第5話 堕天隊

「ね、ねえ……グラムちゃん……ほ、本当にやるの……?」


「あったりまえじゃん! 私は絶対に退かないよっ!」


 左右を鬱蒼とした森に挟まれた道の真ん中に、二人の少女の姿があった。


 一人は、まるで燃え尽きた灰のように真っ白な銀髪の少女だった。

 肌も病的なまでに白く、精気がない。吸血鬼と言われても違和感はない。

 まるで猫のような美貌に、滴る鮮血のように赤い不吉な虹彩の瞳が、どこか危うい光を灯して爛々と輝いていた。


 もう一人は、深い宵闇のような黒い髪の少女だった。

 くせのある伸び放題の髪が、無機質な人形のように整った顔立ちの半分以上を覆い隠している。

 そして、どうにも表情に陰がある。髪の隙間から覗く瞳はまるで奈落のようだ。

 その伸び放題の髪も相まって、まるで幽鬼のようであった。


 二人とも、白を基調としたシスター服に身を包んでいる。

 そして、特徴的なのは彼女ら二人の背中に生えた、黒い翼。

 その姿は神話に語られる堕天使の姿そのものだ。


「何度も言ったよ。カノ姉は私が守るんだっ!」


 グラムと呼ばれた少女は、無邪気に、それでいて頑とした意思を込めて言った。


「今度、私達の所にやってくる新しい隊長……どうせ、またみたいに、ロクでもないやつに決まってるよ!

 カノ姉はきっと、私達を庇って酷い目に遭う……死んだノヴァ姉達みたいに。

 だから、私がぶっ殺してやるんだ!」


 グラムは笑った。人として決定的な何かが零れ落ちてしまったかのような、どこか壊れた笑顔だった。


「新しい隊長の手足をバラバラに落として、内臓引きずり出して、生まれてきたことを後悔させてあげるんだ! あははっ!」


 グラムには自身の語る内容や行為に対して、微塵も罪悪感や抵抗感がない。

 むしろ、一種の陶酔や性的興奮すら覚えている節がある。


 そんな歪な在り方のグラムに、普段から彼女をよく知り、親しくしている黒い髪の少女も、思わず背筋を駆け登る冷たいものを禁じ得ない。


「ま、待ってよ、グラムちゃん……悪い人とは限らないんじゃ……?」


「限るよ? だって、私達出来損ないだもん。まともなやつが来るわけないじゃん」


 グラムがあっけらかんと応じる。


「ねぇ、マティア。

 今まで、マルコ神父様を除いて、私達に優しくしてくれた人いた?

 私達を人扱いしてくれた人、いた?」


「そ、それは……確かに……ボク達は……」


 マティアと呼ばれた黒い髪の少女は言葉を詰まらせ、闇の深い目を泳がせる。

 そんなマティアへ、グラムがさらに続ける。


「別にいいよ? 私達、出来損ないだもん。

 ……でもね。

 カノ姉やマティアに……私の大事な家族に手を出すやつは、もう絶対に許さない。

 壊される前に、壊してやる。徹底的に」


 どこか致命的に壊れた虚無の表情をするグラムに。

 ごくり、と。マティアが唾を飲む。


「で、でも……そんなことしたら、グラムちゃんが罰を受け……」


「大丈夫だって!

 聞いた話によると、今度のその新しい隊長、外国の異教徒さんなんだって!」


 にこっと。

 グラムが、マティアを安心させるように笑いかける。


「異教徒はぶっ殺していいんだよね?」


「そ、それは……だけど……」


「それに、天にまします万軍の主が言ったんでしょ?

 ”異端者は、是、その全てを聖絶せよ。容赦してはならない。男も女も、子供も、乳飲み子も、牛も、羊も、ラクダもロバも殺せ”って!」


「そ、それも……だけど……」


「というわけで、私は行くよ! 止めないでね、マティア!」


「あっ! 待って!? グラムちゃん!」


 マティアが飛び立とうとするグラムの手を掴む。

 そして、意を決したように言った。


「ぼ、ボクも……行く……」


「マティア!」


「ボクだって……カノンちゃんを守りたい……

 もうこれ以上……カノンちゃんを辛い目に遭わせたくない……!

 だから……!」


 すると、グラムが満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう! マティア!

 うん! 私達が力を合わせれば、きっと新しい隊長なんて、簡単にぶっ殺せるよ!

 私と、マティアと、カノ姉と……もう、たったの三人になっちゃったけど!

