最後の勇者にまつわる備忘録

ばりるべい

想いを馳せる

「切り札」は判断に迷っていた。


切り札とは彼の名前である。当然ながら本名では無いが彼の仲間は彼を切り札と呼んでいた。


また、彼もそれを受け入れていた。元より彼らの住まう惑星では名前の概念が希薄な文化なのだ。


幼年期、青年期、高年期、老年期、あるいはそう言った節目以外の機会ー例えば、ある功績によって地位を得たり名声を得た等ーにおいても改名する事は一般的な事だった。


 


さて、切り札が判断に迷っている事態と言うのは彼が任務によって訪れていた星で保護した子供の事だった。


切り札が訪れたその星は、惑星の地表の実に約60パーセントが鬱蒼とした森林で覆われていた。幾つかの大海と片手の指で数える程しかない島状の大陸以外には、ただただ広大な森林と山脈があるばかりだった。そして、その惑星に文明を築いた知的生命体と言えば他の種族の文明と比較してもかなり未熟、未発達な文明だった。鉱石を研磨して作った石器の類で狩猟を行う生活を数十人程度の群れで行うと言う、切り札の種族が把握しているこのマルチバース内の知的生命体ー更にその中の物理的文明を発達させた種族ーの中でもかなり原始的な生活を営んでいるのであった。


しかし、こう言った未熟で他の文明ー自身の力で宇宙空間へと進出し他の種族や惑星に対し侵略を行う者達ーに対する自衛の手段を持たない種族を保護し、時に制裁を下し時に導くのが切り札の種族が自らに課した使命なのであった。


切り札はその種族の個体に擬態し共同で生活する集団ー彼らは村と呼んでいたーその中でも大陸の中央部に位置する小島ほどの大きさの湖畔の周辺にある村に逸れものとして紛れ込んで生活を共にし、彼らの文明レベルを詳細に把握して「恒星間サイン」で本星に情報を送る生活を三百年程続けた。


そしてその日が来た。


 


自然が豊かで怪獣と呼ばれる生物が多く住まうその星を、とある侵略行為を頻繁に行う種族ー切り札の種族は彼らを「ヴェンダリスタ星人」とよんでいたーが怪獣の捕獲に訪れた。切り札は力無き者達を悪魔の魔の手から守る為自らの正体と本来の姿を晒し、ヴェンダリスタ星人の操る怪獣達と死闘を繰り広げた。


 


ヴェンダリスタが繰り出した怪獣は「宇宙の悪魔」と切り札達が呼んでいる凶悪な怪物だった。


巨人と悪魔は互いに睨み合い、湖の辺りで熾烈な取っ組み合いを始めた。切り札は毎時1000キロもの速度で大地を駆け、渾身の両足蹴りを放った。


悪魔は尾を体ごとスイングして迎撃したが、切り札は自身にかかる重力を打ち消す事で大きく宙を舞い、悪魔の打撃を躱わしながら自身の攻撃を悪魔の背面に撃ち込んだ。悪魔は体勢を立て直そうともがくが、切り札は隙を与える事を良しとしない信条を持っていた。切り札はうつ伏せになった悪魔の上に馬乗りになり9万8000tの握力を持つ自身の拳を悪魔の頭部に何発も叩き込んだ。


「デァァァッ!」


切り札の咆哮が湖畔に響く。


悪魔は全身をくねらせる事で切り札を振り解いた。悪魔が地獄の釜を思わせる口を大きく開いた。悪魔の最大の武器の一つである青色光波熱線を放つつもりの様だ。切り札が両手で長方形を描くと青色の光の壁が出現した。悪魔の熱線は切り札に僅かながらもダメージを与えられなかった。


切り札は自身の胸部の球体状の器官から電撃を放った。電撃が命中した事で悪魔は全身が痙攣を始めた。口からは泡を吐いており呼吸は不自然に途切れ尾は激しくのたうち回っている。電撃が悪魔の全身を駆け巡り身体に悪影響をもたらしているのだ。悪魔は青い輝きを放つ巨大な球体に姿を変えた。


勝ち目がないと踏んだ飼い主たるヴェンダリスタは逃げる様に命令した様だ。


「ヘヤァッ!」


切り札は上体を大きく左後ろに仰け反らせ、体を元に捻りながら両の手を大きくL字に組んだ。


L字の両手から黄金色の輝きを放つ閃光ーメタリウム光波熱線ーが放たれた。


光線は青き光球に直撃し更なる閃光と爆音と共に悪魔は爆散した。


 


ヴェンダリスタの輸送船は手札の消失を認めるや否や亜光速で大気圏内からの脱出を図った。


しかし、超人としての力を発揮した切り札に一瞬の内に追い付かれ、切り札の額より放たれた青色光波熱線、パンチレーザーが機関部を破壊し船体全体に伝達した超高熱によって融解・爆発し輸送船は宇宙の藻屑と化した。


 


切り札は変身を解き、地上に戻ったが彼を迎え入れる者の姿は無かった。皆、巨人達の壮絶な戦いに巻き込まれ命を落としたのだった。


切り札は生存者を求めて湖畔の周囲一帯を三日三晩彷徨った。


そして遂に生存者の姿を認めた。巨木の影に横たわっていたのはまだ幼い子供だった。そしてたった一人の生き残りだった。


切り札はこの星に居続ける事は出来ない為、この子供の面倒を見る事は出来なかった。切り札はこの少年がこのまま傷を癒すのを見届けた後本星に帰還するか、本星の聖職者達に依頼してこの少年を自分達と同じ超人へと進化させ、本星に連れ帰って自分が面倒を見続ける事にするかと二つの考えのどちらをとるかで判断に迷っていた。


 


聖職者達と切り札達戦士は、同族の中ではあまり仲が良いとは言えなかった。それは、双方の出自に関係があるのだが今ではそれを知る者の方が少なかった。ともかく、切り札にとって聖職者達はとっつきにくい連中であった。最も切り札が少年を超人に進化させる様に聖職者達に依頼したとしても彼らが拒否しないだろう事は分かっていた。切り札は少年から生きたいと言う強い意志を感じていた。


切り札は少年を超人化させる事に決めた。


 


超人化した少年は切り札の元で真っ直ぐに成長し、やがて切り札と同じ職を志す様になった。


切り札の義理の兄である恒点観測員の息子を憧れの目で見つめやがて彼の様になるのだと息巻いた。


切り札は成長した少年に万感の想いを込めて新たな名を送った。


 


「最後の勇者」

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