裏切られ続けた男

@oka2258

出世と裏切り

「リッジス将軍、今度の戦争における功績は目覚ましいものがあった。

その功により、現在の所領に加えてアラカスト領を与え伯爵に叙する。


・・・それとともに我が娘マリーを降嫁させる。

これでお前も我が義息子。

王女を娶れて、王族に連なるとは人臣の位の極みだ。

さぞ嬉しかろう」


隣国との戦争に大勝した最大の功労者であるビル・リッジスを鋭い目で見下ろしながら、国王は恩賞を言い渡した。

何故か途中、王女の降嫁からは少し間を開けたが。


ビル・リッジスは最初、王の言葉を聞き、これまで厳しい王の酷使に応えて、東奔西走し命を懸け身を粉にして戦い続けてきた甲斐があったと喜んだ。


(農民と変わらない、名ばかりの貧乏男爵から大領主で伯爵か!

父と母も天国で喜んでくれているだろう。

酷い酷使に心が折れそうになりながらも王陛下を信じてついてきて良かった。)


しかし、王の最後の言葉を聞いて真意を悟る。

(吝嗇で有名な王が大盤振る舞いする時は理由があると言われるが、その通りだ。

これは悪名高い姫の押し付け料だ!)


王女マリー姫といえば、その浪費癖と男漁りで有名だ。

少女時代は美しく清楚で賢明と聞いたが、年頃になりそろそろ結婚相手が噂される頃から悪評しか聞かなくなる。


軍務に多忙だったビルにも聞こえるくらいだから宮廷中の者が知っていることだろう。


王からの強い圧力で数年前にブリック公爵に嫁入りしたものの、彼女の身持ちの悪さから大喧嘩となり公爵家から離縁されたと聞く。


愛娘を追い出された王は激怒して公爵家の過去の失態を蒸し返し、取り潰しにしている。


ビルはその時に取り潰しに抵抗する公爵軍を鎮圧に行き、色々と噂を聞いてきた。


曰く、公爵家の収入の半分を浪費した

曰く、公爵と同衾したのは初夜だけで、翌朝には、あなた下手ねと言い捨てて、その後は多数の愛人と愉しんでいた

などなど。


離縁以来、国王は多額の持参金を付けてマリー姫の輿入れ先を探したが、名門諸侯からは軒並み断られ、王宮で贅沢三昧と男遊びに耽っていると聞いていた。


王もさすがになんとかしなければと思ったのだろうが、嫁ぎ先に窮するあまりとは言え、断れない配下に押し付けるとは酷すぎる。


それもよりにもよってなぜオレなんだ!

命を削って武功を挙げたのは、我儘姫を貰うためではないぞ!


ビルは内心憤懣やるかたないが、彼が選ばれた理由はわかっている。


貧乏男爵から近衛軍に入り、軍功だけを頼りに昇進してきた彼には後ろ盾となる大貴族もおらず、王の言うことに逆らえるはずはない。

周囲からは、王に引き立てられてきた成り上がり者が王女を押し付けられていい気味だと思われているだろう。


貴族や家臣の評価に厳しい王だが、何故かオレの手柄は高く評価してもらっていた。そこは感謝していたが、いずれ王女を押し付けるつもりだったとは!


ビルはそんなことを思いながらも、反論を試みる。


「陛下のお言葉、誠にありがたき幸せ。

しかしながら、王女殿下の降嫁とは男爵家出身の私にはあまりにも恐れ多いことでございます。

王女殿下にも失礼かと思われるので御辞退させていただければとお願い申し上げます」


ビルの辞退を王は歯牙にもかけない。


「貴様は余がマリーをくれてやってもいいと見込んだ男。遠慮など無用。

伯爵となれば王女を妻にしてもおかしくはない。

当然のことだが、マリーの満足のいくような生活をさせてくれ。

ブリック公爵の二の舞いを踏むなよ」


ニヤリとする王の顔を見て、ビルはもはや返す言葉もなく平伏する。


この後の宴会を軍務があると断り、宮廷を下がったビルはすぐに先祖伝来の所領に向かう。


そこで身の回りのものをまとめて、近隣の準男爵の娘で、結婚を約束したケイトを連れて遠国に逃げるつもりだった。


(軍務でボロボロになるまでこき使われ、家に帰ればわがまま姫のご機嫌取り。

オレと生死を共にしてきた兵には悪いが、それくらいなら遠国で傭兵でもやったほうがマシだ!)


