第3話 珈琲はお好き?

 杏奈と宅原さんの注文した飲み物が運ばれてきたが、ぎょっとした。店員が運んできたのはホットのブラック珈琲で、それを宅原さんの前に丁寧に置いたのだ。


 美少女とブラック珈琲はあわない。女は甘い風味が好きだと思っていたのに。甘い飲み物がそれを嗜む女の可愛いらしさを際立たせるのではなかったか。いやに大人っぽくて、男臭い少女は珈琲の持つ香りを気に入って楽しんでいるようだった。


 僕は珈琲の香りなんて気にしていない。珈琲を飲む仕草より、鼻をカップに近づけて香りを嗅ぐそれの方が色気があるのではないだろうか。

 だって目の前の少女はそう感じさせてくれるから間違いないだろうと、格好つけたがりはカップを持ち上げた。


 無味無臭…。いや、この場合は無味はいらないのか。口に含んだわけではないのだし。

 珈琲の香り良し悪しなんて簡単にかぎ分けられると思っていた。僕は結構自信家である。


 それにしても、杏奈はよく喋る。比べて宅原さんはまるで喋らない。杏奈の言葉に相槌を打ったり、ときどき口角を上げて微笑むばかり。


「雄輔はね。これでも一応オケ部に入っているんだよ。全然見えないね。」

杏奈が僕を指さして笑う。宅原さんも少しだけ笑ったような気がした。


 どうやら杏奈は僕も彼女も所属しているオケ部に宅原さんを勧誘しているようだ。だったらなぜ、宅原さんを連れて僕と待ち合わせをするのか。一見不可思議な行動の根拠は実はある程度予想がつくのだ。


 僕には、大学内には特別仲の良い友達はいなかった。杏奈を除けば。ふたりは高校生のときからの同級生なのだ。彼女のことはよく知っているつもりだ。だってふたりは高校時代に

つきあっていた。


 たったの三ヶ月だったが、若い二人は背伸びをしながら情熱的に愛し合った。もちろん、やることもやった。はじめてやった女、正直に言うとはじめて付き合った女だった。


 僕より、周りの同級生よりずっと明るくて、眩しい女だった。自慢の彼女だった。あんなに楽しかったはずなのに、あっという間にふたりの交際は終わってしまったんだよな。やりたいことももっとたくさんあったのに。あ、この場合のやりたいは「あれ」のことではない。もっと健全なものだ。

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