「ギャァァァアアアアアッ!!」


 汚い絶叫とともに、生温かい液体がしとどにの体を濡らしていく。


 その凶行をした張本人が信二郎しんじろうの体を後ろへ蹴り飛ばしたお陰で、本体から噴き出る鮮血を被ったのは一瞬だった。だが沙羅の膝の上にボトリ、ボトリと落ちてきた両腕は、ビクビクと痙攣しながらいまだに鮮血をしぶかせている。


「……ヘタクソかよ」


 機能を取り戻した視界でその惨状を確かめた沙羅は、顔をしかめながら口を開いた。


「今日の友禅、気に入ってたんだぞ? もう着られねぇじゃねぇか」

「おーおー、そりゃ悪かったな」


 信二郎の絶叫の中に己の喉から飛び出したせきを溶かして誤魔化しながら、沙羅は救世主に文句をつける。救世主も救世主で沙羅の止まらない咳やらガラガラにしゃがれた声を指摘するつもりはないのか、柳葉刀を肩に担ぎ上げたままヒョイッと片眉を跳ね上げた。


「またあつらえてやらぁよ、着物の一枚や二枚くらい」

「これ以上オレの箪笥たんすの中身をテメェに増やされると、壱葉いちはがいい顔をしねぇんだが」

「壱葉に言っとけ。『さっさとテメェも惚れた女に最高級友禅の一枚や二枚、ポンッと贈れる男になるんだな』ってよ」

「壱葉がテメェみてぇな人間に育ったら、それはそれで面白くねぇけどな」


 軽口を叩き合っている間に、沙羅の両手をいましめていた荒縄は切られていた。


 膝の上に落ちた信二郎の両腕を払い落としながら立ち上がる。己の両腕を胸の前まで持ち上げて手首の状態を確かめてみると、縛られた時にできたのだろう擦り傷からわずかに血がにじんでいた。


 ──骨や筋は痛めてねぇか。まぁ、上々だな。


 簡単に確認を終えた沙羅は、目の前に転がされた信二郎の本体に視線を落とす。


 静かになったから叫ぶ気力もなくなったのかと思ったが、沙羅を睨み付けた信二郎の目にはいまだにギラギラと殺意が宿っていた。両腕をともに前腕の中頃辺りで切断された信二郎は、いまだに血がしぶく両腕を庇うように屈み込みながらフーッ、フーッと荒い息をついている。


 そんな信二郎へ上から静かに視線を落とし、沙羅は冷淡に呟いた。


「まずは止血か。死なれちゃしぼり取れるモンも搾り取れねぇや」

「てっとり早く焼くか?」

「それが早いか。まぁ、加減を間違えて死んじまうかもしんねぇけども」

「どのみちほっといても死ぬしな」

「そうだな」

「てっ……テメェら……っ!!」


 信二郎当人を置き去りにした会話に、信二郎はうめくように声を上げるのがやっとだ。


 当人はまだ負けを認めていないようだが、きょうがこの場に現れた時点ですでにケリはついている。


 ──ま、こいつ一人が死んだところで、実際困りやしねぇんだが。


 ヤスの主は信二郎だった。だがその信二郎とて主犯かと問われれば違うだろう。信二郎もしょせんは駒に過ぎず、この一連の事件を計画した本物の『主犯』と言える人間は外部にいるはずだ。信二郎の役どころは『実行役達の取りまとめ』といったところだろう。


 信二郎以外にも搾れる相手は何人か目星がついている。そいつらは京二と沙羅の手勢、それぞれによって押さえられたはずだ。


 ──必要な時間は稼ぎ切った。


 京二がこの場に現れた。つまりはなのだろう。沙羅の計画通りに獲物は釣り上げられたということだ。


 後はこの場を、沙羅の好きなように畳むだけ。


「許さねぇ……っ! 許さねぇぞテメェらっ!!」


 だが当の信二郎は、その流れさえ読めていないらしい。


「このオトシマエはテメェらの首でつけろやゴラァッ!!」


 普段のお上品ぶった話口調はどこに捨ててきたのか、信二郎は怒りのままに声を張り上げた。


 ビリビリと蔵の壁までをも震わせるような大音声に応えて、京二が押し入ってきた扉口の向こうから、蔵の内の暗がりから、すでに作られていた死体の列を越えてワラワラと信二郎の手下どもが姿を現す。その中にはいつの間に戦列に潜り込んだのか、抜き身のドスを構えたヤスの姿まであった。


