4.祭りの始まり
家に入れば、ちょうど両親とミリアが起きてきた。
狭い部屋でテーブルを囲んで座ると、レオナールの場違い感が半端ない。古びたイスの座り心地を心配してしまうほどだ。
妙な緊張感に包まれる中、最初に口を開いたのは母親のリディだった。
「あの……傷はどうですか?痛みますか?どうかご無理をせず、横になっていてください」
「あなたが手当してくれたと、エマに聞いた。どうもありがとう」
「いえ、とんでもございません。失礼ですが、あなたは…」
「ああ、名乗るのが遅れてすまない。俺はレオナール・シェバルツェと…」
「レ、レオナール殿下…!?」
父親のマークが目を丸くして声を上げた。我が家の男二人はどうしてこうも人の話を遮るのが上手いのだろうかと、エマは呆れてしまう。
すかさずエマが咳払いをすれば、マークが慌ててへこへこと頭を下げた。
「も、申し訳ございません!このような辺ぴな村に、殿下が直々にいらっしゃるとは思わず…!」
「気にしないでくれ、当然そう思うだろう。……先に確認したいんだが、俺がこの村にいることを知っているのは、君たち家族の他に誰が?」
「私たちの他には、誰も知りません。このあと村長に報告へ向かおうと…」
「いや。できればそれは待って欲しい」
真剣な顔付きになったレオナールがそう言った。
エマたち家族が顔を見合わせると、レオナールは傷口にそっと手を当てる。
「……俺がこの村に来たのは、ある人物を追っていたからだ。そしてこの傷は、その人物に刺されたときの傷なんだ」
「!それは…もしかして、ひょろっとして口髭を生やした、やたらと態度の大きい貴族の男ですか?」
「ちょっと、エマ!」
正直すぎる人物像を挙げてしまい、エマはミリアに肩を掴んで揺らされる。
揺れる視界の中で、レオナールが可笑しそうに笑ったのが見えた。
「間違いなくその男だな。もしかして、彼もこの村に?」
「その通りです、殿下。まさか、あの方の傷は…」
「ああ、俺が斬った」
サラリとレオナールにそう答えられ、家族全員がごくりと喉を鳴らす。
刺された、斬っただなんて物騒な会話は、この村でまず聞くことがない。
そしてそれを聞いたエマは、震えだしそうになる腕をずっと押さえつけていた。
どうしても、前世を思い出してしまうのだ。剣で斬り伏せられて終わってしまった、王女の人生を。
「……同じ場所にいるなら、こちらとしては都合が良い。このまま俺を、この家に匿ってくれないか?俺を探す側近たちが、いずれこの村に辿り着くはずだ。その機会を狙って、あの男を捕らえたい」
お願いだ、とレオナールが頭を下げる。
王族に命令をされれば、エマたち平民は従う他ないのだが、レオナールはあくまでも「お願い」として話してくれている。
エマたちは再度顔を見合わせ、みんな揃って頷いた。
「もちろんです、殿下。喜んで協力させていただきます」
あまり見たことのないキリッとした表情で、マークがそう言った。
「レオナール殿下は、そのタイミングが来るまでどうぞ我が家でお過ごしください。狭くて隙間風もあり、快適とは言えませんが…」
「いや、じゅうぶんだ。ありがとう」
「あ…でも父さん、明日はお祭りがあるわ」
ミリアが眉を下げて言った言葉に、エマもそうだった、と気付く。
平民の家に王子のレオナールを一人置き去りにして祭りを楽しむなんてことは、とてもできそうにない。
「それなら、私が一人で残るよ」
エマが片手を挙げて提案すれば、みんなの視線が一斉に向いた。
「バカお前、主役がいなくてどうすんだよ!」
「そうよエマ!みんなエマの踊りを楽しみにしてるんだからね!特に村長!」
「え……でも……」
セインとミリアの気迫に押され困っているエマの隣で、レオナールが口元に手を添えて首を傾げた。
「祭り、踊り…?エマが一人で踊るのか?」
「あ、いえ。日々の恵みに感謝して祈りを捧げるお祭りで、男性が歌を歌って、女性が踊るんです。その中心で踊るのが、私ってだけで…」
「へえ。そういえばさっきセインが、舞が綺麗と言っていたな」
楽しそうな瞳を向けられ、エマは身が縮む思いだった。
エマの動きは、前世で習っていた動きにアレンジを加えたものだ。レオナールなら、もっと綺麗な舞や踊りを見ているはずである。
