婚約者を妹に取られましたが、社交パーティーの評価で見返してやるつもりです

第20話 イザベラの嘆き

　イザベラは成果を出すことを求められ続けた。それができなければ、現在の苦しいだけの暮らしから逃れることが出来ない。そう分かっていながら、状況を変えることはできなかった。

　想像もしていなかった暮らし。公爵夫人の立場を手に入れたら、何の不自由もない優雅な貴族の暮らしができると信じていたのに。現実は、その期待とかけ離れたものだった。

　イザベラが望んでいた公爵夫人の暮らし。豪華な衣装に身を包み、贅沢な食事を楽しみ、社交界の華として輝く日々。しかし、それを何一つ得られないまま。今では平民のように質素な生活を強いられている。使用人にさえ、以前のような威厳を示すこともできない。

　朝から晩まで、毎日のように社交パーティーのことを考え続ける日々。嫌になる。

　婚約者だったはずのダミアンは、今では冷たい監視者でしかなかった。彼は助けてくれず、ただ監視を続けるだけ。成果を出すことを求め続ける厳しい目は、まるで敵を見るかのようだった。

　そんな彼とイザベラは、いつの間にか夫婦という関係になっていたらしい。手続きだけ済ませて、祝宴も祝福もない、ただの手続きだけの結婚。イザベラが夢見ていた豪華な結婚パーティーなど、もはや叶わない夢となっていた。華やかな祝福の席で、皆の注目を集める花嫁になるという願いも、打ち砕かれたままだった。

　時折、イザベラは過去の行動を振り返る。自分のアイデアだと嘘をついたこと、姉の功績を自分のものにしようとしたこと、婚約相手を奪ってしまったこと。しかし、その振り返りは真摯な反省ではなく、ただの後悔の念でしかなかった。

「こんなことになってしまって……。なんて私は不幸なの」

　自分の運のない境遇を嘆くばかりで、過ちを認めることはなかった。

　一方、ブラックソーン家の当主は、息子への厳しい処刑の代わりとして、この状況を選んでいた。イザベラに成果を出させることで、息子の立場を回復させる。それが、父としての精一杯の慈悲だった。

　当主は、イザベラに参考となる資料を用意させた。社交界の最新情報や、成功したパーティーの記録。それを基に、新しいアイデアを生み出せと支援を続ける。

　イザベラと同じような暮らしを強いられているダミアン。彼も以前の立場と暮らしを取り戻したいと願い、イザベラに新しい計画を考えるよう催促し続ける。

「だから言われなくたって、私はちゃんと考えているわよ！」

「本当か？」

　手伝おうとしないくせに、口だけ出してくるダミアンの態度に、イザベラは苛立ちを募らせていく。手伝ってと言っても、「俺には無理だ」と拒否するだけ。そのくせに文句を言ってくる。

　送られてくる資料には、姉の活躍についても詳しく記されていた。ヴィクトリアの成功例を見せつけられるたびに、お前はどうなんだと嘲笑われているような気がしてイザベラは焦りを感じた。

「お姉様がこれだけの成果を上げているんだから、私だって……！」

　その一心で考えた計画は、しかし何度も却下された。老執事は丁寧にアドバイスを送ろうとしたが、イザベラは聞く耳を持たなかった。

「どうせ私の計画なんて、最初から認める気がないんでしょう」

　そう決めつけ、助言を拒絶する。成長の機会を自ら閉ざしていることにも、気づこうとはしなかった。協力を拒否するイザベラを見て、老執事は呆れる。

　呆れられていることにもイザベラは気付かなかった。老執事やブラックソーン家の当主を悪者扱いして、自分の計画を受け入れる気がないのだと思い込んでいた。

　同じことの何度も繰り返し日々だった。自分の不遇を嘆き、他人を責め、現状から目を背け続ける。そうして月日は過ぎていく。イザベラの心に、真の反省が芽生えることはなかった。死ぬまでずっと、後悔と自己憐憫の日々を送る。

　それが、成長を拒み続けた彼女の選んだ道だった。華やかな未来を夢見ていた彼女の人生は、暗い結末を迎えることとなる。