重力膜

波斗

XXXXX

・希望・


その巨艦は滑るように宙に浮くと、青白い炎を吹き出しながらゆっくりと空へと向かい始めた。プリンス・オブ・カシオペア(370000トン)である。まだ誰も見たことがない«空»の向こうを目指して、そして人類の夢を叶えるために。


地上で見守る大勢の群衆をなだめるかのように、フィールドが展開され亜空間高速移動エンジンが起動した。


光速に近い速度でカシオペアは成層圏を突破し、宇宙へと到達するはずだった。それは一瞬だった。


その巨艦はまるで断末魔を叫ぶように金属がきしむ音を出したあと、まるで巨大なハンマーに叩き潰されたかのように潰れ、破片を撒き散らしながら墜落した。


前回の教訓から、できるだけ船舶は遠ざけていたにも関わらず30隻近い飛行艦が衝撃波に巻き込まれ跡形もなく消し飛んだ。


第七回重力膜調査隊800人は前の6回がそうであったように永遠に帰らぬ人となったたのだ。







・序章・

西暦2093年


52年前に突如として地球を囲むように出現した重力膜(ソラリス)の存在は依然人類の生活に大きな影響をもたらしていた。


ソラリスの外側からの物質はその重力に曲げられ決して地球に届くことがなくなったのである。


その結果地表の温度はマイナス120℃まで減少し動植物と人類の大半は死滅した。


国連が主体となって進めたプロジェクトで建設されたフロリダやロンドンなど世界13箇所に設けられた避難シェルターは当然九十億を超える人類を全員収容できるはずがなかったのだ。


ロシアを始めとする核保有国は弾道弾による核爆発でのソラリスの破壊を狙ったが、放射能により、無意味に死者を増やしただけだった。当時第三次世界大戦の復興最中だったためか、死者の増大に拍車をかけた。


人種差別とは無くならないものだ。


第6シェルター(ウイグル支部)の第三ブロックで俺はそう思いながら中継映像を眺めていた。


白人が主体となって進めたこの系外探査プロジェクトはそもそも最初から無理があったんだ。


その時、施設内のスピーカーからサイレンがけたたましく鳴り始めた。出動命令だ。どうせ墜落した作業船の救助だろう。


上の連中は無能な奴ばっかりだからこうやっていつも数千名の死傷者を出すんだ。きっと助からないだろう。たいていの作業船は気圧服や救命艇を搭載しているが、墜落したらその装備も破損するし、そもそも衝撃波を浴びてまともに動ける奴なんていない。


行くだけ貴重な燃料を無駄使いするだけなのに。



・余談・


ソラリスは時空間の歪みではなく空間上の波動関数のずれであることは証明されているのだが、そのずれが歪み(ボイド)を生みだし、結果的に時空間の混乱につながっていた。


いわゆる時空移転である。ソラリスが出現した2041年7月12日からいくつもの空間移転及び時空間の歪みによる様々な怪奇現象が発生しているが、初めの例である207号便出現はこの時空移転の代表格ともいえる。


それはソラリス出現から5年程たった年の事だった。ワルシャワの第9シェルターの観測隊が旧地中海のイタリア沿岸あたりに一機のジャンボジェット機を発見したのだ。


別にその時は特に気にされなかった。ソラリス出現で遭難した船舶、航空機、車両、人間は無数にいるからだ。だが、半導体回収のため後日向かった調査隊は機体が異様な程に原型を保っていることに気付いたのだ。


そもそも遭難した航空機は海中に没するため氷上にあることは無いがこのジェット機は氷上にぽつんとあったのだ。不思議に思った調査隊は機内へ乗り込んだ。


凍った死体があると誰もが想像していたが、予想に反して乗客はミイラ化していた。


更に機体の胴体には海辺でしか生息しない貝が付着していた。


後の調査で機体は2026年に行栄不明となったカヴ―ル航空の207便と分かったのだが、これがまた不思議で、鑑定の結果、死体は死後2万年以上が経過していることが分かった。


同様のタイムパラドックス案件が他のシェルターでも確認されたことからここになって人類はソラリスが時空間への影響を及ぼしていると認識せざる終えなかったのだ。





・墜落・


足ばやに俺は勤務先の第三ドックに向かった。案の定、航空パッドでは多くの作業員たちがティルトローター機の準備をしていた。


上司に呼び立てられ結果的に救助機に同乗することになった。こうはいっても俺医者だからだ。急いで気圧服を着る。資格なんて取るんじゃ無かったと思う俺をよそにウイグル支部所属のCH74型輸送ヘリコプター3機は順次ハッチが開き次第離陸していった。


