第12話 回天

( 5年前 )


 ズガァァアンッ  ゴァァアアアッ ズドオオォォォッ

 後方から米軍駆逐艦が落とした爆雷が母艦である伊号潜水艦に向けて爆発している。

 「無事に逃げ切ってくれ!」

 見えはしない後方を振り向いて祈る。


 人間魚雷回天 先端に250kg爆薬を2基搭載して敵艦に突っ込み自爆する。

 日本海軍が考案し、実践配備した鬼畜兵器だ。


 この時代の潜水艦としては最大級の伊号潜水艦に3基を搭載して出撃する、故障の多かった回天の例にもれずに、今回射出出来たのは(星城 真曹長)が乗機する2号機のみだった。


 1号機、3号機の搭乗員の無念は計り知れない、自爆するための訓練は三年に及ぶ。

 青春と人生の全てをかけた訓練が出撃することもかなわずに無駄に母艦と共に沈んだのでは浮かばれない。

 二人の分まで戦果をあげたかった。


 裸電球一つの狭く冷たい操縦席で真は絶望の冷や汗を額に浮かべていた。

 「だめだ、当たらない・・・」

 回天は一度潜れば再び浮上することは出来ない、予測される敵艦の位置に向けて速度と深度を調整して進む。

 速度が足りないのはギアが入らないからだ、速度が十分に出ていない、これでは予想位置に到達する前にバッテリー切れになる。

 走っていなければ沈降して海に沈むだけだ。

 

 「自爆するしか・・・ない」

 目標となる敵船に届く前に自爆、米軍は笑うだろう。

 しかし、沈降して圧壊するよりはましだ。

 冷たい汗が滲む手で自爆スイッチに手を伸ばした瞬間、ガクンッ 衝撃と共にモーターが停止、裸電球も消えた、全ての電源が消失した。

 ザアアアアッ ゴバァッ ゴバァッ

 真っ暗な操縦席に激しい海流の流れの音が響いてくる。

 「なんだ!?何が起こっているんだ」

 回天は激しい海流に揉まれて押し流されていく。

 バカアアアアッ ジェットコースターのように回天を弄ぶ海流、搭乗席の真は激しく揺さぶられ狭い壁に打ち付けられる。

 「ぐおっ!!」


 バシュッ


 気がついたときには激流は去り、静けさと裸電球の灯りが戻っていた。

 「!?}

 水の音が無い、着底しているような気がする。

 「おかしい・・・どうなっている」

 思い切って潜望鏡を伸ばす、除くと丸い何かが見えた。

 「なんだこれ・・・」

 さらに覗くと、それは・・・

 「!!」

 女の子の顔だった!!


回天は異世界に転移していた。


 イーヴァンは無理矢理に魔族の王を拝命させられ、納得出来ずに王職を投げ出して冥界迷宮を彷徨い歩るいていた。


 「まったく冗談じゃないわ!なんで私が王様なのよっ、サイラス叔父さんでいいじゃない」


 若い日のイーヴァンは可憐な少女に似合わず跳ねっ返りの強情娘、強いられれば必ず答えはノーだ。


 冥界迷宮に潜伏して一週間、探索しながら小さな魔獣を狩り、進んだ先にあったのは迷宮の核部分、ガランとした部屋は体育館サイズの広さがある。

 長らく人が立ち入った形跡はなく埃が積もっている。


 「なに、この部屋?」


 通路と違って照明もないのに明るい。

 迷宮の核は天井高くにある、巨大な赤い琥珀石。

 

 「なにか・・・動いている!?}

イーヴァンが見上げた核の中がゆらめいている。


 ゴウンッ ゴウンッ ゴォォウンッ 

 バァアッシュッ


 ズドンッ


 「きゃああっ」


 中央に大きな黒い円筒形の鉄の塊が出現した。

 濡れている スンッ イーヴァンが鼻を鳴らした。


 「海の匂い・・・」


 筒中央の凸から細い筒が伸びてくる、丸い目のような形。

 「これは転移現象!?」


 ガコンッ 筒の蓋が開いて人族の男が一人出てくる。


 「君は・・・何だ!?」

 「あなたはだれ!?」


イーヴァンと真は出会った。


 冥界の核、巨大な赤い琥珀石、それは転移装置でもある。

 異世界からランダムに転移現象を引き起こす。

 何かと共鳴し、度々赤い琥珀石は揺らめき、この世界に異物を落としていく、多くはガラクタばかりだ、生き物は滅多に、いや真以外に転移した者はいなかった。

 遺物は放って置くと迷宮に飲み込まれるように次の日には消える。

 しかし、真の回天は大きすぎるせいか消えることはなかった。

 

 真は言う。

 「きっと異世界から吐き出された俺は、元世界の廃棄物なのさ」

 イーヴァンは言う。

 「真は異世界から私への贈り物だわ」


 二人は二年の間、一緒に暮らし迷宮の核を見守り守った。

 迷宮の核の中で揺らめきは日ごとに大きくなっていく、やがて形を成し、人型の赤ん坊が赤い琥珀石の中に生まれた。

 ムトゥス、迷宮が産んだ子、二人の子供。

 迷宮がイーヴァンと真に託した子供。

 二人はムトゥスを守り育てる神託を得たのだ。


 ムトゥスを産み落とすと迷宮の核は役割を終えたように小さく萎み、迷宮核の部屋は灯りを落としたように闇に包まれた。

 その闇から巨大な牙を持つ大口、固い鱗に包まれたワニのような魔獣が湧き出るようになった、その魔獣は明らかにムトゥスを狙っていた。

 迷宮の子の命を奪い、取り込もうと争い湧き出てくるようだった。


 真は自殺用に装備していた拳銃と、僅かな弾薬、ガラクタの中にあった剣で傷つきながらムトゥスとイーヴァンを守り戦った。


 迷宮や樹海のどこにいても魔獣は追ってきた。

 その日の襲撃は今までとは違った、見えない(何か)が三人を襲う、守り切れないと判断した真は二人を魔族領まで逃がし、一人迷宮核の部屋に魔獣を誘い込み、魔獣と共に回天を自爆させたのだ。


 真は言った。

 「俺がこの世界に呼ばれた意味が分かった、あの海で死ねかった意味、俺の人生は二人のお陰で報われた、ありがとう」


 モロが話し終わったときには焚き火の炎は小さくなり、その顔の陰はより深まっていた。

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