【短編】伝説の始まり? EQスキルを携えて、彼女は異世界に舞い降りた

高瀬 八鳳

第1話

「あなたは、わたくしが間違っているとおっしゃるの?」


  学園の授業の後、馬車の待つ校門へと向かう途中で、出くわした光景。


 ピンクがかった眩しい金髪、エメラルド色の瞳に、豪奢なドレス。取り巻きを5人引き連れた侯爵令嬢のララネ様が、怒気を含んだ声で、平民の少女を威嚇している。


「いえ、けっしてそのような事は……。ただ、私が言いたかったのは」

「もうけっこう! あなたのような下々の者と話すなど、時間の無駄ですわ。」


 そのセリフを聞いて、わたくしは突然、思い出した。

 過去の、いえ、前世の自分を。

 

 そして理解した。ここは、悪役令嬢ララネ様と平民出身ヒロインのアイリーン、そして第三王子との三角関係をえがいた恋愛物語の世界だということを。


 稲妻にうたれかたのように、一気に様々な記憶が甦る。

 そして、現世と前世が融合したは、今自分がなすべきことを理解した。


 ツカツカと、ララネ様と少女の間に割って入る。


「失礼いたしますね。ララネ様、一度深呼吸いたしましょう。大きく息を吸って、吐いて。何度か繰り返してくださいませ」

「え……、マリアンヌ様? あの、深呼吸、ですか?」


 ララネ様はじめ取り巻きの令嬢達も、突然の私の乱入に唖然としている。

 私は口角を上げて、彼らに微笑みを向けながら続ける。


「ええ、深呼吸ですわ。心と体を落ち着ける効果がありますの。あなたもよ。まずは深呼吸なさい。落ち着いて、言いたいことを簡潔にまとめて、適切な表現に変換なさい」

「は、はい……? わ、私もですか?」


 矛先が自分に向けられたことに驚きを隠せない平民少女のアイリーンは、目を真ん丸にして私をみた。


 そうよね、私がアイリーンに話しかけるなんて、想像してなかったわよね。


 私はこの学園のなかで、王族を除けば一番身分の高い、公爵令嬢。

 全貴族令嬢の手本と言われる、気位の高いスーパーお貴族様。

 第二王子の婚約者であり、学園で男子生徒を抑えて常にトップの成績をとる才女。

 それが現世の私、リーシェント公爵令嬢マリアンヌだ。


 通常、私が平民の生徒に話しかける事はない。万が一、話をする必要があれば、私は他の令嬢に伝言を頼むだろう。

 

 だが、しかし。前世を思い出した今の私は、もはや、ただの公爵令嬢ではないのだ。

 この状況を見て見ぬふりはできない。


「私見ですが、たいていの対人トラブルは、コミュニケーション不足からおこるものですわ。今回も、きっと互いの誤解、ボタンの掛け違いから生じたのではないかしら? そうですわ、まずは、あなた。アイリーンさんからどうぞ。落ち着いて、シンプルにご自分の意見を述べてみて」


「は、はい! あの、そうですね。あの、誤解なんです。私は第三王子に色目を使ったとお叱りを受けましたが、そんなつもりは毛頭ございません。それに」

「嘘をおっしゃらないで!」

「まあ、厚かましいことを!」


 アイリーンが言い終えないうちに、悪役令嬢ララネの取り巻きが吠えだしたので、私は片手を上げて、自身に注目させる。


「お待ちになって皆さま。まだ、アイリーンさんの話の途中ですわ。ご質問は、彼女が全てを言い終わってから。きちんと相手の言い分を聞くのがマナーです。勿論、皆さま、ご存知ですわね」

「え、……ええ。……失礼しました」

「あ……ら、そうでしたわね……」


 彼女達は戸惑いながらも、とりあえずおとなしくなった。良い子達じゃないの。

 ごめんなさいね、そしてありがとう。あなた方は、まちがってないわ。貴族は常に平民より優先されるもの。平民の意見をおとなしく聞く貴族はいないのよ、本当はね。


「それに、なんですの? 今、この場は、何をおっしゃってもよろしくてよ。不敬は問わないわ。アイリーンさん、この機会に全てを正直にお話しなさい」

「……ありがとうございます、マリアンヌ様。その、昨日、第三王子アルバート様にお会いしたのは偶然で、本当にご挨拶しただけなんです。何より、あの、申し上げにくいのですが……。私は王族の方とのご縁を求めていません! 正直言って、貴族の方のマナーやルールは多すぎて、私は学園に通学するだけで、もういっぱいいっぱいなんです。なのに、わざわざ王族の方と接したい訳ないじゃないですか。お辞儀とか、敬語とか、上の身分の人から先に話すとか、平民から貴族の方に話しかけちゃだめとか。そんなの私には無理です! 勉強の為に学園に通わせてもらってますが、卒業したら幼馴染みと結婚する予定だし、だから王子に言い寄るとかありえませんから!」

