八章、味方

第10話

翌日、午前中には騎士団到着の一報が届いた。昨晩、早馬で出動命令を出したばかりだから大変早い到着だ。私は嬉しくて思わず庭まで迎えに出た。

「あ、陛下ー!」

「陛下お久しぶりですー!」

「そういう格好してらっしゃるとちゃんと女王っぽいっすね!」

「お前、馬鹿っ」

兵達が私を見るやたくさん声を掛けてくれる。懐かしさと嬉しさで笑みがこぼれた。

「皆さんお久しぶりです!」

「陛下! いいじゃないですか、そのドレス姿! 何で前はあんな色気のない格好してたんすか! どーも、お久しぶりです。俺に会いたくて泣いたりしてませんでした?」

「フランク、お前ほんとさぁ……。陛下、遅くなりました。お久しぶりです」

もちろん騎士団長タイラーさんと、副団長フランクさんも一緒だ。

「遅いだなんてとんでもない! すごく馬を飛ばしてきてくださったでしょう? とっても心強いです!」

タイラーさんは私の傍にいたサムちゃんには軽く手を挙げて挨拶を交わした後、きょろきょろと周りを見渡した。

「あれ、アルアは?」

「それが……ちょっと、タイラーさんとフランクさんだけ一緒に来てもらってもいいですか」

また二人にだけは事情を話しておこうと思ったけれど、大っぴらにできる会話じゃない。一番他人に聞かれない場所なので、私の部屋まで来てもらう。

「ヒューゥ、女王陛下のお部屋ー! 綺麗ー、なんか良い匂いしますね! 入ったことあんの、俺らで何番目です?」

「フランク?」

以前会った時と全然変わらないフランクさんと、それをたしなめるタイラーさん。

「ふふふ、メイド達はしょっちゅう出入りしますけど、男性は父とアルアとサムちゃんと、あなた方くらいでしょうか」

「やりぃ!」

「フランクは何が嬉しいの。陛下も律儀に答えなくていいですから」

サムちゃんが呆れたように言うけれど、私と一緒に笑ってしまっているのを知っている。ほんと、彼がいると明るくなる。

私はアルアの現状を明かした。彼の名でガラルドから宣戦布告が来たこと、今彼がどこで何をしているのか分からないままで私が放った密偵だということにしてあること。

「あの、……その。戦いは極力避ける政治にするつもりだったのに、結局戦争をすることになってしまって申し訳ありません!」

俯いて彼らの顔が見られない。平和な治世にするはずだったのに。彼らの剣に出番なんて来ないようにしたいと話していたのに。

「やだなー、顔上げてくださいよ陛下! 俺らあなたの力になれるって喜び勇んで来てるんですから」

「俺たちが日頃何のために鍛えてると思ってるんすか」

恐る恐る上げた視界に映るのは、私を非難する顔なんかじゃなく任せろ、と頼もしく笑う騎士達だった。

「俺らの剣は、この国と陛下をお守りするためのものなんで。今働かなくていつ活躍するって話ですよ」

タイラーさんが固い胸板をとんとん、と叩いてみせる。

「勝ちましょう、陛下。もう大丈夫です。ずっと一人で、怖かったですね」

その大きな掌が伸びてきて、よく決断されました、と頭を撫でられた。タイラーさんも、フランクさんも、サムちゃんも。みんなが微笑んで私を見つめていて、兄であるかのような優しい声と表情が、どこかアルアと似ていると思った。その途端、安心感に一瞬気が緩む。

「……っすみませ、」

ぽろっ、と涙がこぼれた。駄目だ女王なのに泣いたりしちゃ。慌てて目を擦ろうとした手はタイラーさんに押さえられる。

「駄目ですよ、擦ったら。この後また会議でしょう」

すると止める術を持たない私の涙は流しっぱなしになってしまった。

「っひ、ぅっ……ぇ、」

ぼやけた視界の中で、それでも三人がちっとも怒ったり幻滅したりなんかしていなくて、たださっきまでと同じ面倒見の良い笑みを浮かべているのが分かる。

「あーもうー! こんな子泣かせて!」

勢いよく体が引き寄せられたかと思うと、私はフランクさんの腕の中に収まった。細身に見えるのに、私よりずっと胸板が広い。ぎゅっと肩を抱きしめられ、後頭部を撫でられる。

「ったく、アルアも何やってんだか! 陛下、この機会にあんな奴やめてこのフランクに乗り換えません?」

「フランク、ほんと隙あらば口説くのやめて?」

サムちゃんの呆れ笑いが背後で聞こえていて、きっとずっと背中を摩ってくれている手は彼のものだ。

「だってタイラーだって頭撫でたりしてんじゃん! 何で俺だけ駄目なんだよ!」

「俺はさあ……あれはついやっちゃうじゃん。陛下は身分が上って分かってるけど、妹よりずっと小っちぇえんだもん」

「それ言うなら俺だって人のもんに手ぇ出す下心ねえよ。まあ、陛下がお望みならまた話変わってきますけど? どうです、俺で大人の男、覚えてみます?」

「ぐすっ……はい? 何でしょう、私何か急いで覚えなきゃいけませんか」

頭上で冗談が交わされる中ぐすぐす泣いていたら、突然話を振られたけれど意味がよく分からなくて聞き返す。

「はいフランク離れてー。お前が駄目なのそういうとこだわ」

途端にサムちゃんがべりべりと私とフランクさんを引き剥がした。

ネージュ騎士団からはタイラーさんとフランクさん、それにもう一つの騎士団からも団長と副団長が参加して、いよいよ作戦会議が始まる。会議が始まってみればフランクさんが真面目な顔で冗談一つ言わないので、驚いてしまったのは内緒だ。老翁たちに物怖じせず、兵の配置に意見していく彼らは頼もしいことこの上なかった。