 私達の《永遠の箱庭エバー・ガーデン》は、私達で守るんだ!」


 ――――。


 ――。


「……ったく。随分と僻地に追いやっているのね。

 国家を守る大切な戦力に対しこの仕打ち……まったく信じがたい連中だわ」


 聖都ファルネリア郊外。

 鬱蒼と茂る深い森の中を貫く道を、私は一人で歩いていた。


「《永遠の箱庭エバー・ガーデン》の《箱庭の子羊達ガーデン・チルドレン》……

 黒翼の偽翼天使ファルシユ・エンジェルで構成された《堕天隊》……か。

 一体、どんな子達なのかしらね?」


 まぁ、その内一人はすでに顔見知りだろうが。


「それにしても、軍を万単位から率いていたこの私が、今はちっぽけな最小戦術単位の小隊の隊長かぁ……人生ってなんだろう……?」


 本当に、この国に来てからため息が尽きない。

 ああ、帰りたい……

 帰って、趣味の料理して、お気に入りの恋愛小説読んで……


「はぁ。せめて、最後の希望として隊員の子達とウマが合うといいんだけど」


 私が心からそう願っていた、その時だった。


「なんてことだわ。最後の希望すら潰えたか。本っ当に、最悪」


 私が、それを察知した瞬間。

 私が立っていた場所が突然、盛大に爆散し、巨大なクレーターが地面に大口を開いた。


 そんなクレーターの中心には、背中に黒い翼を生やした銀髪少女が十字型の大剣を突き立てている。


 遙か天空より、隕石のごとき速度と勢いで急降下飛翔してきた銀髪少女が、大地に剣で巨大クレーターを穿ったのだ。


(しかし、これが偽翼天使ファルシユ・エンジェルの力か。なかなか化け物ね)


 私は出来上がった巨大クレーターのへりに降り立ち、クレーターの中心で剣を地面に突き立てている銀髪少女を見下ろしながら、ぼんやり思った。


「あれっ!? かわされた!? 絶対、仕留めたと思ったのに!」


 対し、意外そうに目を瞬かせながら、銀髪少女が私を見上げてくる。


「ま、いっか! 一撃で壊しちゃったら、全然愉しめないもんね!

 悲鳴とか、血の色とか、臓物の感触とか、苦悶の顔とか!」


「う わ ぁ。想像を遙かに超えてヤバいやつだったわ。

 私の部下運って、マジでどうなってるわけ? こんなんばっかし!」


 しかもこいつらなんなんだ。

 聖エリサレス教徒は言葉を交わす前に、剣を抜く連中しかいないのか。

 これだから後進国の野蛮人は……先進的で文化的な帝国を見習って。


 私が内心で毒づいていると、銀髪少女が愉しそうに剣を地面から引き抜いた。

 そして、イヴへ向かって、深く、低く構える。


「あんたが、さっき通達が来てた、私達堕天隊の新しい隊長さんだよね?」


「ええ、そうよ。先刻、全会一致の熱烈賛同を頂いて着任したわ。それで?」


「悪いけどさ、死んでよ!」


 物騒な言葉とは裏腹に、銀髪少女はどこまでも笑顔で、明るかった。


「別に、私達を戦いで捨て駒にするのはいいよ! 好きにすれば!

 私達はそういう存在だからね!

 でもね! 私達に隊長なんて要らない!

 私達を叩いたり、虐めたり、犯したり……そんなことする隊長なんて、もう要らないっ!

 その時が来たら死んでやるから、それまで私達の平穏を乱すなっ!」


「この国、マジで終わってるわね」


 私のため息も、そろそろ売り切れになりそうである。


「――と、いうわけで! 行っくよ!」


 刹那。

 銀髪少女の姿が、爆音と共に消えた。


 背中の黒翼を力強く羽ばたかせ、巻き起こした爆風によって、圧倒的な加速と推進力を得て、私に向かって真っ直ぐ突進してきたのだ。

 銀髪少女が大気を切り裂いた衝撃波で、クレーターの深い溝が刻まれていく

 そして、私との距離が瞬時に消し飛ばされた。


「死んじゃえええええええーーっ!!」


「――!!」


 私に向かって猛然と振るわれた銀髪少女の剣に壮絶な法力が漲り、白く輝いた。

 剣に法力を込めて相手を斬る、聖堂騎士団の法術剣技【法力剣フォース・セイバー】だ。


 白き極光の刃が、私に向かって高速で飛ぶ。


 次の瞬間、私と銀髪少女は正面から激突した。


 そのまま銀髪少女が、凄まじい勢いで私を押し込んでいく。

 激流のように流れていく光景の中、銀髪少女が私の吐息すら感じられそうなほど顔を近づけて来て、愉しげに笑った。


「あはっ!? これも防ぐんだ!? 人間のくせにやるじゃん!?」


「……」


 私は炎そのもので形成された剣で、グラムの【法力剣フォース・セイバー】を受けていた。

 イグナイトの秘伝魔術【焔刃】である。


「ふうん? 炎の剣……あんた、使?」


「だったら何よ?」


「ううん! カノ姉のために、なおさらここで、あんたを確実にぶっ殺しておかなきゃねってね!」


 ちらり、と。

 その時、銀髪少女が明後日の方向へ目配せする。

 そして、叫んだ。


「マティア!」


 その瞬間だった。


 銀髪少女の身体で隠れていた、完全なる私の死角。

 その方向から、巨大な白き極光の熱衝撃波が、音の速度を超え、大気を切り裂いて飛んでくる。

 白き極光の衝撃波は、大気を震わせ、地面を抉り、射線上の木々を全て消し飛ばしながら推進し――


「――!?」


 銀髪少女をギリギリ掠め、私だけを呑み込んで行くのであった――

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