第22話 できることから行動に移す
とりあえず猫を預かっている間に必要な情報はこれくらいだろう。
次は少し先の、ゴールを見越した情報が欲しい。
「よしっ。……次は里親か」
インターネットブラウザのホームボタンを押し、検索エンジンのあるウェブページに戻る。再び「子猫」と入力し、スペースを空けると、先ほどの検索履歴である「ご飯」が予測変換で出てくる。それを無視して、「里親」と入力し、エンターを押す。子猫の里親募集に関するウェブページが数百万件ヒットする。
「違うな。『里親募集』じゃなくて、『里親探し』だな」
検索窓をクリックし、「里親」の後ろに「探し」を入力して再度検索する。先ほどよりも検索結果が少ないが、それでも数十万件がヒットする。流石は情報社会だ。
その中から有益そうなウェブページをいくつか開いて、流し読みをする。
その結果分かったことは、とにもかくにもまずは動物病院で健康チェックをしてもらうのが第一だということだった。
「感染症とか怖いもんな」
料金は猫三匹で一万円もかからないようだ。これなら、俺一人でも捻出できる。安請け合いしたのは綾女だが、綾女にはこういったリアルな金銭情報は与えない方がよさそうだな。お金に悩まされる綾女は見たくない。
動物の預かりサービスなんかもあるようだが、とても毎日利用していられるような料金じゃなかったので、そこは母さんに協力してもらうことにしよう。綾女の家は共働きだから、選択肢は俺の母さんしか残っていないし。まあ、ダメなら最悪学校に連れていくことも考えないとな。大人しくしてくれるなら、教師もうるさくは言わないだろう。
そのまま近くの動物病院をチェックする。徒歩で行けそうな動物病院はなかったが、幸いにも俺と綾女が通う南斗高校の近くに動物病院があった。通学路から少し外れているので、気づかなかったようだ。これなら、通学定期で行ける。
「えっと、水曜日と祝日が休みで、日曜日は午前のみ、と。夕方遅くまでやってるけど、帰宅してたら間に合わないな。早くて土曜日だな」
一通り今必要な情報を調べ終わったので、パソコンをシャットダウンする。パソコンの電源が切れるより早く、リビングを出て俺の部屋に向かう。
俺の部屋では綾女がティッシュを片手に子猫と遊んでいた。
「ほらほらー。クロはティッシュ掴みが上手だねー。あ、太一」
綾女が顔を上げる。柔らかな笑顔だった。
「綾女。とりあえず、調べてきた。まずはこの子猫のご飯だけど――」
綾女に調べてきたことを報告する。ご飯のこと、健康チェックのこと、動物病院のこと。ただし、動物病院の診察料だけは意図的に伏せた。綾女が気にする必要のない現実だからだ。
「そっかー。じゃあ、私、牛乳買ってくるよー」
綾女がベッドから立ち上がる。
「おう。その間、今度は俺が世話してるよ」
俺も綾女みたいに子猫と遊んでみたかった。だが、綾女は「チッチッチ」と指を振る。
「太一には、里親募集のポスターを作って欲しいの。ほら、私、美術の成績アレだから……」
綾女は昔から美的センスが相当アレだ。夏休みのポスター制作で、担任教師から「ちゅ、抽象画?」と評価されたこともある。写真を使うにしても、文字のフォントとか見やすさとかその他諸々ダメそうだ。
「そ、そうだな。ポスターは俺が作るよ。チラシっぽくなるかもだけど、A4サイズでいいか?」
画用紙を買いに行くのは手間だ。自宅にある紙で済ませたい。それに、A4サイズならパソコンで作って印刷すればいい。小一時間で作れるだろう。あ、リビングのパソコン、シャットダウンしなければよかったな。
「うん。なるべく人の目を引くようなキャッチーなのがいいよー」
難しい注文だ。でも、綾女が望むなら、俺は全力を尽くすだけだ。
「分かった。サクッと作ってみるから、二人で仕上げよう」
「うん。じゃあ、私はスーパーに行ってくるよー」
段ボール箱を抱えて、綾女と二人で俺の部屋を出る。先ほどから移動ばっかりで、猫たちには少し申し訳ない。
そのまま綾女は玄関に、俺は再びリビングに向かう。リビングのテーブルの上に段ボール箱を置いて、再びパソコンを起動させる。パソコンが起動するまでの束の間、俺はシロの目の前に右手の小指を差し出し、チロチロと左右に振って見せる。その動きに合わせて、シロの目が揺れる。
「ははっ。可愛いなー」
綾女が夢中になるのも頷ける。
シロが少し爪を立てて俺の小指を引っかきだした頃、パソコンの起動音が鳴った。
パソコンの前に腰を下ろし、ポスターを作れそうな文書作成ソフトを起動する。
そのままデフォルトのフォントで必要そうなことをメモする。
「写真は後でデジカメで撮るとして、必要そうなことは……っと」
見出し。年齢や性別といった猫の特徴。連絡先。こんなところかな。
「見出し……オーソドックスに『里親募集』でいいか」
見出しを入力し、それっぽいフォントに変更し、文字を太くする。そして、文字に色をつける。目につくように赤にした。
「年齢……分からないけど、とりあえず『生後数か月』かな。性別……性別?」
そう言えば、まだチェックしていなかった。今はまだいいけど、メスなら避妊、オスなら去勢といった手術も大事になる。重要な情報だ。
段ボール箱を覗き込み、クロ、シロ、サクラの順に後ろ足の付け根の辺りをチェックする。
「失敬、失敬っと。……クロがオス、シロもオス、サクラがメスだな」
成猫じゃなくてよかった。発情期なら更に子猫が増えるところだったかもしれない。
その情報を入力する。『黒猫、オス。白猫、オス。茶トラ、メス』と。名前はつけているけど、里親によっては自分で名づけたいかもしれないので、その情報は意図的に隠すことにした。
「連絡先は俺の携帯電話でいいな」
あまり不特定多数が目にするところに自分の個人情報を記載したくはなかったが、四の五の言っていられない。綾女の連絡先を晒すより、俺の方が数倍安全だろう。
おおよそポスターの全体像が書けたところで、玄関の扉がガチャリと開いた。
「お邪魔しまーす。太一、上がるよー」
綾女の声だ。
「おう。リビングにいる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます