桔梗

三鷹たつあき

第1話 エデン

 僕が座っているテーブルの周りはたくさんの花に囲まれている。僕の背丈より高い位置に咲いているものも、膝丈程度の位置に咲く花もあり、まさしく庭園は桔梗に囲まれているといった感じだ。

 花形で青紫色の星形の花が非常に特徴的で、ここにいると鮮やかでありつつ、落ち着いた心持になれることが心嬉しい。


今日も一人で指定席に座って珈琲を飲んでいる。砂糖もミルクも入っていないブラック珈琲がうまいと感じるようになったのは大学生になってからだ。それまでは甘いやつしか飲めなかったのに。

そういや珈琲と交互に口に運んでいる煙草だって、好んで吸うようになったのは、やはり大学生になって一人暮らしを始めてからだ。誰に気を遣うわけでもなく、自由に吸える環境を手に入れたからこそ、毎日ひと箱以上の煙草を吸っている。


珈琲も煙草も、味が旨いと感じるからという理由よりも、それらを飲んだり吸ったりしている僕自身が大人っぽく見えるだろうから、という理由で嗜んでいる。単純にそんな自分が格好いいと思い込んでいた。


「遅くなってごめんなさい。」


この席に座ってから四本目の煙草を口にくわえた瞬間にその女はやってきた。

背が高く、随分やせた女だが、背中の後ろにある太陽が作った影は、実際よりもっと更に胸も尻も大きいくせに腰回りだが特に絞られていた。


「別に待ってなんかいないよ。僕も今来たところだ。」


杏奈は僕の対面に座ると、灰皿の上の煙草を一本つまみ、それで灰皿の中の吸い殻や灰をかき回した。


少しだけドキッとした。僕の唇に触れたものを彼女が指でつまむという行為に何故か心が躍るのだ。


杏奈の座った後ろには、もう一人の女が立っている。初めて見る顔だ。


「彼女がお話した宅原さんよ。」


宅原と紹介された女はテーブル席に座る素振りをせずに、僕の目を一瞥して軽く頭を下げた。


僕も声は出さずに会釈だけをして、改めてはじめましての女の恰好を確かめた。


「この娘、めちゃくちゃ可愛いな。」


声に出すことはなかったが、煙草に夢中になっているふりをしながら、二度、三度彼女の輪郭を見つめてしまった。


 中学生か、いや小学生かと思ってしまうくらい女の丈は小さかった。黒いサングラスをかけていたので表情までは読み切れなかったが、随分幼い顔色をしているのだろうと想像できた。自分の推測が正しかったことを確認したいという意味を含めて、その大きな色眼鏡を外してほしい。


顔と同じかそれ以上に気をひかれたのは、女が身に着けているスカートの丈の短さだ。膝小僧はだけではなく、太もももはっきりあらわれている。傷も染みもないない真っ白で柔らかそうな太ももだ。スカートの柄もやけに気になる。まるで、高校生の女が好んではくような茶色と黒の格子模様でデザインされたスカートだ。

ほんとにあと、二、三センチ丈が身近ければその中の陰部…じゃない、暗部が顔を出すのではないかとなぜか僕の方が不安になった。

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