「え!!」


 アイリーンの溜まりに溜まったストレスが爆発し、本音が炸裂した。本来なら、王族との縁を求めてないとか言っちゃうと、不敬罪確定ね。


「……王家とのご縁を望まないなんて」

「そんな人が、本当に存在するの……?」

「え、今の幻聴かしら……」


 ララネはじめ令嬢達の口からも、ポロポロと本音がこぼれ落ちた。


 どんな手をつかっても王族との縁を強化せよ、というのは貴族にとって常識。空気を求めるがごとく、王家とのつながりを求めるのだ。それを不要と言い切るアイリーンの言葉は、彼女達の心を大きく揺さぶっただろう。


 あら、それに今、彼女は……。


「アイリーンさん、あなた……婚約者がいらっしゃるの?」

「はい、皆様のように正式な婚約を結んだわけではありませんが、まあ何となく。うちの家族と彼の家族も、そうなるだろう、みたいな話をずっとしてきました。お互いに気楽な関係ですし、私は彼がいい。面倒な貴族の方とのご縁、ましてや王族の方に側女として置かれるなんて、私ほんと無理です。絶対、イヤ」


 絶対イヤとまで言っちゃったわ。

 予想外のぶっちゃけに、少し焦る。ちょっと補完しとこうかしら。


「確かに、幼少期から教育を受けたわたくしでもルールが多すぎると感じる事はありますもの。あなたが、そう弱音を吐く気持ちもわかなくはないわ。それに、もう結婚相手がいるなら、なおさらね。」

「え、マリアンヌ様でもそう思われるのですか?」

「ええ、そうよ。いつの時代の慣習なの、誰の為のものなの、女性に不利で男性ばかり優遇されてズルいわ、などなど。正直に申し上げて、わたくしもたまに、そんな風に考えてしまうのよ」

「今まで貴族の皆様は私達とは別の生き物かと思ってましたけど。今のお話を聞いて、やはり同じ人間なんだとホッとしました」


 なかなかナチュラルに毒を吐くわね、アイリーンは。個人的には、こういうタイプ嫌いじゃない。もっと突っこんだ話をしたら、おもしろそう。

 後ろを見ると、ララネ達がなんだかウルウルしながらこちらを見ている。


「あの……、マリアンヌ様、ぜひ。わたくし達の指導役となり、色々な事を教えていただけませんか?」

「わたくしも、今まで誰にも言えず悩んでおりましたが、先程のマリアンヌ様のお言葉に激しく共感いたしました!」

「わたくしも、マリアンヌ様の教えを受けたいです。ぜひ、お願いいたしますわ」


 あらあら、好都合だわ。布教活動の場をGETできたのね。

 私はにっこり笑顔で彼女達に応えた。


「ええ、勿論ですわ。わたくし達は、それぞれ多くの課題を抱え、それを人に言えない不自由な身ですわ。皆様に何かをお教えするなどと烏滸がましいですが、お茶をいただきながら情報交換や勉強会を一緒にいたしましょうか。知恵を出し、皆で助け合ってまいりましょう。アイリーンさんも、ぜひご参加下さいな」

「ええ? いえ、私なんかが参加したらせっかくのお茶会が……」

「あら、参加すればいいじゃないの」

「ララネ様……」


 遠慮するアイリーンに、ララネが話しかけた。


「……先ほどは、私の勘違いで悪かったわ。アルバート様となかなか上手く会話が進まないので、あなたに八つ当たりしてしまったのね。ごめんなさい」


 超プライドの高いララネが懸命に謝る姿は、最高にいじらしくて可愛い。思わず彼女の手を握ろうとした、その時。


「ヤッバ、ララネ様、マジ可愛すぎるんやけど。もう、全然問題ないっす。あ、彼氏の落とし方、良かったら伝授しますよ。うち、今んとこ百戦錬磨やし。男は追ったらアカンくて、引きが大事やねんな」


 隣のアイリーンからこの世界で聞いたことのないような言葉が聞こえた。……ん、関西弁? え、それって……? 