ケイトとは幼馴染で、子供の時から将来を誓いあった仲。

素晴らしい美貌とかではないが、可愛らしい容貌を持ち、ビルのことを何よりも愛してくれている。


早く結婚したかったが、将軍の結婚となると王の了解が必要だ。

何処かの娘を押し付けられるかもという王からの横槍を恐れたのと、ケイトが急がなくていいというので機会を伺おうと延び延びになっていたが、今回の功績で結婚を認めてもらおうと考えていたのだ。


(今となればこれまで結婚を言い出さなくて良かったかもしれん。

なまじ婚約者と届けていれば邪魔者だとケイトが害されていたかもしれない)


もう夜になるが、ビルは全力で馬を走らせる。早くケイトを連れて逃亡したかった。


所領の屋敷に来ると、何か違和感を感じる。

ケイトの愛馬が繋いであるのだ。


(ケイトにはオレが戻るのは明後日と伝えてある。

なぜここに来ているのだ?

いつ来てもいいとは言っていたが不審だ)


ビルは何か不穏なものを感じて、屋敷の外から気配を窺う。

どうやら二階の自分の寝室に誰かがいるようだ。ビルは外から巧みに二階のバルコニーに上がり、窓から中を窺う。


部屋の中から男女の声がする。

「サム、夜まで呼び出して、何を盛っているの。ビルに気づかれないようにしてよ」


「もうすぐアイツが帰ってくるからな。今のうちにやっておこうぜ」


ケイトと従弟のサムの声が聞こえる。

軍務で所領に居られないビルは所領経営を伯父と従弟に任せていた。


ビルの昇進とともに所領も増えたので仕事も増えただろうと相場よりもかなり高額な報酬を渡している。


様子を聞いていると、以前からビルが不在がちであることをいいことに二人は懇ろな仲であったようだ。


「あの人の手紙では今度も大手柄みたい。これでいよいよ結婚できそうだと書いていたわ。また所領は増えそうね」


「そうそう。アイツが外で稼いできた分を我々が使ってやらないとな。

今度はどの店で服を仕立てる?宝石も買おうか。親族だからとアイツはすっかり任せぱなしなので金は思いのままだ。


君がアイツと結婚したら僕たちの子供も作れそうだな。アイツの子供のふりをして爵位を継がせよう」


「ふざけないで!

あの人と結婚したらあなたとはおしまいよ。

あくまでも遊びだと言ってたのを忘れたの」


「そう言いながら、あいつが戦争に行けば寂しくなるだろう。また俺が相手してやるよ。

どうせここまで裏切っているんだ、毒喰らわば皿まで。

あんなに尽くしてくれるビルにこんな仕打ちをするとは、お前も悪い女だな」


「目覚ましい活躍をするビルを妬んで、騙して私を誘ったのはあんたでしょう。

無垢な私を誑し込んだ人がどの口で言うの」


ハッハッハと二人は楽しそうに笑い、ベッドに倒れ込む音がした。


ビルは愛する恋人と信頼していた従弟の裏切りを聞き、悪夢の中にいる思いだった。

一瞬、このまま殺してやろうと思ったが、わずかに残る冷静さがそれを止める。


そのまま記憶もなく王都の宿舎に戻る。


(くそっ!くそっ!)


