王宮のお見舞い係は、異世界の禍を祓う 〜この伯爵令嬢、前世は陰陽師でして〜

卯崎瑛珠@初書籍発売中

序章 相棒の出現

第1話 前世



 ある時代のある場所でのこと。


 雅な歌と楽器を奏でる貴族どもが、陰陽道をもとにものごとの吉凶占いや祭事、結界や呪詛などを執り行う者どもを『陰陽師』として厚遇することにより、その地位を押し上げていた。

 

 そんな陰陽師たちの、旧態依然とした主流の一派は、異色ではあるものの腕が立つと評価されていたひとりの女陰陽師を、徹底的に排除していた。

 本人がいくら排除の理由を知りたいと訴えても、明確な答えなどなく、反発心ばかりが膨らんでいく。


「なぜ、わたしにはお任せいただけないのですか!」

「貴様が未熟だからだ」

「……わたしには、師匠の太鼓判があります! 吉凶や方位占いだけでなく、星読みや調伏も行って良いと」

「ふん。怪しげな評価は認めぬ」


 実際のところ、この女陰陽師以上に知識があり、真言を使いこなし、正確な占いをする者はいなかった。

 女にもその自負があるからこそ、依頼を受けられない状況に憤慨してしまう。

 

(精神を乱しては奴らの思う壺だ。冷静に俯瞰ふかんで物事を見極める。わたしはわたしの信じた道を進む)


 孤立無援であっても、女陰陽師は一心に修行を繰り返した。実入みいりは少ないものの、個人で下級貴族の依頼を受けることはできる。細々と日銭を稼ぎ、知識を蓄え、研鑽けんさんに努める毎日は慎ましくとも充実していた。

 ところが――


みかどを呪ったな!」

「そんなこと、するわけがない!」

 

 かけられた嫌疑に覚えは無い。

 だが抵抗虚しく、一切合切の道具を奪われ、見ぐるみを剥がされ、牢に放り込まれた。

 水すらもろくに飲めないまま十日がたち、裸同然で無実を訴え続けていた女陰陽師を、突然強い呪いが襲う。


「この、真言は!」


 同じ師匠のもと切磋琢磨せっさたくましていた、あに弟子でしの手法であると確信した。


「まさか、まさか裏切られるだなんて……」


 並の腕では、呪い返すことなど不可能。ましてや今、女にはなんの手札もない。

 裏切りは、たちまち心を弱らせた。脅されてのことかもしれないが、女陰陽師が諦めるには、十分だった。


「お師匠様、ごめんなさい」


 ただ、人を救いたかった。不安げな人々に寄り添って、笑顔を見たかった。

 たったそれだけの願いすら、叶わなかった。


 すえた匂いで充満する汚い牢は、夜になると底冷えがする。

 格子の隙間から見えた、ほんのり青白く光る細い月に向かって、女はひとりごとを放った。


「せめて、式神が使えれば……ああ、次は自分の思う通り人を救えるような場所に、生まれたいなあ」


 首元が、ギリギリと締まっていく。

 おどろおどろしい、この世のものではない呻き声が、そこかしこから聞こえてくる。

 足首を、何かがにゅるりと掴む。どろりと生暖かい空気が身体中を覆い、耳元で「喰ろうてやろか」と何かが囁く。鳥肌が立ち、息ができなくなっていく。どんどん気が遠くなる。常人ならばもう、恐怖で狂っているに違いない。


「なるほど……ぐふ、呪詛、とは。こういうものかっ、はあ。最後に良い経験になっ……」


 ノウマクサンマンダ バザラダン カン!


