ボトルの中の船

@laviiia0603

第1話 春は桜、出会いの季節

いつもなら朝練の野球部が校舎の周りをランニングしている程度の時間だが今日はすでに登校している生徒の姿が伺える。掲示板の前にも小さな人だかりが出来ていた。あちこちから聞こえてくる女子たちの悲鳴にも似た歓声を尻目に田中徹も掲示板の前に歩みを進めた。

俺が掲示板に張り出されているクラス分けの表の名前を確認していると後ろから声が聞こえた。

「徹、俺たち同じクラスだな」

声をかけてきたのは清本慎吾だった。彼とは小学生の頃はいわゆる親友のような間柄だったが中学に進学してからはクラスが離れ疎遠になっていた。知り合いが同じクラスと知って安心したのもあったが清本から声をかけられたのが素直に嬉しかった。中学進学以降、彼の方から俺と距離を取るようにしていると感じていたからだ。

清本は一年の時につるんでいた仲間とは1人クラスが離れてしまい知り合いがいないと嘆いていた。そんな彼を横目に俺はどうしても確認しておきたいことがあった。

「棚田さん、棚田さん、あ、あった」

棚田さくら。天真爛漫で明るい彼女は一年の時からクラスの中心人物であり誰にでも気さくに話しかける彼女に好意を寄せる男子は多くいた。御多分に洩れず俺もその1人だった。

棚田さんへの気持ちを悟られまいと俺は清本に俺も仲良い奴いなかったよと言って足早に2年2組の教室へと足を向けた。


2年2組の担任は吉見という現代文の教師だった。少しふくよかな体型でなぜか常に眉間にシワを寄せている。第一印象はめんどくさそうなおばちゃんと言ったところだろうか。

初日から小言のような説教が長々と続き、昼休憩の段階でクラスにはどこか疲弊した空気が流れていた。その時だ。

「徹君ってさくらのこと好きでしょ?」

お昼の弁当も食べ終わりウトウトと眠りに着きそうになっていた俺の眠気は一気に吹き飛んだ。

棚田さんの親友だという隣の席の藤田沙也加は満面の笑みでこちらを見ていた。

「さくらってすごいモテるでしょ?私さくらと一緒にいることが多いからなんとなく見ててわかるんだよね。さくらのこと好きだって思ってる人」

まさかだった。表情には出さないように常に気をつけているつもりでいた。

「私、徹君のこと応援してあげる」

藤田は俺と目が合うとニコッと笑って俺の肩を2度ポンポンと叩いた。

ドキッとした俺は慌てて聞いた。

「あの、棚田さんはそのこと」

「どうだろう。私は何も言ってないしたぶん気付いてないんじゃないかな。」

それを聞いて安堵したのも束の間、藤田はまたしても突拍子もないことを言い放った。

「徹君以外にもこのクラスにさくらのこと好きな人いるでしょ。ほらあの天パの、えーと、そう清本君!」

藤田いわく2人はどうやら部活で面識があるらしい。テニス部の棚田さんを陸上部の清本が遠くから眺めていたと彼女は教えてくれた。

「遠くからって。それじゃあ別に棚田さんを見てたとは限らないだろ。他に気になる子がテニス部にいたかもしれないし」

「確かにそうかもしれないね」

「そうだよ!絶対にそうだ!」

「でもさ、、」

「なんだよ?」

「徹君がさくらのこと好きなのは当たってるんだよね?」

俺がそれ以上藤田に反論することはなかった。


放課後、俺と清本は明日授業で使うプリントの仕分けを吉見から命じられていた。事あるごとに雑務を俺たちに与えてくるのだ。

「なんで初日から目をつけられてるんだよ俺たちは。」

「それは徹が先生のこといきなりおばちゃんとか言ってバカにするからだろ。まあ俺がステラおばさんとか言って追い討ちかけたのも悪いけどさ」

「いや完全にお前のせいだろそれ」

「でも徹はいいじゃん。別に今は部活もしてないんだし。俺早く陸部に行きてーよ」

俺は藤田の話を思い出していた。元々清本も俺と同じでそんなに部活動を一生懸命やるタイプではない。そんな奴がなぜ早く部活に行きたいのか。

「清本さ、2組の第一印象はどうよ?」

「面白いクラスになりそうじゃね。徹もいるし。笑えるんだよお前さ」

「うるせぇよ」

「あ、あとさ、棚田さんっているだろ。あの子ってどんな子なの?一年のとき徹たしか同じクラスだったよな?」

きた。まじで当たってる。やばい。そんなことを思いながら同時に昔の記憶が蘇ってきた。小学生の頃、隣街から転校してきた清本とは最初全く口を聞いていなかった。清本と俺が仲良くなったきっかけはそう、好きな子が一緒だったのだ。共通の恋をしていると知って俺たちは次第に親友と思えるほど仲良くなっていった。ある時クラスの誰かが悪ノリで言った。

「みほちゃんが好きなの転校生の清本君だって!」

初めての失恋だった。それと同時に俺は清本には敵わないのではないかという劣等感を抱いた。

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