第4話 腐敗の教皇庁

「ふざけるのも大概にしろッ!! この毒婦がッッッ!!」


 聖エリサレス教会の総本山、教皇庁が設置されている世界最大の聖堂――フィリポ大聖堂の円卓礼拝堂内にて。

 あまり品のない豪奢な騎士装束に身を包んだ、初老の男のヒステリックな罵声が響き渡っていた。


 男の名は、ジャクソン=モレー卿。

 現・聖エリサレス教会神聖聖堂騎士団の総長である。


 現在、この円卓礼拝堂内に設置されている円卓には、先の大戦で生き残った司祭や聖堂騎士達が集っており、激しい憎悪と憤怒の形相を円卓の一角に腰掛ける私へと向けている。


 そんな無数の苛烈な視線を涼しく受け流しつつ、私は淡々と言った。


「別にふざけてなんかないわ。

 先ほど、アルザーノ帝国王家の正式な勅書を提出したでしょう?

 ”現・レザリア王国内に残存する神聖聖堂騎士団に、派遣武官イヴ=イグナイトを登用・編成されたし。以上”。

 まぁ、要するに……私を貴方達の仲間に加えろってわけ」


「先の大戦の英雄か何か知らぬがな!!

 受け入れるはずがなかろう! 貴様のごとき異端の帝国人など!!」


 ばんっ!!

 モレー卿が、円卓を激しく叩く音が、礼拝堂内に反響する。


 そんなモレー卿に追従するように、司祭や騎士達が口々と、私を罵倒し始める。


「この穢らわしい異端者が!!」


「この神聖なる聖堂に、その薄汚い足で上がり込むことすら冒涜だというのに!」


「ましてや神の正義の体現たる神聖聖堂騎士団にだと!? 恥を知れ、淫売!」


「しかもヒラ団員ならまだしも、”白騎士”の騎士階を与えろだと!? 貴様に騎士団の一隊を任せろだと!? 貴様等の女王は正気か!?」


 くそう。私は女だぞ。もう少し優しくしろよ、コノヤロー。

 男女平等反対。……今だけね。

 そんなこと思いつつ、口々に騒ぐ一同へ私は言った。


「知ったこっちゃないわよ。

 これは、アルザーノ帝国最高総帥、女王陛下アリシア七世の詔よ。

 現在、アルザーノ帝国の保護下にあるレザリア王国に、これを拒否する権利など欠片もないの。わかる? わかったら、さっさと――」


「いつ我らが、貴様ら異端共の保護下に入った!?」


「今、この場には居ないけど、貴方達の同胞のファイス=カーディス司教枢機卿が、苦労してそういう風に、戦後関係調整したんじゃない。

 帝国から王国に支援物資が送られているのは、なんでだと思ってたのよ?

 ったく、司教枢機卿殿に感謝しなさいよ? 彼が居なかったら、今頃、このレザリア王国の生き残りは全員、飢え死にしてるんだから」


「頼んでおらぬわ!! そんなものは奴の独断専行だ!!」


「それに奴は裏切り者だ!! 我らが教会に……神に背きし異端者だ!!」


「異端者の取り付けた約定など、我らは知らぬ! 無効だ!!」


「そもそも、貴様等帝国こそが、我らの下につくべきであろう!?」


(こ れ だ か ら! 宗教が国政の全てを担う宗教国家は嫌いなのよ!

 マジで話ができない!)


 私は、政教分離の大切さを改めて痛感するのであった。


 ちなみに、件のファイス=カーディス司教枢機卿は、現在、世界中を飛び回って、各国との関係調整に忙殺されている。


 戦前、レザリア王国の教皇庁は、宗教浄化政策で周辺諸国に理不尽な侵攻を繰り返しており、放っておけば、積年の恨みを燃やす周辺諸国に、今にも攻め滅ぼされかねないからだ。


(あの人も苦労してるわねぇ……)


 ”苦労人”という意味で、私と似た属性を感じ、急に親近感が沸いてくる。

 今度、飲みに誘ってみようかしら。

 まぁ、それはさておき。


「実際問題、貴方達はどうするつもりなわけ?

 あのエリア7《聖域ハイリヒトゥーム》に現存する、あの《信仰兵器》を」


「そ、それは……ッ!!」


 私の言葉に、モレー卿を筆頭に、司祭、騎士達が忌々しそうに押し黙った。


エリア7《聖域ハイリヒトゥーム》。

 聖エリサレス教会にとっての聖地の一つであり、先の第二次魔導大戦で猛威を振るい、終戦と共に崩壊消滅したはずの《信仰兵器》が、なぜか一体だけ未だ残存し、活動を続けている、現世界最大の汚染地域だ。


 対アルザーノ帝国戦のために、かつてのレザリア王国が用意した切り札、《信仰兵器》。

 それは、外宇宙の強大なる邪神の眷属を、聖なる神の御使いとして、操るものであり、そこに存在するだけで、発生する瘴気によって周辺地域を汚染し続け、生命の住めない地獄のような環境を広げていく。