「ぶっ殺せっ!!」


 信二郎の絶叫に、居並んだ男どもが野太い声を上げて応える。


「だとよ。どうする? 喧嘩華」


 その圧にさらされていながら、京二はあくまで平然としていた。沙羅も沙羅で、その表情は変わらない。己を押し包むように上がる罵声も殺意も、まるでそよ風を受けたかのように自然体のまま受け流す。


「とっとと着替えてぇんだ、こちとら」


 その上で沙羅は、右足で着物の裾を割るように一歩前へ踏み込んだ。


「邪魔すんなら張っ倒す。以上」


 血濡れた友禅を割ってさらされた足は、男ならば視線を奪われずにはいられないほどスラリと美しい線を描き出している。


 だがもちろん沙羅は、そんな意図で着物の裾を割ってみせたわけではない。


 喧嘩華が醸す艶は、決して男を誘惑するためにあるものではない。


「喧嘩華に喧嘩売ったんだ。死んでも文句なんざねぇやからしかいねぇだろうよ」

「分かりやすくていいねぇ?」


 雪のように白い太腿の内側には、三つ折りにされた棒が括り付けられていた。その先を掴んで一息に腕を横へ振り抜けば、カシャンッカシャンッという軽やかな音とともに六尺棒が組み上がる。


 沙羅は調子を確かめるように片手で軽やかに棒を振り回してから、コンッと先を床に置いた。その音だけで、殺気立っていた男達がビクリと肩を震わせる。


 そんな意気地のない男どもに、沙羅は軽くあごを上げながら凄絶な笑みを向けた。


「さぁ、狩りの時間だ」


 宣言とともに、タンッと足が軽やかに床を蹴る。


 その先に、言葉はいらない。


「ぶっ殺、ギャッ!!」

「ゴッ!?」

「ガッ!!」

「ひっ……ヒィッ!!」


 男どもの中に躍り込んだ沙羅は、一切の容赦なく棒を振り回す。


 縦横無尽、勝手気ままに振り回されているようで、棒は的確に相手の急所を貫いた。両端で円を描くように棒が振り回されるたびに、面白いくらい簡単に周囲にいる男どもが倒れていく。男どもが手にした得物は振るわれることはなく、振るわれても弾き飛ばされ砕かれて、一切沙羅に届くことはない。


「たっ、助け……っ!!」


 クルクルと、ヒラヒラと、いっそ優雅とさえ言える足運びで、舞うように沙羅は男達の中を進む。沙羅という嵐が行き過ぎた後には、倒れ伏した男どもの姿しか残されていない。


『舞龍王』という優美な称号は、沙羅の戦う様からつけられたものだ。


『舞龍王』が舞を披露した後には、いつだって死体と流血が彩る荒野しか残されない。


 最初にそう口にしたのは、カシラであったか、はたまた京二であったか。


 ──まぁ、今日は得物が棒な分、死体はそこまで多くはないはずだがな。


 沙羅の本来の得物は薙刀だ。薙刀を握らせた沙羅にカチコミをかけさせたら、相手方にほぼほぼ生者は残らない。


「さて」


 一通り周囲に立ちふさがる影がなくなったことを確かめてから、沙羅はフワリと足を止めた。舞の終わりを示すかのようにカンッと棒の先で床を叩けば、先程よりも静まり返った空気の中に気持ちよく音が響く。


 京二の方を振り返ると、京二も京二で柳葉刀を肩に担ぎ直したところだった。


 その刀身は今抜いたばかりなのかと疑いたくなるほど静寂を保っているが、悠然と佇む京二の足元にはくずおれた男達が山を作り上げている。無謀にも八大龍王最強の武闘派『光龍王』に挑んだ人間が少なからずいたらしい。


『殺したのか?』と沙羅が視線だけで問うと、京二はわずかに肩をすくめてみせた。『加減はしたが、うっかり死んでる人間もいるかもな』というのが答えだろう。


 ──鈍器に等しい柳葉刀で、日本刀以上の切れ味を生むのが『光龍王』の斬撃だぞ?


