魔法少女a
@u-b1ume_si3
プロローグ
バラの花が見頃をむかえそうな宮殿の庭で紅茶を楽しんでいる。
今日の紅茶はルナルナでお気に入りのローズヒップティー。去年のものがまだ1回分残っていた。
ひと足早くバラの香りに包まれた庭に座っていると、占星術師の女が羽織っている白衣をはためかせながらこちらに向かって歩いてきた。
高い位置で結ったポニーテールが歩く度ふわふわと揺れる。
わたくしの前まで歩いて来ると徐ろにひざまづいた。
「ルカ王女。お休みのところ申し訳ございません。」
「構わないわ。用件は何かしら?」
ちらりと視線をやり、そう言った。
彼女は呼吸を整え、ついに意を決してといった雰囲気で重々しく口を開いた。
「……ルカ王女、報告致します。ジェムの導きが記されました。」
手渡された魔法紙には4人の名前が記されていた。
この4人が、今度の魔法少女としての責務を負うのか。
胸の奥が、きゅうっと締め付けられるような心地がする。
「…あの。ルカちゃ、」
言いかけて、ハッとして言い直したらしい。
「ルカ王女。本当に、…本当に実行するの、ですか?」
「ふわり。これはしきたり。そこに、情は要らない。」
「……。承知、いたしました。」
俯いていたせいで顔は見えなかったが、声は涙で震えていた。
「ご苦労さま。下がっていいわ。」
「…はい、失礼致します。」
立ち上がって、またポニーテールをふわふわさせながら去って行った。
その背中を見つめながら、何も思うところがなかった訳では無い。
しかし、既に決断したわたくしのこれからの行動を、覆すつもりは無い。これは、決定事項だ。
カップに残ったひとくち分を流し込み、ソーサーにカップを置いた。
風が吹いた。バラが香った。髪が靡いた。風に揺らいだバラの花びらは耐えきれず、1枚だけ舞った。ひらひらと。風をたゆたうままに、舞いゆく。そして、耐えきれず舞った1枚のバラは最終的にティーカップの中に落ちた。
「あら、」
「ルカ様、もう1杯飲まれますか?」
隣で立っていた執事のリトが尋ねた。
「いいえ。」
「左様でございますか。」
「ええ。お茶の時間はおしまい。」
思いっきり伸びをして、深呼吸した。
「では、わたくしは部屋に戻るわ。書き物をしないと。」
「かしこまりました。」
一礼するメイドの横を通り過ぎて、庭を出た。王宮に入り、階段を上り、自室へ続く廊下を歩いていく。すれ違う人は誰もいない。2人分の足音だけが響いている。
「……ねえ、リト。」
「なんでございましょう?」
「謝るという行為は、結局は自分がした行いに対して自分が許されたい為のエゴなのよ。」
「……。」
「謝ったところで、自分がしてしまった行為の事実は無くなるものでは無いし。相手が傷ついている事実も変わらない。許されたいなんておこがましいのよ。」
「はあ、、、」
「……なーんて。ごめんなさいね、突然こんな話。」
少しだけ口角を上げて微笑んでみる。
リトは困惑した表情を隠そうしたのか、慌てて微笑み返してくれた。
「いえ。罪悪感が拭えない、ということでございましょうか。」
「…んー、そうねぇ。」
ふっ、と笑ってみた。
要はそういうことなのかもしれない。罪悪感、という言葉が適切かどうかはわからないけれど。
部屋の前に着き、リトが扉を開けようとしたところで礼を言って別れた。
扉を開けると、昼下がりの眩しい光が部屋を包み込んでいた。悩みごとなんて光飛びさせそうなくらい。憂鬱を感じさせない眩しさだった。
バルコニーから見える景色は今日も緑豊かで、しゃぼん玉でも吹きたくなる。光が反射してきっと綺麗にわたくしの目に映るのだろう。
しばらく、時間を忘れてバルコニーからの景色を眺めていた。
「あ、忘れるところでしたわ。」
そして、封筒がぎっしり詰められた戸棚を開ける。それはカラートーンごとにわけられていて、 そこからパステルカラーの段の引き出しを開ける。パステルカラーの封筒をピンクに紫、青に黄色をそれぞれ1枚ずつ選んだ。