 また、《根毛》と呼ばれる悍ましい不定形怪物を産み落として周辺地域へと侵攻させて、生きとし生ける者に対して無差別な捕食を行う。


 世にも悍ましき、世にも冒涜的で背徳的な兵器。

 それが《信仰兵器》なのである(本当に狂信者共の発想はロクでもねえな)。


 現在、件のエリア7に残存する《信仰兵器》は休眠状態であるが、いつ活動が再開されるかわからない。当然、無視や放置を決め込めるものではない。


「くっ……そんなもの……貴様等には関係の無いことだろう!?」


「ンなわけあるか。

 レザリア王国は、アルザーノ帝国の隣なのよ? ひとごとじゃないの」


 こいつらは本当に自分達のことしか考えてないんだな、と腹立たしく思う。

 異教徒はこいつらにとって人じゃないのだ。


「私は対・信仰兵器戦のプロよ。実績なら先の大戦で腐るほど上げた。

 四の五の言わずに私を神聖聖堂騎士団に登用して、部隊を一つ寄越せ。

 なんとかしてやるから」


 ふん、と鼻を鳴らす私に。

 モレー卿はしばらくの間、押し黙って……やがてニヤリと笑って言った。


「結論を言おう。NOだ」


「……理由を聞かせてもらっても?」


「決まっているだろう?

 我々は誇り高き崇高なる聖エリサレス教徒、神の使徒なのだ。

 我々は決して、貴様ら帝国国教会……異教の異端者共の手は借りぬ!」


 帝国国教会も、聖エリサレス教会も、源流は同じ宗教だったでしょうに……

 私はもう何度目かわからない深いため息を吐いた。


「……信仰を抱いて、民に溺死しろと?」


「それが我々聖エリサレス教徒の本望なのだよ。民もそれを望んでいる」


「……話にならないわね」


「まったくだな。”神の教えを知るべし。知らぬことが、人々を滅びに導く”……貴様ら無知な異端者どもは、もっと我らの聖書を読んで啓蒙されるべきだな」


「フン。”なすべき善を知って行わないなら、それはその人にとって罪である”……貴方達の古臭い教科書にはそうも書いてあったけど?」


「減らず口を……!」


 その時、苛立ったモレー卿が手を上げた。


 それが何らかの合図であったのだろう。


 ばんっ!!


 円卓礼拝堂の扉を蹴り開けて、十数名近い聖堂騎士達が雪崩れ込んで来た。

 そして、あっという間に私を取り囲んでしまう。


(……先刻、私がノした連中とは比べ物にならないほどの精鋭だわ。

 恐らく、騎士階は”聖騎士”以上……)


 私は自分に剣を向けてくる騎士達を、そう値踏みした。


 そして、形勢は逆転したと言わんばかりに、モレー卿が笑った。


「話は終わりだ! これより異端審問会を行う!!」


 おおおっ! と、礼拝堂内に歓喜の歓声が上がった。


「被告は、異端者イヴ=イグナイト!!

 罪状は、我らの信仰を穢した罪! 聖書を冒涜した罪!

 この女は最早、救われがたい魔女であり、火刑による肉体と魂の浄化こそが妥当と考えるが、いかに!?」


「然り!」「然り!」「然り!」「然り!」「然り!」


 モレー卿の煽りに、その場の一同は大盛り上がりだった。


「ふっ……早くも判決は決まったな! その魔女を連れて行け!」


「はっ!」


 そして、モレー卿の命を受けて、私を拘束しようと騎士達が剣を構えてにじり寄ってくる。


 そんな光景を前に、私はニヤリと不敵に笑った。


「へぇ? 火刑? この私を? どんな風に?

 ひょっとして……こんな風に?」


 ぱちん。

 私が指を打ち鳴らすと。


 次の瞬間、礼拝堂内が紅蓮に染まった。


「「「「ぎゃあああああああああああああああああああ!?」」」」


 礼拝堂内の空間を隙間なく埋め尽くすように、炎が爆発的に満たしたのだ。

 当然、モレー卿を筆頭とした礼拝堂内に居た者達は瞬時に火達磨となり、苦悶の悲鳴を上げて、のたうち回ることになった。


 騎士達も自分の身体を包む炎を消し止めようと滑稽に転がり回るが、礼拝堂内の空間は全て炎で満たされているし、そもそもその炎は、何をどうやっても消し止めることなど敵わない性質のものだ。


 当然、その炎の正体は私の魔術である。


「……眷属秘呪シークレット【第七園】。

 私は自身の領域内において、炎を詠唱破棄、ノータイムで自在に操れる」


 全てが赤い、この世の終わりような阿鼻叫喚の大焦熱地獄の中で、私は頭の後ろで手を組み、卓の上に足を投げ出して、涼しげに言った。


 この私が無策でこんな敵地に来るわけないでしょうに。

 やれやれ、この私も随分と舐められたものだわ。


「ひ、ひぃいいいいい!? あ、熱ぃいいいいいい!? 死ぬぅううううう!?」


「安心なさい。私は優しいから、熱ベクトルを制御して、身体にダメージはないようにしてるわ。まぁ、身体を焼かれる苦痛はそのままにしてあるけど」


「ひぎいいいいいいいいいいいいいいーーっ!? あがああああああ!?」


「と、いうわけで。早速、改めて交渉に入りましょうか? モレー卿。

 なるべく双方が納得できる結論となるよう、、ね?」


 燃えさかる焦熱地獄の中で、私はにっこりと笑った。


 やばい。今の私、多分、もの凄く爽やかで、地獄の悪魔も裸足で逃げ出す邪悪な笑みをしてると思う。

 でもほら? やっぱクズ共を痛めつけるって、胸がすくのよねぇ? うふふ……


「あ、そうそう。

 恐れ多くも、この若輩の私に任せてくれる部隊についてなんだけど……

 一つ、私から希望を出してもいいかしら?

 その部隊名は――……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る