冷静になると胸の中に怒りが燃え上がる。

これまで多忙の中でも暇があればデートもしてきて好きなものも買ってやっていた。


ケイトは子供の頃から、愛している、絶対にビルのお嫁さんになると言っていたのに、あの言葉はすべて嘘だったのか。


そして従兄弟のサムの奴。

叔父ともども王宮の小役人で貧しい暮らしをして、助けてくれというから管理人にして多額の報酬も渡していたのに、信頼を裏切ったな。

ケイトへのプレゼントはこれがいいとか結婚式の準備は任せておけとか調子のいいことを言いやがって。


そしてあの屋敷で堂々と会っていたということは執事以下の家臣もみんな知っているということだ。


あの屋敷も質素なものでいいと言うオレを押し切って豪華なものにしたのは自分たちが楽しむためか。


オレが血と汗で稼いだ金を、領地で頑張ってくれている家臣のためにと他の家以上に優遇してやったのに、恩を仇で返されるとはこのことか。


恋人や親類、さらに信頼してきた家臣にも裏切られたビルは、彼らを敵だと明確に看做した。

そして奴らとどう戦うか戦場で作戦を立てるときのように熟考する。


まずケイトやサムに王都で仕事ができたため、帰還は一週間後になると手紙を書く。


その間、ビルは王に拝謁し、恩賞と王女降嫁の礼を述べ、願い事をする。

王は彼が愛娘の降嫁を歓迎すると言うと喜び、彼の言うことを承諾した。


それからビルは自分の率いる軍に戻り、最も信頼する部隊に命じて自領に斥候に行かせる。


そしてその合図を受け取ると、少数の兵を率いて急遽所領に駆けていく。

その様子は戦闘時と同じだった。


夜間に自らの屋敷を囲むと、覆面をしてからドアを蹴り破り、中に踏み込む。

突然の出来事に屋敷の中では悲鳴が上がり、従僕や召使いは逃げ惑う。

ビルは兵に対して「こいつらを捕縛しろ」と命じ、自分は二階の寝室に向かう。


そこは彼の寝室であるが、無人のはずのその部屋の豪華なベッドには裸の男女が上半身を起こして不安げに抱き合っていた。


「誰だ!ここは武勇名高いリッジス将軍の屋敷だ。

ここで狼藉を働けば縛首だぞ!」


裸で震えながらサムが叫ぶ。


そこでビルは覆面を取り、顔を見せる。


「クックック、オレが自分の屋敷に入ってきて何が悪い。

ところでここはオレの寝室だよな。

お前の部屋は一階の管理人室のはず。いつから主人になったんだ?」


リッジスの声はこれまで聞いたことのないほど低く重苦しい。


唇を震わせて、何も言えないサムに代わり、ケイトが口を開く。


「違うの!

サムに騙されてあなたが帰ってくると言われてきたら、ここに引きずり込まれたの。

私が愛しているのはあなただけよ」


「そこのお嬢さんはサムの恋人か?

私とはなんの関係もないお方だな。


サム、主人のベッドまで使って楽しみたかったのならすぐに結婚したらどうだ?