 何も持たない女は、心の中でそう叫んでから、絶命した。 

 


   ○●



 王宮の宰相執務室に呼び出されたルシア・バルビゼ伯爵令嬢は、宰相に対して苦言を呈していた。


「相変わらず人の恨みを買いすぎですわよ、閣下」

 

 豪華な作りの暖炉や本棚が据え付けられた部屋の真ん中、執務机に両肘を突いて座っている初老の男性が、部屋の主であるこの国の宰相、フラビオ・イグレシア侯爵である。白髪混じりの茶髪で、目尻に皺が目立つ。グレーの瞳は一見優しげに見えるが、油断ならないことをルシアは知っていた。


 そんなルシアは、この世界では珍しい黒髪黒目で、宰相に会うにはシンプル過ぎるアフタヌーンドレスに身を包んでいる。紺色のシルク素材でくるぶし丈の、オーソドックスなフレアスカート。上には同素材のジャケットを羽織っていて、令嬢というより文官の雰囲気だ。艶やかな直毛は色白の肌を際立たせ、黒い双眸そうぼうには、意志の強さを現しているかのような輝きがある。


 宰相のフラビオは、ルシアを真正面から見据えたまま眉尻を下げ、苦笑を返す。

 

「面目ない」

「まあ、恨みを買わずにこなせるお仕事ではないですわよね」

「その通りだよルシア嬢」


 あっさりと頷いてみせた宰相に向かって、ルシアはこれみよがしに「ハア」と大きく息を吐く。それから応接テーブルに予め並べてあった、手のひらサイズの絵皿の上に海水から抽出した特製のを載せたものを、ひとつ持ち上げた。人差し指と中指を立て下唇に添え、何かを唱えつつ、部屋の片隅に置く。


 テーブルと部屋の隅を行ったり来たりし、四つの盛り塩を順番に置いていくルシアの、衣擦れの音だけがしゅさりしゅさりと鳴っている。宰相はもちろん、部屋にいる補佐官たちは、静寂の中ごくりと唾を呑み込みながら、それを見守っている。


 やがてルシアが宰相の前に戻り、また同じポーズをしながら小さく口の中で何かを唱えた。


 ――ふ、と部屋の空気が明るくなる。


「……いやあ毎度思うが、不思議だなあ。あっという間に肩が軽くなったよ」


 同時に、宰相の顔も晴れやかになった。

 

「それはそれは。ですがこれは、一時しのぎにしかすぎませんわ。あの四隅のものがなくなったら、またお呼びくださいませ。では、ごきげんよう」

「うん。ありがとう」


 ルシアが丁寧なカーテシーをしてから宰相室を出ると、廊下に控えていた宰相専属近衛騎士が、バルビゼ家の馬車まで送ることになっている。


(いつも同じ人で助かるけれど。変人令嬢をエスコートするだなんて、嫌でしょうに)


 こう見えてルシアは、王宮を歩く際は毎度緊張感を持っている。

 あらゆる場所から見られている気がするし、それは大抵気のせいではない。


 ――怪しげな魔法を使う伯爵令嬢。変人。何しに来たのか。近づくな危険。胡散臭い。


 近衛騎士は、ルシアを取り巻くそのような悪評のことなど微塵も感じさせず、常に紳士然として接する。ルシアにとっては大変ありがたいことだった。


「はあ。疲れた……」

 

 だからか気が緩み、珍しく独り言を吐いてしまった。

 しまった、と思ってももう遅いが、意外にも返事がある。

 

「……大変だな」


 気づけば、脇を歩いていた近衛騎士がルシアを横目で見ていた。そこには厭味などなく、本当に気遣われていると感じる空気がある。

 

 ルシアはシルバーブロンドの長髪を後ろで束ねた彼の、紅色の瞳――この世界では、黒と同様に珍しい色だ――を眺めつつ、名前を知らないことに今さら気づく。改めて騎士の様子を観察すると、近衛なので鎧ではなく、濃い赤色で金ボタンが二列並んだ金の肩章付きジャケットに、黒色マントを身に着けている。白いブリーチズに黒いニーハイブーツ、帯剣しているサーベルの柄は金色という、まさに『近衛騎士』だ。煌びやかな存在だな、と内心少しおくす。身構えたのを悟られないよう、心底うんざりというてい

「ええ、ほんとに」

 と頷くと、彼からは「はは」とからりとした笑いが返ってきた。


 会話を交わしたのは初めてであったが、これをきっかけに出迎え・見送りの際は簡単な会話を交わすようになる。

 まさか後々バディを組まされるなど、この時のルシアは予想だにしていなかった。



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