『そんな人間に武力で挑もうなんて、バカじゃねぇのか?』と内心で呆れながらも、沙羅は京二の方へ歩みを向けた。京二も京二で足を上げると、己が作り上げた山を踏み付けながら前へ進む。


 二人が目指す先には、腕の痛みも忘れたかのように呆然とした信二郎がいた。


「な、何で……」


 信二郎は、ガタガタと震えていた。目の前の光景が信じられないと、その顔にはデカデカと書き込まれている。


「な、何人いたと思って……!」

「お前、自分がかどわかした人間が誰なのか、知らなかったのか?」


 そんな信二郎を、京二は心の底から見くだすような冷たい視線で見ろした。


「『舞龍王』は、八大龍王きっての武闘派。唯一『光龍王』とタイマン張れる、『双龍』の武力の象徴だ」


 常よりも低い声が、不機嫌を隠さずに言い放つ。その声は空気を震わせるような勢いこそないが、ジワリと場にいる者を絞め殺すかのような、……それこそ雲間から現れた龍が、その場にあるだけで愚かな人間に膝をつかせるかのような、そんな圧を帯びていた。


「たとえテメェが『双龍』全体を味方につけて全構成員で襲撃をかけても、こいつは高笑いしながら全員ぶっ殺してみせるだろうよ」

「だっ……だって、こいつは、女で……っ!!」

「はぁ? 女だから何だってんだよ?」


 そんな京二の隣に、沙羅は並ぶ。


 全てをひれ伏させる京二の威圧に、眉ひとつ動かさないまま。むしろ同じ圧を華奢きゃしゃなその身で醸しながら。


「こいつぁ『双龍』に身を置いた時から女であることをやめた。こいつの武器は『色』じゃなくて『暴』だ。その色に惑わされて手を伸ばしてきた輩は、今ごろ全員土の下だ。そういう意味でこいつに触れられたやつなんて、この世のどこにもいやしねぇ」


 そこまで言い切ってから、京二は『あぁ、そういやぁ』と眼鏡メガネの下の目をすがめた。たったそれだけの変化で、また一段と周囲の空気が温度を下げる。


「お前、こいつの八大昇進は、イロを使って周囲をたぶらかしたからだってわめいてたよな?」


 チリッと、京二が醸す冷気で、周囲に氷霧が舞う幻覚が見えたような気がした。


 かつて配下として京二に従っていたことがある沙羅には分かる。


 これは京二が心底ブチ切れた時に醸す空気だ。


「お前、その程度で八大が決まるほど、『双龍』が色ボケの集団どもだと思ってんのか?」


 低く言い放った京二は、信二郎の鼻先をかすめるように柳葉刀を落とした。重みがある刃は、ただ落とされただけでもダスンッという鈍い音とともに深々と床に突き刺さる。


「ヒッ! ヒィッ!!」

「ア? 答えろよ。『双龍』がその程度の組織だと思ってんのか?」


 ──さて。どこで止めたもんかねぇ?