 やってしまった、と口を押え、焦るアイリーンと目が合った。

 大丈夫、私がこの状況をなんとか誤魔化すわ。

 

 私は即座に、ポカンとしてアイリーンを見つめるララネ様達に、なるべく優雅に話しかける。


「ララネ様、素晴らしいですわ。誤解とあれば、素直に謝るその真っ直ぐなお姿に、感動いたしました。わたくし、ララネ様のことがますます好きになりました。アイリーンさんも、感動のあまり、下町言葉がでてしまったようですわ」

「まあ、マリアンヌ様にそうおっしゃっていただけて光栄です。アイリーンさんも、ありがとう」

「い、いえ……。あの、ララネ様、こちらこそ平民の私を気遣ってもらい、ありがとうございます」


 とりあえず何とかフワッと話をまとめ、お茶会の日時を決めて、その場を後にした。

 なんか平和に終わってよかった、よかった。


 私は馬車に揺られながら、静かに目を閉じた。

 落ち着いて、現状を把握してみよう。


 前世の私は、ビジネス接遇マナー講師だった。

 ただマナー知識を教えているだけじゃない。マナーは人とコミュニケーションをとるための、土台であり根幹だ。ただ、敬語がつかえて、45度の最敬礼ができればいいってもんじゃない。心も大切なのだ。


 時代と共に、人間の意識もルールも変わる。言葉もマナーも変化する。


 日本のビジネスシーンでも、成功する為には知能指数だけでなく、心・感情を伴う対応、EQスキルが必要だと広まってきたところだった。


 EQとはエモーショナル インテリジェンス クオーティエントの事。自分と他人の感情を上手く取り扱い、円滑な人間関係を築く技術。洗脳や騙しのテクニック、ではない。相手の幸せの為に行動し、実際に相手に喜んでもらう事が大切なのだ。自分のメンタルヘルスケアの為にも使える、有用な方法だと思う。


 コミュニケーションをうまくとることで、自分と相手を幸せにする、ビジネスマナーとEQスキル。

 私は、これらを教える事に情熱を注いでいた。


 受講生の方にどうお伝えすればより理解してもらえるのか、そして自身のスキルアップの為に何をインプットすべきなのかを常に考えていた私。


 ビジネス接遇マナー講師は天職だと思っていた。仕事に誇りをもっていた。


 その私が、ライトノベル的な世界に転生したのは、どういう事かしら?

 しかも、身分の高い、公爵令嬢。


 これはもう、やるしかないでしょう。


『公爵令嬢はEQスキルで無双する』ってやつを。

 

 リーシェント公爵令嬢という地位を利用して、この世界にEQを広める。

 円滑な人間関係を築くことの重要性、価値を布教し、多くの人が暮らしやすい社会をつくる。


 そして、静かに確実に、女性の自立を促していく。

 男性というだけでのさばっている無能なヤローどもを蹴散らし、才能ある女性やノンバイナリーの人間が活躍できる環境を整える。


 そして、裏で社会を操るラスボスみたいなポジションにつく。

 ララネ様とアイリーンと第三王子の、三角関係の恋愛模様なんてクソくらえだ。

 

 不要な軋轢は排除してやるわ、この私がね。


「クックックッ……ホッホッホ、ホーーホホホーーーーーー!!」


 いけないいけない、つい悪役令嬢ばりの高笑いをしてしまったわ。


 前世で培った仕事歴30年のキャリアと、現世のトップお嬢様の地位と知識。

 両方揃えば、私の夢想も、実現可能なプランとなる。


「フフフフ……、フォーーフォホホホホホーーーーっ!!」


 自分の身に起こった転生への驚き、戸惑いはある。

 でも、それ以上に、これから私が始めるであろう一大事業に、ワクワクとドキドキが抑えられないわ。


 まずは、ララネ様達とのお茶会で、色々と試してみよう。トライ&エラーを繰り返して、本番でのやり方を考えていかないとね。 


 アイリーンとも会って、色々と話をしなあかん。彼女も絶対、転生組やわ。あのイントネーションは間違いなく大阪やし、京都やない、それはわかる。


 ちゃうちゃう、それより、帰ったらすぐにおおまかな事業計画表をつくらなくては。とりあえずのゴール、スケジュールとToDoリストのたたき台をつくって。

 ああ、もう、やる事がたくさんありすぎる!


 とにかく、今日が、このマリアンヌ様の伝説の始まりの日なのだわ!!


「フフフ……、フォッフォッホホホホホーーーーっ!!」

 

 屋敷へ到着するまでの間、私は胸の高鳴りに身をまかせ、ずっと自身の哄笑の声を聞き続けた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】伝説の始まり? EQスキルを携えて、彼女は異世界に舞い降りた 高瀬 八鳳 @yahotakase

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