「そんなに重要な役割なら、俺の面倒を見なくていい。俺は一人、大人しくこの家にいよう。エマの踊りは気になるけどな」
「……絶対、抜け出したりしないでくださいね」
「もちろんだ、と言っておこう」
レオナールは悪戯に微笑んだ。
その笑顔にどこか懐かしさを感じ、エマの胸はチクリと痛むのだった。
***
村のお祭は、朝から始まる。
それぞれの家庭で料理を作って持ち寄り、この日のために用意されたお酒が並ぶ。子どもは果実水だ。
歌と踊りは辺りが暗くなってから、松明に火を灯して行われる。
なのでエマは、自分の出番が来るまでの間、ちょこちょこと家に戻ってはレオナールの無事を確認していた。
「お、これは美味い」
持ち帰った串焼きを頬張りながら、レオナールが嬉しそうにそう言った。
平民のものは口に合わないかとエマは心配していたが、大丈夫だったようだ。
少し距離をあけ、隣に腰掛けて同じように串焼きを食べるエマを、レオナールがじっと見てくる。
「……どうしました?」
「いや、君はやけに俺を気にかけてくれるなと思って」
「それは当たり前です。王子殿下ですよ?こんな村で何かあったらどうするんですか」
いくらレオナールがエマたち平民に寛大だからといって、これから来るという側近の人たちまで同じとは限らない。
こんなボロ家に殿下を!と言われたら、反論することなどできないのだ。
「……君は俺に、下心は全くないと?」
ふと問い掛けられた言葉に、エマは視線を移す。じっとこちらを探るように見る碧眼に気付き、そういうことか、とエマは思った。
突然村に現れた、第二王子。しかも容姿は極上。
普通の村娘なら、少しでも近付きたい、繋がりを持ちたい、と思うのだろう。
けれど、エマは違う。
前世で嫌と言うほど煌びやかな世界に身を置き、嫌と言うほどその世界の理不尽さを経験したのだ。
この平凡な村での平凡な生活を、自ら手放そうだなんて思えない。
エマの今世の目標は、しばらく村でのんびり過ごして、少し栄えた町で新しい恋を探して、結婚したら村に戻って静かに暮らす、だ。
「……信じてもらえないかもしれませんが、下心は全くありません。王都の生活より、私は村での生活が魅力的なんです」
エマが微笑んでそう答えれば、レオナールは黙ったままだ。失礼なことを言ってしまったと今更気付く。
エマの言葉を言い換えれば、あなたに全く興味ありません、という意味になってしまうのだ。
「あ、あの、レオナール殿下に魅力がないとか、そういう意味では…」
「エマ、君は不思議な子だな」
レオナールは、少しだけ寂しそうな目をエマに向けていた。
不思議な子。その意味を正確に捉えられず、エマは考えを巡らせる。
(不思議…変わってる、ってこと?殿下に興味を示さないから?と、いうか…)
「……レオナール殿下。私のことを子どもだと思ってます?これでも十六なんですけど」
「え?ああ…ごめん、幼い顔をしていたから。女性に失礼だったな。そうだな、体つきは立派な女性だ」
いや、最後の一言は余計です、とエマは思わず言いたくなってしまった。
レオナールの視線が、エマの顔から胸のあたりに分かりやすく移動していた。
今世では女性らしさに恵まれた体型だったが、前世では幼児体型だったことを思い出す。
―――『あなたがどんな体型でも、見た目でも。あなたの魅力は変わりませんよ』
不意に思い出してしまった言葉に、エマはぐっと唇を噛んだ。
レオナールがそんなエマを見て慌て始める。
「ごめん、傷付けたか?」
「……あ、いえ、大丈夫です。でも殿下、女性に年齢と容姿の話題を振るときは気を付けてくださいね」
「ああ、そうしよう」
真剣に頷いたレオナールを見て、エマは笑う。
レオナールはエマを不思議な子と言ったが、エマもレオナールに同じ感想を抱いていた。
レオナールの近くにいるのは、不思議と心地が良い。それが人柄のせいなのか、纏う空気のせいなのかは、エマには分からなかった。
それに、いつも以上に前世を思い出してしまうのも不思議だった。
エマは串焼きを食べ終わると、少しだけ他愛ない会話をして、祭りの会場へと戻った。
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