シーリングワックスの小瓶が並ぶ戸棚からは白銀っぽい色を選んで数本だけ。
宝石の欠片を砕いて作った手作りのインクが入った万年筆は、わたくしのお気に入り。今日はラピスラズリとの欠片。
今から書くのは招待状。
その名目はアフタヌーンティー。
実際には、そんな誰しもが想い描き憧れるような、中世ヨーロッパを彷彿とさせる装飾の施されたような薔薇の咲きほこる庭園も、ピンクピンクしたふわふわきらきらの甘ったるいものは無いのだけれど。
それでも、それがしきたりだから。
これから待ち受ける彼女たちの運命を、無骨に無情に砕くもの。
それは、わたくしにとっては希望。
彼女たちにとっては絶望。
仮に、彼女たちと同じ立場に立ったとき。
わたくしなら多分、いや、絶対に取り乱してしまうだろう。
それが例え、多くの人々を救うのだと諭されても。
彼女たちは、この王国の運命を託されたのだ。
本当に、ほんとうに申し訳なく思う。
運命を託された、というよりも。託してしまった、の方が適切かもしれない。
だって。わたくしにはもう、どうすることもできない。
わたくしも女王になりたいのだ。
わたくしこそが、今この国の女王になるべきなのだ。
これは宿命だ。
運命なのだ。
でも。今のこのままではわたくしに王位がまわってくる前に、王国が崩壊してしまう。
そのためには王を、私利私欲と金に溺れた王を、怠惰で自分勝手な貴族どもを、降ろさなければならない。
これは正しいことなのだ。
信頼ある占星術師と、預言者によって導き出された正回答で、先代の魔法少女達がこの王国を幾度となく救ってきたのだ。
わたくしは何も間違っていない。
王国の民たちを救えるのだ。
この行為は尊ぶことで、名誉あるものなのだ。
……。
…本当に?
いいえ、疑ってはいけない。
ずっとそうしてきたのだ。お祖父様の代よりもずっと前、この王国が建国されたときからずっと。
歴史あるこの行為は意味あるもので、崇高なもの。
わたくしたちを救ってくれる唯一の、道しるべ。
貴女たちが、貴女たちだけが、希望の光だ。
丁寧に宛名をそれぞれの封筒に記していく。
春見ゆら 様
美澄沙羅 様
暁月碧望 様
玉城綺名 様
万年筆を置いて、ふうっと息を吐き出して気づいた。
呼吸が止まっていたみたいだ。
緊張しているのだろうか。
震える手で招待状と使いきりの片道切符を封筒に入れた。
マッチを擦って、キャンドルに火を灯す。
スプーンをちょっとだけ温める。このスプーンはハンドル部分にいちごとガーリーなリボンの彫刻がロココ調に施されている。これも、わたくしのお気に入り。
白銀の蝋の棒を温めたスプーンに押し付ける。
優美な炎にあてられて、夢の中の微睡みへと誘われるかのように、白銀の蝋が溶けてゆく。
手紙の上に溶かした蝋を垂らして、妖精のおしろいを小さなスプーンでひと掬い振りかけ、スタンプする。まだ熱い蝋が、ヘッドとハンドルの重みでじゅわじゅわと潰されていく。ぷっくりとした縁の盛り上がりが可愛らしい。
ヘッドは王国のシンボルマーク、ユリと有明の月の家紋。
蝋が固まるのを待って。宛名の隣にも家紋のスタンプを押した。
あとはこの招待状を召使いによって遣わせれば、彼女たちの元に。
「……ッ。」
手を組んで、祈った。
鮮烈に。衝動的に。盲目に。
どうか、わたくしたちを。
……わたくしをお救いください。
こうするしかないほどまでに、堕落してしまった我が国王をお赦しください。
冷たいものが頬を伝った。
それはパステルイエローの封筒の上に落ちて、感情の染みと歪みを作ったらしかった。
4人分をまとめて、丁寧にレースで包んだ。
リトに渡したのは夕方過ぎだった。
恐らく、明日には届くのだろう。
もう、後戻りはできない。
***
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