 今や信二郎は気絶寸前だ。恐らくまともな答えなど口にはできない。だが心底ブチ切れている京二が自主的に追及の手を緩めるということはないだろう。


 このままでは信二郎がズタボロの肉塊になるまで京二の『尋問』が続く。この状況でそれは時間の無駄だ。適当なところでやめさせなければならない。


 ──京二は『双龍』への思い入れが強ぇから、その関係でキレさせると厄介だっつーのによ。


「京二のボン


 そんなことを、内心だけで考え始めた瞬間だった。


 チリンッという微かな音とともに、涼やかな声が京二の名を呼ばう。


「どうぞその辺りで」


 今にも信二郎を蹴り殺しそうな雰囲気を醸していた京二は、不意に響いた声に剣呑に顔を上げた。その視線の先を沙羅も追うと、蔵の扉口に新たな人影が増えている。


 それが誰か認めた沙羅は、わずかに目をみはった。


スギさん。あんたが何でここに」

オヤジにどやされましてね。片付けにうかがったんですわ」


 そこにいたのは、墨染の法衣に金襴豪華な立帽子たてもうすを合わせた、小柄な老爺だった。


 開いているのかいないのか分からない糸目に、常に微笑んでいるように見える温和な顔立ち。右手には数珠じゅずが絡められ、左手には錫杖しゃくじょうが握られている。上品な佇まいからは、抹香の香りが立ち昇るかのようだ。街中ですれ違えば、誰もが間違いなく彼を僧侶であると認識する。


 だが沙羅達は、その袈裟の下に双龍紋が隠されていることを知っている。袈裟の紋様の中に、互いに相殺し合う双龍が織り込まれていることを知っている。


「か、カシラ……!」


 乱入者の気配に顔を上げた信二郎が、呻くように声を上げた。その声に、老僧は淡く笑みを湛えたまま、開いているのかいないのか分からない目を信二郎に向ける。


『医龍王』杉白すぎしろ


 極道集団『双龍』の中で、一際闇が深い領域を根城とする生臭坊主のご登場だった。


「信二郎。お前さん、こんなところで何をしておいでだい?」


 はんなりとした喋り口調で答えながら、杉白は気負うことなく歩みを進めてくる。


 そんな杉白を天の助けと見たのか、信二郎はヨロリと膝を上げると、一歩、二歩と杉白へ近付いた。


「カシラ! こ、こいつらが、私の根城に勝手に踏み込んで、好き勝手を……!」

「おやまぁ。それは大変なことだねぇ」


 杉白のいたわるような言葉に、信二郎は希望を見出したのだろう。泣きそうに顔を歪めた信二郎は、ワッと杉白へ駆け寄っていく。


「で?」


 その瞬間、スッと杉白の瞳が姿を現した。


「『根城』とやらで、お前さん、何をしていたんだい?」


 杉白の声が一段調子を下げる。


 それを耳で聞いて理解した瞬間、杉白の手に握られていた錫杖が上から下へ振り下ろされていた。電光石火で振り下ろされた錫杖は、切断された信二郎の腕をあやまたず強打する。


「ギャァァァアアアアアッ!!」

「話は全部聞いてるよ。とんだツラ汚しをしてくれたもんだね」


 ──今の一撃で骨を潰されたか。


 京二の絶技で組織を潰されることなく綺麗に切断された腕は、杉白の一打によってグチャグチャにされたようだった。さらに杉白は倒れ込んだ信二郎の腕を錫杖と足先で引っ張り出すと、容赦なく足を踏み降ろしてグリグリと踏みにじる。


「ダッ、ギッ……! アアアアアアアアッ!!」

かどわかしの主犯に私を立てるつもりだったそうだね? 沙羅の嬢んトコの鷹一たかいちが全部説明してくれたよ」

「か、カシラっ!! ちがっ……!!」

「お前にカシラと呼ばれる筋合いはないよ」


 さらに杉白の足先に力が込められる。その瞬間、ボキンッと、およそ人体から聞こえてはいけないような不気味な音が蔵中に響き渡った。信二郎の口から響く絶叫は、もはや言葉で言い表せる形を失っている。


うるさいねぇ。手っ取り早く舌を切り落とすかい。……いや、まだそれには早いんだったかねぇ」


 杉白が独りごちるように呟くと、音もなく扉口から新たな人影が現れた。滑るように現れた男達は、全員杉白の配下の者だ。


 彼らが信二郎を取り囲むように散開するのを見て取った沙羅は、反射的に一歩前へ足を踏み出していた。


「安心なさいよし、沙羅の嬢」


 その動きを視界の端で捉えていたのだろう。


 杉白は信二郎から足をどけると、沙羅へ顔を向けた。その顔にはすでに常の温和な笑みが戻ってきている。


もとを正せば私の失態。私がきっちりケジメをつけないとねぇ」


 それを言われてしまっては反論しづらい。


 ──杉さんは、オヤジにどやされてここに来たって言ってた。


 杉白を巻き込んだのは、沙羅の腹心である鷹一だという話だ。鷹一自身の判断なのか、鷹一からの報告を聞いたオヤジが杉白を巻き込めと指示したのかは分からないが、杉白の言動から判断するに、杉白と信二郎が結託している可能性は限りなく低いだろう。信二郎をかくまうつもりがないと証明されているならば、信二郎の処遇は杉白に任せるのが筋だ。


