第45話 武器を磨き、整える



「ここです」


「素敵なお店……こんな場所に私が入ってもいいのかしら……」


 俺は母が贔屓にしていた服屋にアルとマリーさんを連れてやって来た。

 店を前にして足を止めるマリーさんに向かってアルが声をあげた。


「こんなところで止まっている方が迷惑ですよ、母上」


「そ、そうですわよね……」


 マリーさんは決意したように一歩を踏み出したので、俺は先に店に入った。


「こんにちは」


 店に入ると懐かしい顔が迎えてくれた。


「これは、レオナルド様。レベッカ様のご葬儀以来ですな……」


 俺が最後に彼に会ったのは10年以上の前だが、彼にとってはそう昔のことでもないので、母と一緒にこの店に来ていた俺を覚えてくれていたようだ。


「ええ。母の生前は大変お世話になりました。本日は、こちらのマリーさんの陛下に謁見してもおかしくないドレスと、お茶会などに参加できるライトなドレスと夜会用のドレスの相談に来ました。ああ、陛下への謁見は急ぎますので既製品から選びます」


 俺が淡々と店主に要望を伝えると、店主は「陛下の謁見!? こちらでお待ち下さいませ」と言って店の奥に向かった。

 俺はソファーに座ってくつろいでいると、アルとマリーさんが目を大きく開けてポカンとした顔で俺を見ていた。

 そしてアルがきらきらした瞳を俺に向けながら言った。


「兄さん!! 凄いですね……」


 まぁ、確かに幼いアルにとっては少しだけ凄く見えるかもしれないと思ったが、マリーさんもアルと同じ表情で言った。


「レオナルド様、凄いですね……始めからレオナルド様にご相談しておけばよかった……」


 そしてがっくりと項垂れた。

 今日は父から軍資金をたっぷりと貰っている。

 いわばドレスとは、これから社交界でノルン伯爵家のために戦ってくれるマリーさんの戦闘服だ。

 妥協せずに、最高の物を揃えると父に言ったら、父も大きく頷きながら「私は服についてはわからないので頼む」と言って託された。


 そして店主が「こちらへどうぞ」と小部屋に通してくれた。

 そこには質の良いのが一目でわかるドレスが並んでいた。


「ああ、素晴らしいですね」


 俺は戸惑いなくドレスに触れたが、アルは「私は外にいたほうがいいでしょうか?」と言い、マリーさんは「こんな高そうなドレス……私が着るの??」と一歩も動こうとしない。

 俺はとりあえず、選ぶことにした。


(マリーさんは母上と違ってふんわりと優しい雰囲気だからな……そこを最大の武器にしたいよな……)


 俺がそう考えていると、店主が少し色の濃い緑のドレスを差し出した。


「こちらはいかがですか?」


 マリーさんは震えながら「素敵です!!」と声を上げた。

 俺は、店主の選んだドレスを見て眉を下げた。


「すまない、説明が不足していた。今回の陛下への謁見のメインは私だ。その色はロイヤルグリーンに近い。マリーさんは今回は付き添いでメインの謁見者ではないので、やめておいた方が無難だ。店主、もう少し柔らかな色を、そして彼女の柔らかな雰囲気を最大に活かせる清楚なデザインのドレスを見せてくれ。それに既製服は陛下の謁見だけだ。後はあつらえるつもりだ」


 俺がそう言うと、店主はにこやかに言った。


「レオナルド様が謁見を……かしこました。それではマリー様には清楚で柔らかな色のドレスを持ち致します」


 そして俺は店主が新たに持って来てくれたドレスを吟味して良さそうなドレスを数着選んだ。


「これを試着できるようにしてくれないか?」


「かしこまりました」


 そして戸惑っているマリーさんに試着するように勧めた。着替えを待っている間に、アルが俺を見ながら言った。


「兄さんは、義母上ははうえと一緒にドレスを選んでいたのですか?」


 俺は笑いながら言った。


「あはは、まさか……母上は全てを自分で決める方だった。俺は町で食事をするとか、自分の服を作るついでに一緒に来ていただけだ。だが……そうだな。母上の物を選ぶ基準は頭に入っているのかもしれないな」


 アルが神妙な顔で言った。


「兄さんが蜜の花を見て即座に保護を決めたり、お菓子や紅茶をすぐに決断されたのは兄さんの母上の影響もあるのでしょうか」


 俺は笑いながら言った。


「紅茶をある程度選定したのは、アルたちだろう? 私は最終的に決めただけだ」


「いえ、お茶にお菓子。蜜の花。全てを総合してお茶会に出す物を決めたのは兄さんです。兄さんの選定眼は王侯貴族の方々にも十分通用する。素晴らしいです」


 そう言われてみると以前俺はローズに『レオナルド様から頂いた物を身に着けると新しい自分に見えて誇らしくなります』と言われた。

 彼女に裏切られた俺は彼女の言葉全て嘘だと思った。自分を騙すための方便だと……

 だが、中には本当の言葉もあったのかもしれない。

 もし、そうだとするなら……嬉しい……と思う。


「私の中には……母上が生きているということか……」


 母の残した物がこうして目に見えない形で自分の中に残っているのは不思議な気分だった。


「いかがでしょうか」


 そして奥の部屋からマリーさんが出て来た。


「母上……随分と変わりましたね……」


 アルは唖然としながら言った。

 俺は「ん~~」と唸った後に店主に言った。


「それを貰おう。だが……すまないが、襟元のレースを左右対称に耳の下辺りまで切ってくれるか?」


「えええ? 折角のドレスを切っちゃうのですか!?」


 マリーさんは驚いたが、店主は俺の言葉に頷いた。


「なるほど、確かにその方が、マリー様に似いますね。少々失礼いたします」


 店主が軽くレースを止めて切った場合にどんな風に見えるのかを見せてくれた。


「うわ~~全然違いますね!! 断然切った方がいい」


 アルが興奮しながら言った。


「本当だわ……ない方が顔が小さく見える気がする」


 マリーさんも鏡を見ながら驚いていた。


「さすがレオナルド様ですね」


 店主の言葉に俺は頷くと、声を上げた。


「ああ、それでいい。では、次はお茶会用のライトなドレスだ」


「かしこまりました」


 俺はそれからドレスを注文を終えた。謁見用の服はマリーさんの体型に合わせて補正して明後日には届けてくれると言った。

 その後、俺は靴やバック、アクセサリーの店や、化粧品の店を回った。

 さらにそこでマリーさんに化粧品の使い方の指導を受けてもらった。

 嬉しい誤算だが、化粧についてはマリーさんもそうだが、アルも完璧に覚えたようだった。

 『凄い、息子さん記憶力が良くて器用ですね』とアルは化粧品のお店の方に絶賛されていた。これでマリーさんがやり方を忘れていてもアルがいるので問題ないだろう。


 こうして伯爵夫人として全ての武器を揃えて、俺たちは屋敷に凱旋したのだった。

 


 


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