王城の北面は山。険しい山を背にするように、尖塔は崖の上に建っている。周囲はぐるりと城壁が囲い、崖の下、南側には流れの緩やかな大きな川。城下町から城へは、その川を渡るための唯一の橋を通ってしか入ることはできない。その先には堅牢な門。いわば自然の要塞だ。こちらの方が確実に兵は少ないと予想されるけれど、これなら守る手立てはある。

「兵を城門の一点に集中させて守りましょう」

力づくで突破される可能性があるとすれば、城門のみ。会議に出席する面々はうなずいて賛同してくれた。城の見取り図に、部隊に見立てた駒を置いていく。そんな中私は、昔アルアに兵法を教わったことがあったな、と思い出していた。我が国の王城と似た地形に建つ城は、どう攻め落とすのが正解か。その問いにうまく答えることができた私の頭を、彼は「お見事」と優しく撫でてくれた。

ねえアルア、私覚えてるよ。全部アルアが教えてくれたもの。


***


「して、どこから攻め落とす?」

陛下は俺に尋ねた。ぼーっとしていたら、重ねて促される。

「何を不思議そうな顔をしておる。有益な情報を寄越すとお前が自分で言ったんだろう。さっさと提案せんか」

目の前にはローザの王城の見取り図。かなり正確だ。優秀な斥候がいるらしい。その地図をつつ、と指でなぞった。

「北は険しい山、ここは全部崖です。下に流れている川は穏やかだけど川幅が広い。この季節に入って渡るには骨が折れるし、その間に上から射られるでしょう。だとしたら、侵攻経路はここ、城門しかない」

コンコン、と橋を渡った先、城の門を叩く。陛下はそれで? と言うように片眉を上げた。

「全勢力を挙げ、この門を叩き潰す……というのは、あくまで定石の話。向こうもそれを想定して守りを固めてくるでしょう。せっかく戦力差があるのに、それじゃ相当苦戦を強いられることになる。俺なら山側から攻めます。裏をかければ守りの手薄なところから一気に攻め込める」

「なるほどな」

陛下は愉しそうに笑う。俺もにっこり笑ってみせた。

シャル、飯食えてっかな。ちゃんと寝てるかな。……泣いてないかな。ああいや、泣けていなかった方が心配かもしれない。泣かせるようなことをしている俺にそんなことを思う資格はないけれど。

「アルア。……アルア」

「……はい」

また考え事をしていたので、呼ばれてから返事をするまでに間が空いた。目の前には長いテーブルの上に載った食器。俺を呼んでいるのは陛下だった。共に食事をと誘われ、新参だからと断ったのに決起集会だと強引に参加させられたのだ。厳つい将軍たちに並んで、俺は末席に着いている。

「手が止まっているが、食事に不都合でもあったか」

「いえ。……おいしいです」

慌てて皿の中身に手を付ける。王城で出る食事だ。不味い物に分類される訳はないだろう。それでも、ここへ来てから出る料理はどれも口には合わなかった。やはり育ってきた味とは違う。噛みたくない、と嫌がる顎を無理矢理動かして咀嚼する。

「顔色も悪いな。寝られていないのか」

確かに、王城を出た夜から四日目になるが全然眠れてはいなかった。動けなくなっても困るから食事はなんとか詰め込めど、目を閉じても寝られないのはどうしようもない。

全く、この陛下は人の顔を見過ぎだろう。俺はただの相談役だぞ。まあ、そういう人の変化に聡いのも名君たる所以なのかもしれない。

俺は誤魔化し笑いを浮かべた。

「この戦に勝ったら寝ますよ」

夜に城を発つ。午後は支度と仮眠に充てろと言われ、俺は寝られないとは分かっていながらも当てがわれた部屋に篭った。窓の外は大吹雪。これだけ降っていれば、ローザでも雪が降るかもしれない。

明日だ。明日、全てが決まる。

時間が来て、俺はマントを羽織り剣を提げた。


***


作戦会議は終わって部屋に帰ってくる。頭はぐるぐると考え事でいっぱいだけれど、明日は待ってくれない。私はてきぱきと戦支度を枕元に整えると寝る準備を済ませて布団に入った。

アルアは今頃どうしているかな。向こうの方がずっと寒いと聞くけれど、風邪なんて引いていないかな。アルアに元気のないところなんて滅多に見なかったから、うまく想像が付かないけれど。ああでも、元気がないときも私の前では元気に振る舞ってくれていたのかなあ。

アルアのことは何でも分かっていたつもりだったけれど、今は自信がなかった。とろとろと目蓋が降りてくる。サムちゃんにはちょっとでも寝てくださいなんて言われてたけれど、しっかり寝られそうだ。

全部、明日で決まる。

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