第18話 棚からぼた……教育?
それから数ヵ月が経ち、俺の腕は順調に回復していった。
そして今日も腕を見てもらうためにクラン侯爵家にお邪魔していた。
「……完治したと言ってもいいですね。レオナルド様、もう大丈夫ですよ」
先生がにっこりと笑ってくれた。
「ありがとうございました!! 本当にお世話になりました」
俺はずっと腕を見て下さった先生に頭を下げた。
診察を終えた後、俺はすっかり恒例になった診察後のお茶会に参加していた。
この数ヵ月の間、侯爵家にお邪魔した時はいつもノア様とキャリー様と3人でお茶を飲んでいた。だが、それも今日で最後だ。少し淋しいと思っていると、ノア様が嬉しそうに言った。
「完治おめでとう、レオ!! あ~~でも毎週レオが来る日が楽しみだったのにな~」
「本当におめでとうござます!! 嬉しいですが……毎週レオ様にお会いしておりましたのに……会えなくなってしまうなんて……」
ノア様とキャリー様がとても喜んでくれたが同時に悲しそうな顔をされた。
二人が自分と同じように感じてくれていたことが嬉しく思えた。
(ん~~。おニ人には大変お世話になったからな~~何かお礼をしたいな)
ここ数ヵ月でおニ人には大変お世話になった。もうここに来ることもないだろうから、お礼をしたいと思った。
(何か……お礼ができないかな……月並みだけど……)
「ノア様。キャリー様。もしよろしければ、今度私の屋敷にいらっしゃいませんか? ささやかではございますが、お茶の席をご用意致します。本当にプライベートなお茶会ですのでお気軽にお越しいただければと思います」
俺の提案に、キャリー様が瞳を輝かせた。
「よろしいのですか?」
「はい。ぜひ」
するとノア様も笑顔になった。
「ふふふ。レオの家にお呼ばれか……何も役目のない純粋なお茶会への誘いなんて初めてかもしれない。ぜひ伺うよ」
「お待ちしております」
俺たちが和やかにお茶を飲んでいるとノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
ノア様が答えると扉が開いた。
「邪魔するよ。ああ、君がレオナルド君か……キャリーが迷惑をかけてすまなかったね」
入ってきた人物を見て俺は即座に立ち上がって礼をした。
基本的に、高位貴族が俺のような爵位のない者に謝罪をするなんてことは有り得ない。それなのに謝罪をされて俺は声が震えてしまった。
「初めまして!! 私はノルン伯爵家の嫡男レオナルドと申します。この度はケガの治療をして頂き誠に感謝しております! 宰相殿。クラン侯爵夫人」
「ああ、そんな堅苦しいあいさつはいらないよ。今は宰相ではなく、ノアとキャリーの父だと思ってくれ」
部屋に入ってきたのは、この国の宰相であるクラン侯爵とその夫人であるクラン侯爵夫人だった。ノア様の御父上が宰相閣下だと理解していたが、実際にお会いすると緊張するというどころの話ではない。
(遠目でお姿を拝見したことはあるが、まさかこれほど近くでお会いできるとは!! そもそも、なぜここにお忙しい宰相閣下が!?)
よく考えてみるとここはクラン侯爵家であるのでクラン侯爵がいても全く不思議ではないのだが、気が動転していた俺は確実に混乱していた。
「……恐れ入ります」
俺が礼をすると、侯爵が微笑んだ。
「レオナルド君。医師から君の怪我は完治したと聞いた。本当によかった。長らく不便をかけてしまった君に提案がある。もし君さえよかったら、これからもここでノアと一緒に政治の勉強をしないか? 伯爵家の嫡男なら政治の知識は必要だろ?」
俺は侯爵の提案にますます混乱した。だが、あまりに現実離れした提案をされたので、どこがひどく冷静な自分もいた。
確かに政治の知識は重要だ。以前の人生ではその知識が全くなかったばかりに伯爵領に多額の負債を抱えることになってしまった。政治を教えてくれる教師は大変少ない。だから高額な礼金がいる。
すでに俺とアルの二人を学園に通わせ、剣の師に多額の礼金を支払っている我が伯爵家に政治の教師をつける余裕はない。
学園を卒業したが、学園では基本的なことをなぞるだけで、実践的なことまでを学べるわけではなかった……
本来ならここは遠慮するべきなのかもしれない。
だが、一度死を選択するほど追い詰められた俺にそんな遠慮する余裕はなかった。
(俺が愚かなせいで領民をもう二度と苦しめたくはない!!)
俺は勢いよく頭を下げた。
「本来ならご辞退するべきなのかもしれません。しかし、私が愚かなせいで領民を苦しめたくはありません。侯爵のご提案、このノルン伯爵嫡男レオナルド有難くお受けしたいと思います」
すると頭上から「ほう。この年頃の男児は敬遠するものだが……これは確かに見込みはある」という侯爵の声が聞こえた。
顔を上げると、驚いた顔の侯爵の顔と楽しそうなクラン侯爵夫人の顔が見えた。
「ふふふ。ね? 言った通りでしょ?」
クラン侯爵夫人の言葉に侯爵が「ああ」と頷いた。
「レオナルド君。君のような人と一緒に学べば、ノアもやる気になるだろう。ここ数ヵ月様子を見させてもらったが、君は気難しいノアとキャリーと上手く付き合ってくれている。ノアも物事に前向きになり、特に最近のキャリーは以前のヤル気のない態度が一変してとても頑張っていると聞く。どうかこれからもノアとキャリーを頼む」
今度は侯爵に頭を下げられてしまった。
「宰相閣下!! あの、私は伯爵家の者で、ましてや爵位もないですので!!」
俺が慌てていると侯爵が「ふっ」と笑った。
「先程、今はノアとキャリーの父だと申した。父として息子の友人に頼んでいるのだ。恐縮する必要はない」
「は……はい」
恐縮しないということは有り得ないが、侯爵がそういうのなら俺には頷くしかなかった。
「ん~~~。正直、政治の勉強は面倒だけど、レオと一緒にするなら逃げるわけにはいかないな~~あ~~父上、レオを巻き込むなんて……卑怯ですよ……でもまぁ、レオと一緒に受けるのならいいですよ」
ノア様が眉間に皺を寄せていたが最後は少し穏やかな顔で言った。
だが、俺はノア様の言葉を聞いて戦慄していた。
(ノア様が逃げる? あのノア様が?!)
成績優秀でなんでもできるノア様が逃げるほどの勉強……。
俺は胃が痛くなるの感じた。
「ということは!! これからも毎週レオ様はここにいらっしゃるのですね? なんということでしょう!! これからもレオ様にお会いできるなんて!!」
少し肩を落としていたノア様の横で、キャリー様は嬉しそうに笑った。
ノア様は、俺を見ながら申し訳なさそうに言った。
「レオ、巻き込んでごめんね。でも一人でやるのはつらかったから、レオがいてくれるのは嬉しい。一緒に頑張ろうね」
「はい」
俺も覚悟を決めて頷いたのだった。
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