第12話 拒絶

 ヴィクトリアが用事で実家に戻ってきた際、遠くから呼ぶ声が聞こえてきた。


「お姉様!」


 その呼び方から、ヴィクトリアは声の主がイザベラだと察した。関わりたくないと思いつつも、ヴィクトリアは立ち止まって振り返った。予想通り、走り寄ってきたのはイザベラだった。


「あら、イザベラ。久しぶりね」


 ヴィクトリアは内心の気持ちを隠し、普通に接した。イザベラは、ヴィクトリアの表情を見て安堵した。これなら、願いを聞いてもらえるかもしれないと期待を抱いた。


「助けて下さい!」

「……え? 助けて、って何を?」


 いきなり助けてと言われて困惑するヴィクトリア。少し考えると思い当たることがあった。けれど、あえて気づかないふりをして話を続けた。


「パーティーの段取りについて! 私に、もっと上手くやる方法を教えて下さい!」


 ヴィクトリアは、イザベラが段取りするパーティーがあまり上手くいっていないという噂を聞いていた。一部では好評だったが、最近ではその人たちも見放してしまうほど酷い状況になっているらしい。


 そんな状況になっても、パートナーのダミアンは関与しようとしない。準備と責任だけ押し付けられる。失敗したら、自分のせい。任せた側に問題はないと考えているのでしょう。ヴィクトリアは、自分の時も同じだったなと思い出す。そうだったら、少し可哀想でもある。


 ヴィクトリアは、イザベラが大変な状況に置かれていることを理解した。しかし、まさか自分を頼ってくるとは思ってもみなかった。


 功績やアイデアを奪ったという冤罪で貶めた相手を頼るなんて。そして、協力してくれると思うとは、なんて自分勝手な思考だろうか。しかも、謝罪もないまま助けを求めてきたことにも憤りを感じた。もちろん、謝ったからって許すつもりもなかったけれど。そう思うヴィクトリア。


 ヴィクトリアは、自分のことをそんなに優しい人間ではないと思っていた。あの件については今も怒りを感じており、許してはいなかった。ただし、復讐するつもりもない。結果的に、エドワードと出会うきっかけを与えてくれたことに感謝もしていた。


 だからこそヴィクトリアは、これ以上関わらないようにと決意し、イザベラに言葉をかけた。


「大丈夫よ。優秀なあなたなら、少しくらい失敗があっても問題ないでしょう。もう少し自分で考えて頑張って、正解を見つけなさい」

「で、でも……!」

「きっと出来る。私なんか頼る必要もないでしょ。それに、私も自分のことで忙しいから。あなたに協力している余裕はないの。ごめんなさいね」

「ちょ、待って」

「それでもダメなら、自分のパートナーを頼りなさい。私なんかよりも、きっと頼りになるはずだから」


 ヴィクトリアは一方的に告げ、イザベラの答えも聞かずに去っていった。しかし、周りから見れば、普通の会話で、妹を励ますような仲の良さそうな様子だった。だが実際は、関わりたくないヴィクトリアと、姉を利用しようとしたが断られてしまったイザベラという構図だった。


 残されたイザベラは、呆然とした。姉なら助けてくれると思っていた。言えば協力してくれると信じていた。血の繋がった妹なのだから、当然のことだと。だが、何のアドバイスも得られなかった。ただ、自分以外の誰かを頼れと言われただけだった。


 誰も助けてくれず、自分でなんとかするしかないと理解した。怒りが湧き上がってきた。なぜ、お姉様は私のことを助けてくれないの?


「なぜ、お姉様は私のことを助けてくれないの?」


 その問いは次第に、ヴィクトリアへの憎しみへと姿を変えていった。イザベラは、ヴィクトリアのことを薄情な姉だと思い、その感情を募らせる。


「こんな薄情な姉なんて知らない。これから私が成功しても、絶対に彼女は無視してやる」


 イザベラは、いつか今よりも大きな影響力を持つようになったら、ヴィクトリアに圧力をかけて後悔させてやると決意した。少し前、ヴィクトリアから婚約相手を奪い取り、評価を落としてやった時のような思いを再び味わわせてやりたいと考えた。


 イザベラにとって、ヴィクトリアへの復讐心が新しいモチベーションとなった。


「次は絶対に成功させてやる! 私だって、やれば出来るはずなんだから。そうよ、あんなお姉様を頼る必要なんてない」


 その言葉を何度も繰り返すうちに、根拠のない自信が溢れ出てきた。イザベラは、自分の力を証明するためにも、パーティーの成功に向けて猛進する決意を固めたのだった。

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