【エッセイ】西荻窪さんぽ

カナコ

本文

首からカメラを下げていると、色んな人が私のカメラに関心を持ってのぞいてくる。「この子はどこへ行くのだろう」そういう目を感じながら電車に揺られた。


 西荻窪に来るのは今日が2度目である。夕方の斜めになった赤い陽が、コンクリートの地面を打ち続けて暑い。9月に入っても容赦のない気候が恨めしい。カメラのネックストラップが首に絡みついて汗が滲む。後日汗疹がでたのは多分この時のせい。


 右に進み、商店街へ。いわゆる「すずらん型」と呼ばれる電飾が並ぶ。賑わった場所だった。肉屋も八百屋も、最近できたばかりのカフェも、同じように並んでいる。私と一緒に歩くスーツの男女は、背が曲がり、おそらく帰宅途中で、いつもと同じ風景に目も向けない。私にとっては見慣れず異国に来たような感覚でも、彼らには日常のひとつなのである。


 思い返すと、私の地元には商店街はなく、あっても、どこもシャッターが降りた閑散とした通りでしかない。真横にできたイオンモールに全ての客足が向いたのだ。これが当たり前、これが普通、私も将来ここで家庭を持ち子どもを育てるのだ。つい5年ぐらい前までそんなことを当然のように考えていた。そのあとは、私の見ている世界が広がるに伴って、少しずつ地元の色の無さに気が付き始めた。よく探せば輝く土地なのかも知れない。でも、既に遠い記憶となった地元はもうグレー色の印象だ。


 私にとっての西荻窪は未だ鮮やかで、眩しくて羨ましく思える。スーツの彼らにとっては、どう映っているのだろう?


 


 すずらん型にも2種類あるようで、ポールから六角形が2つ下がっているもの、丸が3つ下がっているもの、という具合だ。私は最初、3つのほうに向かってカメラを構えた。後ろに立つスーツの男性は、どこにレンズを向けているのかを目で追っている。


 しばらく歩いたら、川の匂いがした。東京の川の匂いだ。人の匂いと機械の匂いが混ざり、ツンと肺まで刺されるような、そんな風に東京の川の匂いがする。私はその時どこか安心した。異国にいるのだと思っていた。でも、この時初めて知っている匂いがした。東京でしか嗅げない嫌な匂い。実家の真横も大きな川だったことを思い出す。そこではそんな匂いはなかったのに。


 覚えている地元の話はこんなことぐらいだったのに、西荻窪も地元もそう遠くない場所だと、匂いのする川は教えてくれた。

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