創作怪異談
うがやまかぶと
一、向こう岸
多分みんなあの日の出来事は覚えています。覚えているけれど、少なくとも卒業までは誰ともその話をしませんでした。
中学生3年の夏休みです。昼から友人数名と遊んでいました。高校はみんな志望校がバラバラ、2学期から本腰いれた受験勉強が始まるということもあり、それはもう思い出作りのためにとにかく遊びつくしていました。
一日中遊んで日も沈んできて、そろそろお開きか、というときにBがリュックからおもむろに取り出したのは花火セットでした。
夏も終わりということで、若干値下がりした花火を大量に買っていたらしく、手持ち花火、線香花火はもちろん、噴出花火、打上花火も揃っていました。なかでも目玉は、20発発射される打ち上げ花火だな、と盛り上がりました。
打上花火をするなら、と河原に移動しました。着いたころにはすっかり暗くなっていました。
自転車も放って、早速手持ち花火で遊びました。持っている手持ち花火で同時に噴出花火も着火。ぶっちゃけいうと風情なんてあったもんじゃない遊び方です。
そしていよいよ打ち上げ花火の準備。打上花火の周りを河原の石で固めて、転がらないようにセット。Bはマッチを持って導火線に火をつけました。
数秒すると勢いよく花火が打ちあがりました。
おお~っ、とみんなで感嘆の声をあげて喜んだのもつかの間、2発目が打ちあがり、3発目、4発目と打ちあがったとき、Cが「おい、川の向こう岸になんか見えないか」と言い出しました。
花火が打ちあがる瞬間、その周囲は一瞬明るくなりますよね。
そのときに目を凝らしてみると向こう岸に黒い影が見えたんです。形がはっきりあるというよりは、靄のように得体の知れない状態の。でもくっきりと、辺りの暗闇とは違う黒い影、というような。
7発目、8発目と打ちあがるたびに、その黒い影はどんどん大きくなっているような気がしました。
13発ほど打ちあがったとき、Aがあることに気付きました。
「違う、大きくなっているんじゃない。近づいてる。川を渡って、こっちに向かってきてる」
僕たちは打ちあがる花火を背に、急いで逃げました。誰も一度も振り返らなかったと思います。おかげで打上花火は最後まで見られませんでした。
次の日の朝、花火の残骸を片付けにまた河原に集合しました。その発案はCでした。僕も家に帰ったあとから、片付けなかった罪悪感が強くあったので、すぐに話にのりました。
河原に集合するとすぐ、ひきつったような顔をしてCが口を開きました。
「やっぱり、この流れの速さじゃ渡ってくるのは無理だよね……」
日が沈んでいたので気づきませんでしたが、激流とも言えるような速さで川が流れていました。深さもありそうです。
あの夜、僕たちは一体何を見たんでしょう。もし、気づくのが遅かったら。もし、打上花火がもっと多く打ち上げるものだったら、と今でも考えてしまいます。
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