オレが口を利いてやるから明日教会で式を挙げろ。

結婚祝いに今晩はその部屋を使わせてやる」


ビルは冷たくそう言い放つと、部屋を出ていく。

その殺気を放つ後姿にサムもケイトも何も言えない。


ビルは一階に降りると、執事を筆頭に従僕や召使いが縛られていた。


「ビル様、何故に我らをこのような目にあわせなさる?」


顔を見てビルとわかった執事が叫ぶ。


「おいおい、主人の寝室で堂々と女を連れ込んでいる奴がいたぞ。

お前達の主人はそいつじゃないのか」


これまでの優しかったビルとは別人のように嘲笑するその顔を見て、執事たちは震え上がる。


「おい、これまでの出納簿と会計書類を持って来い」


縄を解かれた執事が持ってくる。

ビルの連れてきた会計担当官は直ちに監査を始め、執事達を質問攻めにする。

数時間後、結果が出た。


「リッジス将軍、この屋敷の支出のうち少なくとも半分は彼らに水増しか中抜きされています」


それを聞いたビルは、サムを二階から連れて来させ、執事たちを見渡し、氷のような声で言う。


「父と母は親類や家臣は大事にしなさいと常々言っていた。

それでおれは伯父にもサムにもお前たちにも世間の標準よりも相当高い報酬を与えていたはずだ。その方がお前たちも忠誠を尽くしてくれると思ってな。

それがこんなことになっているとは、オレも甘く見られたものだ。


全員解雇し、かつ財産を没収する。

一時間以内に着のみ着のままで出ていけ!」


そして兵に向かって、彼らの家に行きコイツらをすぐに追い出せと命じる。


「お慈悲を!」


土下座して許しを請う執事たちに、なんの感情もない表情でビルは言い放つ。


「本来ならば主の物を横領した罪は斬首だ。

生かしてやるだけでも十分に慈悲を与えていると思うが」


そしてその表情のままサムとケイトを見て言う。

「そろそろ朝になったな。教会も準備できただろう、行くぞ」


「ビル、赦して。

サムに騙されたのよ。幼い頃から結婚を誓った仲でしょう。

二度と浮気なんかしない。

だから赦して」


ビルが本気だとわかり、ケイトが泣き叫ぶ。


「おい!」

ビルの一声で兵がケイトを拘束して馬車に乗せる。

震えて動けないサムに対してはビルが尻を蹴り上げ、移動させる。


近くの小さな教会には寝ぼけ眼の神父とサムの両親、ケイトの家族が集まっていた。

兵に連れられて何事かと思いながら来たようだ。


ビルを見ると叔父と叔母、ケイトの両親はすぐに訊ねる。


「ビル、これはどういう…」


そして後ろで俯きながら歩いてきたサムとケイトを見て、言葉を失う。

彼らは貧相な婚礼用の衣装を着せられていた。


「見ての通り、この二人が結婚したいそうです。昨晩は焦って裸で私のベッドにいたので主人用の寝室を貸してやりましたよ。

婚礼とは順序が異なりますがまあいいでしょう。

じゃあ私も忙しい。

従弟と幼馴染の結婚をさっさと済ませましょう」


叔父叔母、ケイトの家族も二人の密通を薄々知っていたのだろう。

鬼気迫るビルの勢いに何も言わない。


ケイトはなおも何かを叫ぼうとするが、兵に口にタオルを噛ませられ声が出せなくなる。


それを見た一同は慄きながらそのまま教会に入り、ビルの言うがままに式が挙げられるのを見守る。


そして神父から結婚の成立を告げられると、ビルは立ち上がり、一同を睨みつけて言う。


「では私はこれで。

お二人の洋々たる前途を祈ります。


ついでですが、叔父さん、所領の監査を行ったところ、多額の不正行為が発覚しました。管理人の解任とこれまでの損害賠償をしてもらいます。


ご新婦のご家族にも多額の貸付金がありましたな。

もはや私となんの御縁もないお家。

借金の返済を早々にお願いします。

返却なければ取立屋に債権を売却いたしますのでご承知おきください。


彼らの取り立ては厳しいですぞ。

御覚悟ください」


それを聞いた叔父叔母、ケイトの家族とも狼狽する。

ケイトの家族はいずれは義理の親子になるという名目で、好きなだけ金を借りて贅沢していたのだ。


これまでの甘かったビルに頼むように、泣き付こうと近寄ってくる彼らを兵に抑えさせて、彼はさっさと外に出る。


教会の中からの泣き叫び、哀願する声に顔色を変えず、馬に乗り、兵に号令をかけて王都に駆け出す。


この所領はビルの生まれ育った場所だ。これまでここを何よりも大切な故郷として愛してきた。


しかし、今の心境は恋人、親族、家臣に裏切られた穢れた地としてしか見ることができない。

ここと縁を断つために、王に頼んで所領を変えてもらった。

もう二度と来ることもあるまい。


ビルは最後に小高い丘で故郷に一瞥をくれる。

(父さん、母さん、悪いがこの地は捨てるよ。オレに故郷は無くなった。

いったい何が悪かったのか)


ビルは心中で父母に詫びると、前を向き、王都にいる彼の子飼いの軍に向かう。

恋人も家も故郷も失い、心通わない妻を押し付けられる彼には仕事と部下以外に生きる意味はない。


王都に着けば、気分転換に疲れ切るまで兵と訓練し、その後は溺れるほどに酒を飲もう、馬を駆けさせながらビルは決意した。


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