途切れに声を上げると、父が立ち上がり俺の肩に手を置いた。


「レオナルド。私の息子よ、ノルン伯爵家は元よりお前のものだ。だが、隣国に行くというのなら止めはしない。もしもそこで他にしたいことが見つかったのなら、その道を歩むことを止めることもしない。そうだろ? オリヴァー」


 父が俺から視線をそらさずにオリヴァーに向かって尋ねた。

 オリヴァーも頷きながら答えた。


「そうですね。レベッカもきっとレオナルド様の決定を尊重したと思います」 


 俺はすでに決めた。

 そしてゆっくりと口を開いた。


「父上、そして……オリヴァー。隣国留学の件、お受けしたいと考えております」


 父は再び手紙を見てある一点を指さした。


 ――ノルン伯爵殿へ


 この度、レオナルド・ノルン殿に費用は全額友好国ケルパトス国が負担する特別留学の話が来ている。留学期間は未定。

 なおこの留学は両国間での人材交換に切り替わる可能性もあるため、次男アルフィー・ノルン殿に領主教育を行うことを推奨す。

   

       グルシア国王家――


「ここに『人材交換』と書かれている。あちらの国で生きることになる可能性もあると理解しているのか?」


「ええ」


 父はさらに俺を見ながら言った。


「レオナルド様、覚悟は出来ていると?」


「ええ……」


 父上も呟くように言った。


「そうか……では存分に学んで来い。レオナルド」


「はい」


 こうして俺は正式に留学することが決まったのだった。

 

+++


 父の部屋を出るとアルフィーが俺を見つけて顔を上げた。

 どうやら話が終わるまでここで待ってたようだった。


「おかえりなさい!! パーティーはどうでした?」


 俺はアルに「ただいま。とても充実していた」と答えた後に言った。


「アル。私は今度交換留学生として隣国に留学することになった」


「……え? 留学って……他国に行く……」


 アルは震えていた。


「止めて下さい!! 兄さんが国を出るなど!! 何かあったらどうするのですか!?」


 普段のアルらしくもなく取り乱した姿に俺の方が驚いてしまった。

 アルが必死な顔で俺を見上げてきた。

 

「アル……戻ってくれば様々な可能性がある」


 アルが今にも泣きそうな顔で俺を見ていたが、もう決めた。

 

「兄さん、嫌です!! なぜ、嫡男である兄さんが行く必要があるのです!! 私のような次男は国にいくらでもいるのに!!」


 俺は抱きついてくるアルの背中を撫でながらなだめた。


「アル…すまない。だが、これは俺の希望でもあるんだ。それにアルは今度会う時にはさぞ素晴らしい人になっているだろう。今から楽しみだ」


 アルが涙目で見上げてきたので、俺はゆっくりと背中を撫でた。


「ズルいです。そんなこと言われたら応援しないわけにはいかないじゃないですか……」


 俺はアルの顔を覗き込みながら言った。


「応援してほしい」


 アルは「応援します。でも絶対に戻って来て下さい」と言って泣き出した。

 そして俺はそんな風に泣いてもらえることがどこか嬉しくて泣き続けるアルの背中を優しい気持ちで撫でたのだった。



+++



 正式に留学の話を受けることになった俺は、父が了承の返事を送るとすぐに親同伴で王宮に呼ばれた。


(親同伴……)


 俺は手紙を握ると、アルが手元を覗き込んで来た。


「兄さん、どうしたのですか?」


 俺は、アルを見ながら言った。


「あ~~悪いんだけどさ、マリーさんに会えないかな?」


 するとアルが目を大きく開けて声を上げた。


「え? 母上に会うの? 兄さんが!?」


「うん……ぜひ」


 俺はこれまで継母のマリーさんを避けてきた。

 でも、彼女は何も悪くない。むしろ母に協力してくれた……恩人だ。


「ま、ま、待って、すぐに伝えます!!」


 アルは転がるように部屋を出るとすぐに、戻って来ていつでも来てほしいとの返事を伝えてくれた。

 アルと一緒にマリーさんの部屋を訪れるとマリーさんはいつかみた無表情でこれまたちぐはぐな服で迎えてくれた。


「レオナルド様、このようなところにようこそ」


 俺は謝罪しようと思っていた。でもいざ本人を目の前にするとどうしても口が動かない。

 俺は拳に力を入れて動揺しているのを悟られないように言った。


「実は今度、陛下にお会いすることになりました」


 するとマリーさんは目だけ大きく開けて表情を変えずに言った。


「そ、それは……素晴らしいですね」


「そちらにマリーさんも同席して頂くことになりました」


 するとマリーさんの大きな声を上げた。


「え゛!!」


 そして、マリーさんが驚いて大きな声を出した途端に顔の白い粉がよれて顔にヒビが入った。

 俺はそんなマリーさんを見て内心『やっぱり……化粧苦手なんだ』と思った。

 俺はマリーさんを見ながら尋ねた。


「マリーさん。差し出がましいとは思いますが……俺にあなたに似合う服を選ばせてもらえませんか?」

 

 断られても仕方ないと思った。

 ところが、マリーさんはヒビの入った顔でそれはそれは嬉しそうに笑った。


「ぜひお願いします」


 こうして俺はマリーさんと出掛けることにしたのだった。

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