「京二の坊としては、不服かもしれないがね」


 表情の変化で沙羅が納得したと分かったのだろう。一度沙羅に笑みかけた杉白は、今度は試すような顔で京二を見上げる。


「沙羅の嬢がけなされることを、京二の坊は一等嫌うからね」

「え?」


 さらに続けられた言葉に、沙羅は思わずほうけた声を上げていた。


 ──オレ?


 いや、京二があそこまで怒りを露わにしたのは、『双龍』という組織を貶されたからだ。八大龍王を軽んじる発言を信二郎がしたからであって、沙羅個人を馬鹿にされたからではない。少なくとも沙羅はそう解釈している。


 だがチラリと京二に視線を投げると、京二は不満が滲む顔で杉白を睨み付けていた。是とも否とも取れる表情には、杉白の提案を受け入れかねるといった内心が透けて見えている。


 ──まぁでも、ここが落としどころだろうよ。


 沙羅は一度肩を竦めると、ゆっくりと前へ踏み出した。信二郎を左右から引っ立て、連行しようとしていた男達へ近付いていけば、沙羅の意図を探るかのように一行は動きを止める。


「なぁ、信二郎さんよ」


 そんな男達に構わず、沙羅は信二郎の顔を覗き込むように身をかがめながら密やかに声を上げた。


 まだかろうじて意識があったのか、信二郎の頭がユラリと沙羅の方へ向けられる。


「あんた、言ったよなぁ? 『くわえ込んでよがってるだけで八大になれるんだったら安いってモンだ』って」


 沙羅が淡く笑みを忍ばせて言い放つと、信二郎を引っ立てていた男達はギョッと顔を引きらせた。同じ『医龍王』の配下でも、きちんと杉白に教育された真っ当な配下達にとっては、信二郎が口にした言葉は聞くに堪えないものであったらしい。


 だが沙羅はあえて自らその言葉を口にする。


 己に対するケジメを、ここでつけさせるために。


「別にくわえ込むのは女の特権ってわけでもねぇよ。男だって、上にも下にも穴はあるんだ。あんたがそれを使やぁ八大になれるって信じてんなら、使ってみりゃあいいだけじゃねぇかよ。安いんだろう? あんたにとっちゃ」


 からかうように軽やかに。それでいて響きは冷たく。終始淡く笑っているのに芯には氷が入っているかのような。


 そんなとっておきな艶を纏わせて、沙羅は信二郎に言葉を突き付けた。 


「足掻くこともできねぇ野郎は追い抜かれて当然だろうがよ。ダダこねてわめくだけならガキにだってできらぁ」


 ささやくように紡いだ沙羅は、優雅に体を起こして上から信二郎を見下ろした。そんな沙羅の動きを追うかのように、信二郎は顔を上げる。


 憎悪の炎を揺らめかせながらも、心を折られる寸前な。身勝手な思い上がりを消せないまま、絶望だけはたんまりと溜め込んだ顔をしている信二郎を上から真っすぐに見据え、沙羅はスッと表情をかき消した。


「だからテメェは止まりなんだよ、ドヘタクソ」


 吐き捨てるように紡がれた声は、蔵の中の空気を重く揺らす。


 その重みに、信二郎のみならず、信二郎を引っ立てていた男達までもがビクリと肩を揺らした。杉白の顔からは笑みが消え、京二はわずかに目を瞠る。


「己の不出来を、あの世で呪うんだな」


 世界の全てをひれ伏させるように、沙羅は高圧的に言い放つ。その重みは、先程京二が醸した圧よりも強い。


 その圧力に。


 愕然と見開かれた信二郎の瞳の奥で、最後の最後まで残っていたモノが、バキリとへし折れた音が聞こえたような気がした。

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