もともとこのヘリは中国空軍が第三次世界大戦の台湾進攻前後に北方で使用していた斬撃5型ヘリに防寒と気圧維持の改修を施したものだ。

搭載量も性能も西側のヘリとは比べ物にならないほど高性能だ。


さっさと近くの機に乗り込むと自動でドアが閉まった。ざっと20人前後の隊員と自立型の救助ロボット数体が乗り込んでいたが、一軒家が入る大きさのキャビンだから何かと広く感じる。


急にエレベータが動いた時のように体が重くなった。


離陸したのだ。


これから死ぬかもしれない奴らと話す気はなかったので近くにあった窓を覗いてみた。窓の外には一面凍った世界が広がっていた。



ほんと俺は運がいいんだか悪いんだか。


ヘリが離陸してから40分後にブリザードに巻き込まれて墜落したとき俺は窓が割れて外へ吹き飛ばされた。俺は柔らかい雪の上に落ちたので幸運だった。


俺が落ちたところから少し離れた所で煙が上がっていたがそれもすぐに見えなくなった。


あの衝撃では気圧服も破けるだろう。


くっそ、ヴァイザーがいかれてやがる。パッドも割れている。


携帯食と絆創膏ぐらいしか持っていないっていうのに。そういえばここはどこだろう。


太平洋にヘリは向かっていたから日本海の辺りのはずだ。

ブリザードが収まって視界が晴れてきた。俺は目の前にあるものにあっと息をのんだ。



・死街・


目の前にあったのは巨塔だった。それもとてつもなく大きな。


旧世界の遺物でこんなに大きなものを見たのは俺も初めてだ。たしか横浜タワー、第三次世界大戦で首都を失い1億の犠牲を出し、中国の傀儡になった日本ジャップが戦後新首都横浜に作ったビルだ。


だが俺はそれよりも驚くものを目にとめた。


何かが光っている。それもぼんやりと、遠くで。当てもないので、どうせ死ぬならそれが何か確かめたいと思い、俺は足を踏み出した。


何時間、いや、何日だろう。俺はその光に向かってあるき続けた。近づくに連れ形がはっきりしてきた。どうやら船のようだ。


赤い船底を横にしてこれもまたぽつんとあった。周りの氷は不思議なことに平らだった。


またタイムパラドックス案件だろうか。だがよく見てみるとそれは船とはいても似つかない形だった。流線型で、洗礼されていて、プリンス・オブ・カシオペアが古代の城であるなら、これはもっと、そう、近代のビルとでも言うべきだろう。


全長はざっと700フィートほど。

入り口らしきものは見つからない。そこで今気づいた。


角がない。この構造物には曲線しか使われてないのだ。


さて、この一大発見を誰かに伝えるためには何かしらの手段が必要だ。


そう思っていたら近くにちょうどいいものを見つけた。


潜水艦だ。ロサンゼルス級原潜だと思う。


これも時空移転に巻き込まれたのか。

近づいて見ると上部ハッチが開いていたので、まあ、あまり気は乗らないが梯子を降りて中に入った。


死体は仕事柄何度も見ているが、旧世界の遺物に入るということはそれなりの覚悟が必要だ。一番最初の扉を開けて驚いた。ありえない、死体が腐敗している。


マイナス120℃では細菌は活動できないので死体は絶対に腐敗しないはずだ。


なのに乗組員は見るも無惨に腐敗している。近くの机にボロボロの手記がおいてあった。俺はそれを手にとって読み始めた。



・日誌・


2024年


2月21日

艦長がなんやらわめきたてている。第7艦隊との回線が途切れたようだ。どうせ中国の仕業だろう。大戦が近づくのを感じる。


2月22日

どうやらとんでもないことに巻き込まれたようだ。この艦自体がどこかの陸上に移転したそうだ。外部のカメラは全てダウンしてしまっている。3人の勇気ある下士官が気圧服を着て、外に調査に向かった。


2月23日

結局、一人も帰ってこなかった。下士官室でなにやら音がする。昨日も艦内で黒い人影を見たと騒ぎ立てる兵がいた。


2月24日

1人の兵が死んでいた。何人もが意味がわからない言葉をぶつぶつと唱えている。そして、


俺はそこで読むのをやめた。


背筋に冷たいものが走った。


後ろに何かがいる。それも、得体のしれない、何かが。振り向いた。


そこには椅子に座った腐敗した死体があるだけだ。


その時、俺はその死体の頭に深い傷があることに気づいた。


見間違いだったのか、それとも..........

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